バイトは金髪巨乳美人に弱い 「私にも将来性というものがある」「ッス」【後編】
落ち着こう。
冷静にならないと火を扱うのは危ない。
冷蔵庫まできたら扉に設置してあるタッチパネルを起動。
SF感あふれるホログラムでキーボードが写し出されるからそこに必要な材料を入力していく。
海老。
アボカド。
パスタ。
そして最後に「海老とアボカドのバジルソースパスタに使用」とメモ。
エンターキーを二度押し。
タッチパネルで
このまま待つと、そのうち調理に必要な食材が出てくる。
マスターがどこかの異世界(星が丸ごと機械になってる世界らしい)から持ってきたものだと聞いたけど。
「これを冷蔵庫と呼んでいいのかな……」
全自動食材調達機って言った方がただしいと思う。
そもそもこの中に食材らしい食材を入れた覚えないし。
たまーにアラートがなるから冷凍庫の部分に小麦色のブロックを入れて補給するだけ。
待っていると、アラームが鳴った。
冷蔵庫(仮)を開けるとちゃんと食材が入っている。
海老、アボカド、パスタ……。
「バジルソースまで?」
調味料がそろっているからバジルソースくらい作れるんだけどな。
ラベルが異世界の文字で書かれているから、翻訳してくれるメガネで読んでみる。
「有名シェフ、ンヌグググ・カッファーパッカン監修、特製バジルソース……?」
すっごい名前してんな。
あとタコのイラストが書いてあるけどまさかシェフの肖像画じゃないだろうな。
最後にメニューの名前をメモしたから気を利かせて用意してくれた……のかな?
たぶんそう。
部分的にそう。
そうだと信じる心が大事。
「素材は上々、あとはボクがうまくやらないと」
たっぷりのお湯を沸かしておいた鍋に、水100に対して塩1を入れる。
ここにパスタを入れてゆでる間に他の食材を用意する。
アボカドは皮と種をとって1cm角に切る。
海老は皮と背ワタをとったら塩水でよく洗い、ラップで包んだものを電子レンジで1分ほど600Wの加熱をするようにセット。
そして……。
「バジルソースを作らなきゃいけないんだけど、これそのまま入れていいのかな……」
謎の文字が書かれた缶詰を見つめる。
ちょっと味見。
「うーん、すこし濃い」
ボクみたいな男が食べる分にはいいかもしれないけれど、パスタにたっぷりと絡めて女性に出すには味が濃すぎる。
「そこで刻んだカブを投入することにする」
バジルソースの塩気を薄めつつ食感に彩りを加えてみる。
ゆでるとアボカドと同じでまろやかな食感になって二番煎じだから、水洗いして薄くカットするだけ。
パスタがゆであがったらバジルソースをかけ、ゆで海老とカットしたアボカドとカブを入れて、よく混ぜてソースをパスタに絡めておく。
「これでよし、と」
最後にハーブの葉を2枚ほどのせる。
底の浅い白磁のお皿にすくってのせ、これを配膳する。
「お待たせしました。海老とアボカドのバジルソースパスタです」
暖かな湯気が立ち上るお皿を机に置けば、「わぁ」と嬉しそうな声が聞こえてくる。
この声が聞きたかった……それも金髪巨乳美人の……生きててよかった……。
「バイトォ……」
「ッス」
ロリリア様の地獄めいた声で正気を取り戻し、パスタに加えてドリンクも紹介する。
「こちらニルギリ紅茶の水出しアイスティーです」
縦長の水出し用ポッドとあわせて、ステンドグラス風の装飾を施されたガラスのティーカップに注いでお出しする。
「ステンドグラスのようですが……こんなに小さなものにも装飾できるんですね?」
「厳密には違うかもしれませんが、モチーフになっていると思いますよ」
「うちでも作ってみようかな?」
スカーレット様は珍しそうに眺めていて、このガラスのカップを出したのは正解だとわかる。
ロリリア様が小声で「姉様の悪い癖だ……綺麗なものはすぐ作ろうとする……」と言っているから、きっとこういうものに造詣が深いオタク気質のお姫様なんだろう。
戦国時代でいう千利休とか古田織部とかそういう。
「さぁスカーレット姉様。冷めてしまわないうちにいただきます」
「あら私としたことが!」
いただきます、とお姫様2人がお祈りをしてフォークを手に取った。
手を合わせるんじゃなくて両手を握っていたのはこの世界のやり方なんだろう。
くるりと器用にフォークでパスタを巻き、その一巻きをぱくっと食べる。
とてもいい食べっぷりだった。料理した甲斐があるというもの。
「ふむん」
もむもむと咀嚼して味わってくれている。
食いしん坊っぽい仕草なのに隠せない上品さがあってさすがはお姫様。
こくんと呑み下すと、ふーむと考え始めた。
「海老が入っていますがシーフードの感じはしないですね。むしろアボカドがまろやかでクリームパスタが近いのかな?」
「ほんとのレビューが始まったんですけど」
「この人にものを食べさせたらこうなる」
異世界のグルメレポーターってわけね。
「でもジェノベーゼじゃないんですね。ニンニクその他を加えないでどうしてバジルソースだけなんですか?」
「ほんとの質問が来ちゃったんですけど」
「この人にものを食べさせたらこうなる」
常日頃から贅沢なものを食べているであろうグルメなお姫様に問いただされる宮廷料理人の苦労が偲ばれる。
「男性でしたらジェノベーゼでよかったかもしれませんが……つづけてアイスティーをご賞味ください」
「ふむん」
お姫様2人がお行儀よくカップをつまんで一口。
実食からの味わう時間をちょっと挟んでから口を開く。
「サッパリしましたね。ジェノベーゼだと味が勝ちすぎてくどくなってしまうのでしょう?」
「はい。それよりは旨みを海老に絞ってアボカドやカブを添えた方がよろしいかと思いまして」
「ふむん!」
この一族リアクションが似てるな。
ロリリア様が似てないのか、ルバート王子とスカーレット様が似てるだけなのか。
「アルバイトさん、同じものを3人前用意してください。すぐにいただきますから」
「分かりまし……えっ、3人前?」
「この人に美味しいものを食べさせたらこうなる」
だいぶヘビーなお客さんだった。
スタイルのいい美女がそれだけたくさん食べるというのはギャップがあって驚きつつ、しかしそれだけの栄養が豊かな胸にいっているのだと思うと「うぉ……でか……」と感動したのは間違いじゃなかったかもしれない。
「バイトォ……」
「いて、痛い!」
椅子に座りながらロリリア様がぐしぐしと脛を蹴ってくる。
スカーレット様はそれをみて嬉しそうに微笑んでいる姿が綺麗だったし、ロリリア様のようなお可愛らしいお姫様にじゃれつかれて悪い気はしない。
けっきょくツケだったけど、今日ばかりはタダにしてもよかったかもしれないくらい楽しい時間だった。
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