バイトは金髪巨乳美人に弱い 「不敬だぞ」「ッス」 【前編】

 ふぅ、と王城の一室でため息をこぼす。

 居間は広く、ひとりどころか何十人がいても使い切れない。

 白亜の壁には金の装飾がきらびやかで、上を見れば世界で有数の画家に描かせた天井画が見える。


 時間とともに部屋のきらめきが変わっていく壁面装飾は、落ちていく夕陽のなめらかなオレンジ色をしていた。


「夕食はそろそろか」 


 今のうちにあの喫茶店をたずねないと夕食を食べそびれてしまう。

 あの喫茶店にも食事メニューはあったが私ひとりだけ食卓に並ばないのも不自然だ。


 客を連れていくと言ってもだれを連れていこうか。

 アグリアスはダメだ。

 やつから借りた小説の「体で払う」はバイトに通用しなかったから。


「ふむ……」


 かといって、命令してだれか連れていくのも違うだろう。

 私のお忍びのわがままに付き合わせるわけにはいかない。


 そうなると……。


「だれも……いない……!?」


 一緒に出かけられる友人が、ひとりも思い当たらない。

 この私が孤独の身ボッチだと!?


 心が折れそうだ……。

 せめて数人くらい、だれかいないかと頭の中でぐるぐる考えを巡らせてみるけれど、使用人や騎士といった家来は出てきても、友だちはひとりも出てこない。


「うそだ……」


 混乱する。

 いかん、思ったよりもつらいぞこれは。


 初めて自分の孤独を自覚した。

 よもやこの私がボッチだったなんて。


 やわらかい夕陽に照らされる金細工の輝きが、ひどく非現実的で、どこか夢のようだった。


「リリーナちゃーん♪」

 甘くて明るい、年ごろの女性の声。


「……スカーレット、姉様」


 名前のとおり真っ赤な瞳が上から私を見ている。

 夕焼けのオレンジ色の中でも赤く映える瞳。


「いつも決まって威張っている君らしくないですよー?」


「……よく見ていますね」


「かわいいかわいい妹のことですからー」


 ハートマークが語尾に見えそうなくらい、明るくて元気な甘い声。

 私と違って社交的で、友人だってたくさんいる人。

 ほんとのことを言うとかなり苦手だ。


 どうやったらこの人みたいに、たくさんの人と仲良くすることができるだろう。

 ……勇気を、出してみる。


「スカーレット姉様」


「はぁーい?」


「明日は一緒に、お茶しに行きませんか」


 声は震えていた。

 けど、勇気の出し方はこれで正解なはず。






           §




 チリン。

 お昼前でのんびりとしていた頭が、来客を告げるベルの音で起き出してくる。


「いらっしゃいませ」


 お客様は決まってひとりだから、お決まりのカップを出そうと食器棚に向かう。


「お邪魔しまーす♪」


 カップとソーサーに伸ばした手が止まる。

 歯が浮くような甘い声。

 だれ? なに? 幻術?


「客を連れてきてやったぞ、バイト」


 威張っているロリリア様(なんだかいつもより威厳パワーが足りてない気がする)と、もうひとり……?


「スカーレットと申します。今日はよろしくお願いしますね?」


 赤い星の瞳をした人。

 リリーナ様の赤いドレスとおなじくらい鮮やかな目が、白いワンピースによく映える。


 そしてなによりも。

「うお……でか……」

 胸がたわわに実っていた。


 最近はロリリア様のようなロリ……愛らしい美少女しか見ていなかったから、女性らしい体は刺激が強すぎる。


「バイト」


「ッス」


 これ以上は自重する。

 今は仕事中だし、なによりもロリリア様の前だから。

 他の女性にデレデレしてる場合じゃない。


「リリーナちゃん、こちらの男性が?」


「ええ、ワンオペのバイトです」


 それ名前じゃないんですが。

 いいけれども。


「当店は喫茶店です。コーヒーに紅茶、お食事もご用意いたします」


 マニュアル通りに一礼。

 リリーナ様が連れてきた大事なお客様だ。

 ここで逃すのはまずい。


「丁寧にありがとうございますね。私はスカーレット──」


「──私の知人で、ただのスカーレットだ」


 挨拶をさえぎられたスカーレットさんが、おやおや、というように片眉をあげた。

 妹の子どもっぽいところを可愛く思う姉みたいにちょっと微笑んでる。


 たぶんというか、確実に王族かなにかロイヤルファミリーだろう。

 雰囲気は違うけど、ルックスがよく似ているし。

 仮にもお姫様を「リリーナちゃん」と呼べる人もそういないでしょ。


「お好きな席へどうぞ、ただいまお水とおしぼりをお持ちします」


 それはそうとして、まずは自分の仕事をしないと。

 水とおしぼり、それからメニューを渡す。


 冷えた水をつがれたコップの水滴に、「へえ」とスカーレットさんが──スカーレット様の方がいいか──感心した。


「こちらのお店……喫茶店? には魔法使いの方が? それとも魔法の道具マジックアイテムを?」


 あ、そういえばファンタジーな異世界だったことを忘れてた。

 地球にある普通の喫茶店みたいなことをしてたからかな。


「冷蔵庫という、物を冷やしておける機械の道具です。魔法は使っていません」


「機械で? 時計や自動人形オートマタは見たことありますが、異世界にはそういうものもあるんですねぇ」

 

 そこまで興味はなさそう。

 社交辞令程度の質問だけれど機械のことより、いつでも冷たい水を出せる店だ、ということが気になっているのかも。

 

「よい店でしょう?」


 ふふん、と得意気にリリーナ様が胸を張る。

 かわいい。


「ええ。よいお店ですね」


 スカーレット様が微笑みかけてきた。

 なんかえっち。

 大人の女性って感じで、たぶんボクより何歳か年上だ。


 顔が赤くなる前にカウンターの奥に戻る。

 ロリリア様には気づかれなかったみたいだ。

 あの子はじっとメニューを見ている。


「ふーむ。食事を頼むのは初めてかもしれない」


 そういえばフードメニューを注文された記憶がない。


「まぁ、私たちなら頼まなくても出てきますからね」


 そういう次元じゃなかった。

 人生初とかそういうやつじゃん。

 はじめてのおつかい〜喫茶店でお食事スペシャル〜じゃん。


「おい、バイト」


「はい?」


「なにかしっかりとした食事はあるか?」


 んー、食事食事。サンドイッチとかは違うよな、あれは軽食だ。

 あれ?


「メニューに書いてあるものではご不満でしたか?」


 そもそも地球の日本にある喫茶店のメニューじゃ、お姫様たちの口にあわなかったかも。


 スカーレット様がちょっぴり困った顔をした。

「文字は読めるのですけれど、知らない料理ばかりで。説明もいまいちピンとこないんです」

 そういえば異世界の料理じゃん。


 女性向けのがっつりメニュー……。

 カレーかハンバーグは男向けだしな。

 それじゃあ……。


「海老とアボカドのバジルソースパスタなんて、いかがでしょう」


 パスタ屋みたいなメニューがなんで喫茶店にあるかは知らない。

 こういうオシャレなご飯が売りの喫茶店はよくあるしそこから持ってきたのかもしれないけど。

 メニューはひと通り練習してあるから問題なく作れるはず。


「海老はともかく、アボカド? 聞いたことがないな」


「この国では聞かない言葉ですね」


 あー、アボカドってどこの国が原産なんだろ。

 バナナとかああいう地域の果物なイメージ。

 

「野菜かフルーツの一種です。甘味や酸っぱさはないですが、料理に使うとまろやかでクリーミーになります」


 アボカドの味を口で説明するのは難しかった。

 別名に「森のバター」があるけど、大豆は別にお肉じゃないし、アボカドもバターじゃない。


「それにバジルソースをくわえたパスタ……とても気になります!」


 スカーレット様がやたらぐいぐいくる。

 食欲旺盛というか、食べるのが好きなのかな。

 あと、ワンピース姿でこっちに身を乗り出してきて、たわわに実った胸がすっごい主張してくる。


 いけませんお客様! そのようにバイトを誘惑されては!


「バイト」


「ッス」


「このパスタを二人前だ」


 はい。

 今のはいつものお叱りじゃなかったみたい。

 脊髄反射で返事しちゃった。

 

「デザートやお飲み物はいつお持ちしましょう」


「一緒でお願いします!」


 はい。

 めっちゃ食い気味でびっくりする。


 なにを持っていくか聞いてないけど……。

 ここでひとつ、ロリリア様にお任せします、と合図ウインクしておく。

 制服はまだこないけど、アルバイトとして練習中だから、デザートのことは分かってるはず。


「……!?」


 これ通じてないね。

 リリーナ様、耳まで真っ赤にしてふるふる震えてるもん。

 スカーレット様も「あら〜」なんて言ってるし。

 

「おい、バイト」


「はい」


「姉様の前で二度とやるな」


 はい……。


 だが待ってほしい。

 いつもなら「二度とやるな」と言ってるところだけど、わざわざだれかの前でやるな、なんて言ってる。

 それなら、ふたりっきりの時にやれってこと?


 分からない。

 女性のこと、女子のこともさっぱりだ。

 でもスカーレット様が「あらあら~」って嬉しそうに笑ってるから、きっと、悪いことじゃないはず……おそらく……。

 

 とりあえずバックヤードまで逃げよう。

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