色ボケ聖女様、コーヒーにお怒りになる。
今日のお客様はきらびやかなシスター服を着た聖女様だった。
ロリリア様やスカーレット様のようにピンと背筋を伸ばしているけれど、ふんわりとした柔らかい雰囲気で親しみやすそうな女性に見える。
開店当初にやってきてコーヒーを「悪魔の涙!」と呼んだ人。
怒りながらも全部飲んでくれたから問題なかったと思うんだけど。
「今日は異端審問に来ました。場合によっては生きたまま火炙りです」
「問題しかねえな」
なんでそう簡単に命の危険とエンカウントするかなこの店。
何もしてないのに問題が向こうからやってくるんだわ。
「
「使命感と火力が強すぎる」
他の人は普通に食べていたから、聖女様とかストイックな僧侶の人はそこらへん厳しいんだろうな。
わざわざ食べに来ておいて当たり屋をされてもだいぶ困るんだけど。
「最近は王女殿下お二人に護衛の女騎士まで毒牙にかけたとか……これは由々しき事態ですね正さないと」
「そんな人聞きが悪いことになってるんだこの店。道理で人が来ないわけだ」
一応、魔法の鍵がなくても普通に来店できる喫茶店で、しかも大通りの一等地に構えているのに誰も来ないわけだ。
そんな噂されている怪しい店なんか怖くて入れない。
「これはいけません……コーヒーもケーキもしっかりと調べ上げなければ……」
「もしかしてそういう口実で食べにいらっしゃった」
「背徳の味のために我が身を差し出すなど……ああいけません、仕事とはいえなんといやらしいことを」
「もしかしてそういうプレイをやってらっしゃる」
諦めてメニューを出す。
聖女様はまだ自分の世界にいるのか身悶えしてる。
お冷とおしぼりを出したところで聖女様はようやくまともになった。
「よろしければなるべくシンプルなものが食べたいのですけれども」
「宗教上の都合で豪華なものはNGとか?」
「いえ。あまり刺激の強いものを食べてしまったら……ふふ……はしたないかもしれませんが私どうにかなってしまうかも……」
「この色ボケ聖女どうにかしてくれないかな」
とはいえお客様の要望には応えないといけない。
そう無理難題というわけではないもの。
そうなると……
「コーヒーとショートケーキのセットはいかがでしょう?」
基本にして王道のセットメニュー。
「聞くだけでも興奮を覚えてしまいます……なんと刺激的な言葉でしょう……」
「男子中学生でももうちょっとくらい慎みがあったと思うけどな」
ひとまずそういうことになったのでコーヒーとショートケーキを用意しないと。
キッチンに移動する。
「コーヒーは普通でいいだろうけど、ケーキ、ショートケーキな…」
普通にストロベリーショートケーキでもいいと思うんだけども、よりにもよって異端審問とか言い出している危険人物を相手に普通にしていいものか悩む。
ただの脅しだと思うけど機嫌をとっておかないと生きたまま火炙りになるかもしれない。
そういうわけでちょっと聞いてみる。
「ショートケーキなんですが、ホイップクリームにイチゴを乗せるのが王道ですが食べたいものはありますか?」
「王女殿下に伺ったところではマスクメロンなる背徳的で悪魔的な果実があるそうですね。いやらしくたわわに実った果実、想像するだけで興奮してきました」
「ショートケーキにメロンか……」
なくはないんだけど難しいところを突いてきたな。
普通のショートケーキに乗せただけではちょっと微妙になってしまうフルーツ。
「普通に作ったら、甘すぎて脂っこくなるんだよな」
ただフルーツだけ入れ替えればいいというものではなくて、イチゴのショートケーキはイチゴの酸味でクリームの甘さを際立たせているから、甘いフルーツに変えるだけだと甘すぎたり味が尖ってしまう。
なので、クリームとスポンジを工夫しないといけない。
子供向けの甘いクリームとスポンジを、大人向けのまろやかな甘さに変える。
なにせ普通のショートケーキにメロンを乗せたら子供でもそっぽを向くほど甘くなりすぎるし、脂っこくなってすぐに飽きがくる。
「豆乳と和三盆か」
ここで日本に伝わる健康ドリンクと伝統の甘味に頼ることにする。
牛乳ではなく豆乳に油と和三盆に粉寒天を混ぜて温めたら、これでもかというくらい泡立て器でかき混ぜる。
豆乳は牛乳と比べて油分が少なくて固まりにくいから、普通にホイップさせるよりも念入りにかき混ぜる。
「うん、ちゃんとツノが立つ」
よくかき混ぜたのを確認したらひとまずこれでよし。
次はスポンジ作り。
これはグラニュー糖ではなく和三盆糖を使うだけで他に変えるところはないから、特にいうこともない。
「で、メロン。メロンかぁ」
クリームに挟む分は一口サイズに四角くカット。
ケーキの天辺に乗せる主役の部分はボール玉のように丸く抉り取る。
下からスポンジ・クリーム in メロン・スポンジ・主役メロンの順番に形作る。
これで完成。
「コーヒーってかなり脂っぽい飲み物だから、これも考えないとだ」
せっかくケーキをまろやかにしたのにコーヒーを合わせたら台無しになるなんてことがあったらいけない。
となると……
「浅煎りの酸味が強い豆をペーパードリップで」
深煎りで苦い豆は油分が、コーヒーオイルが強く出てしまうから、豆に水分が残っていて酸っぱいもので打ち消す。
紙で抽出するペーパードリップならフィルターを通しているから油分が残りにくい。
それに浅煎りなら果実としてのコーヒーの風味が出てくるからフルーツ感もある。
「ニカラグアのジャバニカがいいかな」
マイルドな味とフローラルな香り、浅煎りでも後味にかすかな甘味が残る上品なコーヒー豆。
癖もなくて柔らかい甘さが心を和ませてくれる品種だから、コーヒーに慣れていない聖女様にもうってつけだろう。
浅煎りの豆はすぐ雑味や青っぽさが出てしまうから、普段以上に気を使って丁寧に淹れる。
慎重に豆を挽いて、ドリップも気をつけて……できた。
「お待たせしました。浅煎りのコーヒーとメロンのショートケーキです」
「まあまあ、なんとも芳しく人を惑わせる香りでしょう。これは危険ですね」
「この言い方だけどうにかならないかな」
それでは、実食。
スプーンでケーキを切り取る姿は優雅なもので、色ボケしていてもそこは流石に聖女様。
まずは、一口目。
「甘いのにまろやかで……不思議ですね、甘くて脂も感じるのに、なぜだか体に優しそうな雰囲気がします」
「牛乳ではなく豆乳で、そして日本の……ボクの故郷にある砂糖の一種、和三盆を使っています」
「豆のミルクというのも初耳ですが、ニホン? あなたの国にはこういうものがあるのですね」
優雅な動きだと思ったら次から次へとケーキを口に放り込み、あっという間になくなってしまいそうな勢い。
「よろしければコーヒーもどうぞ。こちらも工夫しておきました」
「ん、前に飲んだものより色が薄いようですね。私は濃くてドロりとして苦い方が好きなのですが、まぁいいでしょう」
言葉選びのセンスだけはどうにかしてほしい聖女様が、カップを傾けてコーヒーを飲む。
浅煎りのコーヒーを飲み下してから、ふぅ、と一息ついた。
「苦くないですが、ううん、ナッツや果物のような風味がありますね」
「普通のコーヒーでは脂こくて重たくなってしまいますから、このようなものを選びました」
「いいですね、とても異端ですが私は許します」
「本当に褒めてんのかなぁこれ」
とりあえず生きたまま火炙りは回避できたみたい。
本当かどうか分からない脅しの命の危機は脱したから第一目標は達成。
生きていないと喫茶店のバイトはできないからね。
「しかしニホンの豆乳とワサンボンなるものは本当に美味しいですね…これは週一で異端審問の必要があるでしょう。これからも監視させていただきます」
「もうそれでいいのでまた来てくださいね」
「私まで毒牙にかけようとはなんといやらしい! これは説教が必要ですね、そこに座りなさい」
このあとめちゃくちゃありがたいお説教が1時間続いた。
人によってはとても嬉しいんだろうけどムッツリ聖女の勘違いで正座させられたから全然嬉しくないし、またおかしな噂が加速しそうで気が遠くなる。
また今度来る時はお代を持ってきてほしい。
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