最終話 大事な人
マルナが暮らしていた異世界に行くことになった。
メンバーは、先日、温泉に行った時と同じだ。
つまり、今回もブライテルは留守番ということになる。
「マルナ」
「何?」
「マルナの世界に、温泉まんじゅう的なものはありますか?」
せめて何かお土産をと思ったのだ。
「ない」
「ですよね」
あとで、個人的に何か作って差し入れることにしよう。
薫は「何がいいでしょうか」と考えながら、マルナの世界に行くことになったメンバーを見る。
墓参りが目的なので、他のメンバーが来る必要はない。
だが、来たいと言った。
それは、みんながマルナのことを大事に思っているからに他ならない。
一緒に過ごした時間は、決して長いとは言えない。
それでも、みんな、マルナのことを思っているのだ。
それがうれしい。
胸の奥があたたかくなる。
「マルナ?」
マルナが震えていることに気がついた。
不安――いや、恐怖だろうか。
マルナはもう、家族がいないことを知っている。
その事実を受け入れている。
だが、これから墓参りに向かうことで、その現実と向き合うことになるのだ。
自分が世界にひとりぼっちになってしまっていることを、突きつけられるのだ。
怖くないわけがない。
震えないわけがないのだ。
薫でさえ、未だに両親に会えない悲しみに、泣きたくなる時があるくらいなのだから。
薫がマルナの異変に気づいたように、他の者たちも気づいたようだった。
特にクリムはマルナと何だかんだ言いつつも仲良くしていたから、心配しているのが丸わかりの顔をしていた。
だが、ここは薫に任せることにしたようだ。
ぐっと唇をかみしめ、
「今回だけ特別ですわ」
とマルナに薫を譲ることにしたようだった。
「マルナ」
「………………何?」
「家族に紹介してくれますか、僕のこと」
「もちろん。すっごくする!」
思いのほか力強い答えが返ってきた。
一瞬、呆気にとられるものの、すぐに破顔。
「ありがとうございます。ちなみに、なんと言って紹介してくれるつもりですか?」
「何だと思う?」
「質問に質問で返すのはずるいです」
「答えて」
せがまれる。
「そうですね。新しい家族、でしょうか」
「惜しい」
マルナが笑った。
「大事な家族って、紹介する」
「……そうですか」
「カオル、顔が赤くなった。照れてる?」
「マルナが何を言っているのか、わかりませんね」
「誤魔化した。カオルが誤魔化した!」
そうやってはやし立てる頃には、マルナの震えはすっかり収まっていた。
その場しのぎのごまかしかもしれなかったが、震えたままでいるよりいいと、薫は思った。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
佐月の言葉に、みんなが頷く。
「マルナ、こっちに来て」
「ん」
佐月がマルナとおでこをくっつける。
マルナに自分が暮らしていた世界をイメージしてもらい、それを読み取ることで、その世界へと転移するのだ。
「……よし、来た! みんな、行くわよ!?」
そうして、薫たちはマルナが生まれ育った異世界へと転移した。
◆
そこは、翠色の空に月が7つ浮かぶ世界だった。
日本とはまったく違うのは当然として、クリムたちが暮らしている世界ともまた違う雰囲気だった。
空気も微妙に違うかもしれない。
「って。いつまでもここで惚けてる場合じゃねーよな」
アヴァールの言うとおりだった。
ここに来たのは何のためか。
「マルナ、あなたが暮らしていたという集落はどこですの?」
「ついてきて」
マルナの案内で、集落へと向かう。
といっても、佐月がマルナのイメージをかなり正確に読み取っていたため、それほど移動することはなかった。
5分もしないうちにたどり着いた。
「集落の作り自体は、我たちの世界と似たような感じじゃな」
バムハルトの言葉に、佐月が応じる。
「そうね。いかにもファンタジーっぽい感じね」
佐月が書いているラノベに出てくるファンタジーの村とか、牧歌的な感じがする。
食事時だったのか。何かを煮炊きしている匂いがあちこちから漂ってきていた。
集落の住民は、マルナと同じ狼の獣人だった。
マルナのような綺麗な銀色をしている者は誰もいない。
住民たちが薫たちの中心に立つマルナに気づいた。
何事かを囁き合い、何人かの住人がどこかに走り去る。
どこに向かったのだろう?
いや、それよりも問題にしなければいけないことがあった。
こいつらはマルナをいじめていたのだ。
そのことを薫をはじめ、クリム、アヴァール、バムハルト、佐月は知っていた。
なので、住民を見る視線は鋭く、敵対的と言ってもいいものだった。
だが、そんな薫たちにマルナは言ったのだ。
「どうでもいい」
本当にどうでもいいと思っているのだろう。
マルナの表情が物語っている。
マルナがそう言っている以上、薫たちもそれに従う。
納得できない部分はあるし、苛立ちは抑えきれないが。
「それより早く来て。こっち」
マルナが家族を弔った場所へと、薫たちを連れて行く。
森を抜け、ちょっとした丘みたいになっている場所だった。
◆
そこに四つ。
木で作られた簡単な墓標が立っていた。
「ここが……?」
薫の問いかけに、マルナが頷く。
「そう。父様、母様、弟たちが眠ってる」
「そうですか」
そこは見晴らしがよく、風が気持ちよく吹き抜けていく。
「とてもいい場所ですね。きっとマルナの家族も喜んでいると思います」
「そう思う?」
「ええ」
「なら、よかった」
マルナが笑った時だった。
誰かがやって来た。
一人ではない。十数人はいるだろう。
「話を聞いてきてみれば、本当に戻ってきたみたいだな」
マルナに誰かを聞けば、真ん中に立っているのが、この集落の長の息子らしい。
つまり、マルナをいじめていた中心人物だ。
「お前に用はない」
「何を言っている!? この俺様が嫌われ者のお前を特別に世話してやると言ったのに、姿をくらませやがって! しかも、この俺様に手を上げやがった! お前だけは絶対に許さない! だが、俺様はできる男だ! やさしさを持ち合わせている! ゆえに特別にお前を許してやってもいい!」
息子が狂ったように笑う。
「俺様の奴隷になるんだ! 奴隷になって、俺様の命令を何でも聞け!」
息子の目がマルナの全身をなめ回す。
何を考えているのか。マルナをどういう対象として見ているのか。
それだけで丸わかりだった。
「このゲス野郎が……!」
苛立つアヴァール。
「視界に収めるのも腹立たしいのじゃ」
怒りをあらわにするバムハルト。
「消せばいいんじゃない?」
佐月は笑顔で言い切った。
そんな中、クリムは無言で殺気を放つ。
それを真っ正面から浴びた息子は、
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
情けない声を上げて、後ずさりをする。
「お、お前ら、俺様を守れぇ!」
一緒に来ていた者たちの後ろに隠れて、そんなことを叫ぶ。
「皆さん、ここは僕に任せてくれませんか……?」
薫が一歩、前に出た。
だが、佐月が止めた。
「薫が掃除が好きなことは知ってるわ。でも、あのゴミの片付けはあたしたちに任せなさい」
佐月が頷く。
いや、佐月だけじゃない。
アヴァールに、クリムに、バムハルトもだった。
みんな、マルナの墓参りを邪魔する息子を許せないのだ。
薫は息子に対する怒りをグッと呑み込んだ。
「わかりました。お願いします」
「任されました。大丈夫よ。ちゃ~んと処理しておくから」
佐月がそう言うなら、きちんと処理してくれるだろう。
金輪際、マルナに対して余計なことをしないように。
いや、できないという方が正しいだろう。
佐月の顔は、マルナを聖女として召喚した国を滅ぼした時と同じ顔をしていたから……。
◆
ゴミ処理は佐月たちに任せ、薫はマルナとともに墓参りをすることにした。
「マルナ」
「何?」
「まずは掃除をしましょう」
「掃除?」
「そうです。綺麗な方が、きっと家族みんなうれしいはずです」
「それはカオルがしたいだけじゃ?」
薫が微妙に視線を逸らすと、マルナが笑った。
「ふふ」
そんなマルナの笑顔を見て、薫はほっとする。
嫌な奴が現れて、マルナの心がささくれ立っていないか心配だったのだ。
「わかった。する」
というわけで、ふたりで墓標を綺麗にした。
たいしたことをしたわけではない。
ゴミを拾い、斜めになっていた墓標をちゃんとまっすぐ立てただけ。
あとは、
「これ、母様が好きだった花。こっちは父様。これは弟たち」
マルナが取ってきた花を、それぞれの墓標に手向ける。
それから手を合わせて、マルナは言う。
「みんな、ただいま」
答えはない。
だが、マルナは続ける。
「みんながいなくなって……わたしはすごく寂しかった。すごく悲しかった。だから死んで、みんなのところにいきたいって思った」
でも、とマルナは言う。
「そんなわたしと家族になるって言ってくれた人がいた」
マルナが薫を見た。
薫は頷いて、マルナの隣で膝をつき、挨拶をする。
「はじめまして、大塚薫です」
「みんな、ここだけの秘密。わたし、この人が好き」
突然の告白だった。
「え?」
見れば、マルナがはにかんでいた。
「わたしはこの人とこれから先も生きていきたい。だから、見守っていて欲しい。絶対にしあわせになるから」
はにかみながら、マルナが涙を流した。
そんなマルナを見た瞬間、薫の中に強い思いが膨れあがり――気がつけば、マルナを抱きしめていた。
「カオルに会ってからのわたしは泣いてばかり。すごく泣き虫になった」
それは仕方ないことだ。
だって、家族を失ったのだ。
大事な宝物を永遠になくしたのだ。
悲しくないわけがない。
涙が流れないわけがない。
だけど、マルナは違うという。
「全部カオルが悪い。カオルのせい」
「僕、ですか?」
「そう。カオルがわたしのことを甘やかすから。いっぱいいっぱい甘やかすから。わたしは泣き虫になった」
「それは……」
否定できなかった。
「だから、カオルには責任を取る必要がある」
マルナがカオルをまっすぐ見る。
「カオル。わたしはカオルが好き。大好き。あなたとずっと一緒にいたい」
「………………僕は冴えないおっさんです」
「そんなことない」
「いいところなんて一つもありません」
「大丈夫。どんなカオルも、全部大好き」
ああ、それはなんて無敵な言葉なのか。
「僕は……」
薫はまぶしすぎるマルナをまっすぐに見つめ返し、彼女の体を思いきりかき抱く。
そして耳元で、そっと答えを囁いた。
「カオル、大好き……!」
カオルの答えを聞いたマルナが、満面の、まぶしすぎる笑顔を浮かべた。
◆
大塚薫、36歳。
名前から女性を連想されることが多いが、眼鏡で、ひょろひょろで、背が高いのに猫背のせいで小さく見える、くたびれて見える、冴えないおっさんだった。
そう、それは過去のこと。
あれから一年が過ぎて、今の薫は……やっぱり、冴えないおっさんだった。
だが、
「うん、今日も絶好の掃除日和です」
主夫で魔王代理として、日本と異世界を行ったり来たりしながら。
「カオル様、あなたの2番目に愛する妻にキスをしてくださいですの!」
クリムにかわいらしくおねだりされ。
「カオル、いつになったら我と子作りをするのじゃ。大丈夫じゃ。我は愛人で充分ゆえ」
バムハルトに妖艶に迫られ。
「おう、カオル。俺とちょっとやり合おうぜ! 大丈夫だって、ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
アヴァールに戦いを挑まれ。
「カオル殿、他の者たちが仕事をしてくれないのですが……」
ブライテルに頼られ。
そして。
「カオル!」
愛する
主夫で魔王代理なアラフォーおっさんは狼少女を甘やかしたいが、周囲はそれを許さない状況です? 日富美信吾 @hifumishingo
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