堅物女騎士は甘いものがお好き
最近はお客さんが増えてきたとはいえ、わりとまぁまぁそれなりに暇な時間がある。
ロリリア様だって毎日来るわけじゃないし、ルバート王子はあれ以来まったく姿を見せないから生きているか死んでいるかも分からない。
ワンピースのビブルカードでも持たせておけばと思ったけど、けっこうな頻度で燃えたり再生したりで心配でノイローゼになりそう。
そのうちリエットも切れるかもしれないとはいえ、文明と出会っていればなんとかなっていそうな人だから心配するだけ杞憂かもしれない。
「掃除も終わっちゃったな……」
冷蔵庫(仮)への補給もしておいて、コーヒー豆や茶葉の在庫が足りていることも確認して、あとうはもうやることは……。
「あ、ロリリア様に渡すマニュアルを書かないと」
コーヒーの淹れ方やらなにやら。ボクが付きっきりで教えられればそれが一番だけどそんなに毎日ここに来てもらうには、お姫様というのは忙しいからこうやってまとめておく。
「これなら忙しくても合間に読める……はず」
なにを教えるかまとめていくのも自分の復習になっているからとても楽しい。
それにあのお姫様のことだから、きっとしっかり読んでくれるだろうと思えば手を抜けない。
ノートにちょっとしたイラストを加えて書き込んでいく。
チリン。
来客を知らせるベルが鳴った。
準備の時間はここまで、次は実践の時間。
「いらっしゃいませ、お客様」
振り返れば鎧と剣をまとった女騎士、前にロリリア様と一緒に来たアグリアスなんとかさん。
笑みを絶やさずはきはきと喋る。
たくさんあるお店の中からせっかく選んでくれたんだから、美味しいものを出して笑顔で帰ってほしい。
そのためにはどれだけ努力しても足りない。
「なるべく甘くて濃いものを出せ。できなければ殺す」
「命の危機はどうすればいいんだろうな。帰ってください」
さっきまでの殊勝な心構えを返してほしい。
§
からん、とグラスに浮かぶ氷が冷たい音を響かせる。
とりあえず剣を置いてもらうことには成功した。
あの脅しが本気じゃないことを祈るばかり。
「ううん……」
アグなんとかさんはメニューを眺めてああでもないこうでもないと唸っている。
「そろそろ10分は悩んでいるようですけど」
「まだ10分しか悩んでない」
「気が長いなおい」
またメニューをにらんで悩み始めた。
ちょっとやそっとじゃ気にしないけどこうも長いと口出ししたくなる。
「マロングラッセにプリンアラモード。聞いたこともない名前がずらりと並んでいる」
「メニューに説明を追加しておきます。よければ『なるべく甘くて濃いもの』をご用意いたしますが」
「……まぁ、それでいいか、うむ」
ぱたんとメニューを閉じて腕を組み始めた。
お菓子とか甘いものに縁がなかったようだし仕方ないのかもしれない。
そういう人を満足させるのが腕の見せ所……だと思う。
そしてなにより金髪で胸の大きい美人だから悩んでいるところを見ていて楽しかった。
戦う綺麗な女性っていいよね。好き。
それはさておき。
「甘くて濃いものか……スイーツかドリンクか聞いてなかったな」
とはいえ任せてもらったからには質問を返すよりもとっておきのモノを出すべきだろう。
「甘いものか濃いもの単品ならたくさんあるんだけども」
甘さを引き立てるためにホロ苦いカラメルを入れる手もあるけれど、たぶんあの女騎士さんにそういうのは合わなそう。
「甘いものを食べに来てくれたんだから、甘さに集中したものか……」
腕を組んで悩んでみる。
とびっきり甘いパフェなら簡単に作れるけど濃いパフェというとバニラがきつくなってしまう。
となると濃厚なクリームやフルーツで攻めていくべきだろう。
「パリブレスト、だな」
そういいながら耐熱容器を取り出して、そこに薄力粉と砂糖を入れる。
これをホイッパーでよく混ぜたら牛乳と卵の順番でいれていきさらによく混ぜる。
何度も加熱しては混ぜ、加熱しては混ぜを繰り返すとミルクカスタードができあがる。
「混ぜたものをレンジで加熱する間に……」
並行してシュー生地の準備をする。
あらかじめ薄力粉をふるいにかけて卵を溶いたものと、鍋に水とバターを入れて沸騰させておいたものを用意する。
「これがけっこう力がいるんだなー」
さっきのミルクカスタードもそうだけどお菓子を作るには生地だのクリームだのやたらと混ぜる必要があって、これがとても力を使う必要がある。
薄力粉に卵やバターがよく絡んでひとまとめになったら、中火で生地を転がしながらすこし炒める。
「また混ぜるんだよなー」
生地をボウルに移し替えたら溶いてある卵を2回~3回に分けて入れ、ねっとりするまでよく混ぜる。
よく混ぜて、さらに混ぜて、もっと混ぜる。
これでようやく生地の素ができる。
クッキングシートを引いた天板に丸い輪になるようスプーンで生地を落とす。
予熱で200℃にしておいたオーブンで2回に分けて焼く。
「ミルクカスタードを生地で挟んで、イチゴをぐるりと一周するようにそえたら粉砂糖を落とす」
これでイチゴとミルクカスタードのパリブレスト、ざっくりいうとシュークリームの豪華版ができあがり。
となると次はどんな飲み物を合わせよう。
コーヒーの苦味でシュークリームの甘さを引き立てるのもいいけれど、ご注文は甘いものだった。
「うん、これでいこう」
飲み物を決めたらあとはお出しするだけ。
白いお皿にのせたパリブレストをテーブルに置く。
「ほう、これはまた甘そうだな」
「パリブレストといいます。甘くて濃いですよ」
「円形にしたシュークリームにイチゴをのせて、粉砂糖が雪のようだ……うん、いいぞ。こういうものが欲しかったのだ」
ふふふ、と笑う姿はロリリア様にはない大人の余裕が見えて、いつもこうしていればいいのにと思う。
ロリリア様と比較したせいか王宮の方からそこはかとない殺気を感じたのでこれ以上はやめておく。
「アッサムのミルクティーを用意しました。あわせてご賞味ください」
「では、ありがたくいただこう」
シュー生地を器用にナイフで切るとフォークで串刺しにして、一口目を食べる。
なめやかだけれど濃厚なミルクカスタードにイチゴの食感で変化をつけてあるのが楽しいのか、うんうんと首を縦に振りながら食べてくれる。
美人が美味しそうに食べてくれるとすごく嬉しい。
それでもやっぱり真剣な顔で食べてくれるロリリア様の表情が一番嬉しい気もする。
「ううむ、いいぞ。こういうのが食べたかったのだ」
うんうん、とまたしても首を縦に振る。
フォークの先についたミルクカスタードのクリームが気に入ったのかじっと見つめている。
「甘いものをという注文だったのでイチゴも酸味より甘味が強いものにしました」
半分にカットしたイチゴをクリームと交互に置いてある。
ミルクカスタードのまろやかな甘みと、フルーツのみずみずしい甘さ。
甘いだけだとすぐ飽きてしまうからここで変化をつける。
そしてもう一手を打って変化させる。
「よろしければミルクティーもどうぞ」
「む。まぁプロがそういうなら……」
甘いものを食べて幸せオーラ全開の人に話しかけるのは気が咎めたけどもっと美味しく味わってほしいから許してほしい。
アッサムのミルクティー、砂糖とミルクたっぷり。
ロリリア様にお出しした時は「子どもの飲み物だ」と叱られてしまった。
「コクがあるな。甘いのにしっかりとしていて……甘ったるいものを食べて浮ついた心を穏やかにさせてくれる」
「はい。なので付け加えさせていただきました」
「いい茶だな。これはフォークがすすむ」
もぐもぐとあっという間に食べていく。
早食いというよりも素早く食べることが習慣になっているんだろう、お姫様の護衛につくほどの騎士なら忙しそうだ。
パリブレストはけっこう大きなスイーツで食べ応えもたっぷりあるんだけど、運動して鍛えている人だけあってすぐに胃袋に消えていく。
「これもスイーツなのか? 女子どもには重すぎると思うんだが」
「元々は選手が競技前にエネルギーを補給するためのお菓子だったそうです。レース前に体力をつけてもらうために」
1891年から続くパリからブレストをたったひとりで往復する1200キロの過酷なレース。
その第一回を記念して作られたというこのスイーツは、たった一個でもお腹いっぱいになってしまうほどボリューミー。
「それだから私の舌にも合うんだろうな。訓練の後に食べることができればどれだけ美味いことか」
「よろしければお持ち帰り用に包んでおきますよ」
「いただこう。殿下もきっとお喜びになる……茶は持ち帰れるのか?」
「茶葉をお渡ししますから、そちらで淹れていただければ」
そういうわけで、瞬く間に大きなリングシューのパリブレストを食べてしまったアグ……なんとかさんは、ロリリア様用のパリブレストとアッサムの茶葉を持って帰っていった。
剣で脅された時はそこそこ焦ったけどロリリア様にスイーツを渡せるからよしとしよう。
でもアグリアスなんとかさんが帰ってからひとつ気づいたことがあるんだ。
「代金もらってなくね?」
ツケに慣れすぎてうっかり会計を忘れてしまった。
最近はだれがいくらツケているかのメモが厚くなっていくばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます