第13話

 目を覚ますと、そこは地下牢のような場所であった。


「やっとお目覚め?」


 格子の外にはフェルモが鎮座していた。


「どういうつもりだ?」


 手も足も鎖が繋がれており、自由に身動きが取れない。まるで囚人のような扱いだ。


「飼う」


「なにっ!」


 ならば、どうしてこのような扱いなのだ!奴隷でも、もっとマシな扱いを受けているだろう!これではもはや奴隷以下だ!


「だって、そうでもしないと貴方が逃げるから。それは首輪代わり」


「貴様〜!」


 どこまでも嘗めたことを!私をなんだと思っている!許せぬ!後悔させてやるぞ!


「ッ!」


 フェルモの眉がピクリと動く。


「ガァァァァ!!!!」


 半ばやけくそになって、鎖を引きちぎろうすると、それは糸のようにプツンと切れた。


「あれ?」


 なんだこれ?玩具の鎖だったのか? フェルモの奴はこれで私をからかっていたと?


「あの女、でリミッターを解除したのか」


 エルの耳に触れるか否かのあの一瞬で......!


「どいつもこいつも次から次に......!」


 フェルモはまた同じような言葉を呟くが、今度は唇を噛み締めている。


「これじゃあ今までのが......」


「1人で何をブツブツと言っている!貴様も邪神なのだろう! とっとと目的を話せ!飼うなどと寝言は十分だ!」


「うん。再教育してあげる。だって、私が1番なんだもん」


 フェルモが目を見開き、こちらへ歩み寄ってくる。鉄格子をも通り抜け、そろりそろりと、妖艶に。


「ぐっ!」


 その目を見つめると、常に感じていた『』がより鋭敏になる。


 父の才能を受け継げなかった無能で


 家すらも追い出される阿呆で


 あるのは根拠の無い正義感だけ


 私は


 なにも


「できないの」


 フェルモが己の顎を引き寄せる。そして、その唇をそっと......


「いや、お主に出来ぬことなど無いぞ。エルデンド」


 その間抜けな声はいつにも増して、頼りがいがあるように聞こえた。


「ぶっ!」


 首飾りから生えてくる小麦色の右腕が、フェルモの頬を押し止めていた。


「なにせ、お主は我が認めた人間なのだからな」


 紫色の閃光が辺りを包む。


 そして、目の前に現れたのはいつものポンコツ邪神であった。


「馬鹿め。我は既にマーキング済じゃ!結界さえなければ此奴がどこに居ようが関係ない!」


「無事だったか!ベルモン!」


 声をかけると、彼女はこちらに振り向き、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「なんじゃあ?心配しておったのかぁ?我のことぉ?あのお主がぁ?」


 物凄い癪に障ったので、思い切り腹を殴った。


「ゲホォ!」


「ふぅ、すっきりした」


「な、何をするのじゃ!暴力はいかんぞ!はっ!もしやお主、ヴァインの─ぶぇ!」


 彼女は何かを言い切る前に、フェルモが飛ばした黒い物体に吹き飛ばされた。


「それが、お前の呪文か?」


「違う。これはただの使い魔」


 フェルモが指を鳴らすと、それは正体を現した。

 蝙蝠の集団。

 それが一纏めになって球体のように見えていたのだ。


「今の貴方たちにそんな代物使うわけない」


 彼女はタクトを振るように腕を上げると、蝙蝠たちは旋回し始めた。


「痛い思いをしたくないなら、大人しくして」


「......先程お前の目を見て、ようやく分かった事がある」


「?」


 私に植え付けられていた価値観。


 才能が無かった故に今までの人生で勝利、あるいは成功の光景ビジョンが思い浮かぶことなどなかった。だからこそ、私は戦うことを、剣を握ることを諦めた。それを自堕落だと知らず、正義だと思い込んでいたのだ。

 だが、それは違う。剣を握り、戦うことは決して悪ではない。また、正義でもない。


「そうじゃ、エルデンド。戦に貴賎などないのじゃ。握るものが剣であれ、ペンであれ、そこにあるのは己がため。ならば、どちらにせよ同じなのじゃ」


「貴様は。そのふざけた能力を使ってな」


「自分の才能が無いのを人のせいにする訳?馬鹿みたい。てめぇの才能に私が関係してるわけねぇだろ!」


 フェルモの口調が崩れてくる。図星を突かれたのだろう。表情にも焦りが見える。


 あの男爵の時にも感じた敗北の確信。それはひとえに私の闘争心そのものが怠惰な諦観に塗り替えられていたからに過ぎない!


「拳を握れ、エルデンド」


「ああ」


 恐るるな。


「かかってこいよ、オラァ!」


 私は


「うおおおおお!」


 戦える!


 ─お前は折れた剣だ。誰一人として期待する者などいないだろう。しかし、それでもだ。お前に意志さえあるのならば、それは敵を裂く刃となろう──


 父の最期の言葉。馬鹿にしているのか、期待しているのか。今更そんな言葉を思い出してしまうとは、己も少しは未練があったのだろうか。


 視界が虹色に染まる。だが、もう恐れはない。恐れているのは奴の方だ!


「なぜ止まらない!!!」


「我らにとっての忌むべき感情、それは""。皮肉じゃなぁ、ヴェスデゴス。お前が植え付けていた堕落の意志はもはやエルデンドにとって糧にしかならぬ。その薄っぺらな絶望で、奴を完全に支配などできぬのだ!」


「ぐぇっ!」


 拳に柔らかい肉の感触が伝わる。あぁ、初めて殴り抜く相手がまさか婚約者であったとは。これが人間相手であれば、私はとんでもないクズだ。いや、それでいい。私は。これは私の私による私のためだけの戦いなのだから。だから


 殴り抜け!!


「ぶげぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 撃ち抜くと同時にフェルモは奇っ怪な叫び声を上げて、吹っ飛んでいく。


「やったー!」


 ベルモンがぴょんぴょんと歓喜に跳び跳ねる。


「ぐ、ぅ。くす、くすくす、終わっちゃった。ぜんぶ、ぜぇんぶ」


 フェルモは乾いた笑い声をくつくつと漏らす。起き上がろうとする気配はない。


「ふは!肉体を人間に近づけすぎたようじゃなぁ!エルデンド、奴の耐久力は人間の女子おなごとそう変わらん!畳み掛けるのじゃ!」


「......」


「何をしておる!早くやらぬか!」


 ベルモンが後ろで喧しく吠えるが、それよりも私は彼女に問わねばならない。


「なぜ、私だったのだ?」


 倒れている彼女へと屈み込むと、彼女は笑っているような、はたまた泣いているような声で


「一目惚れ」


 と答えて、ドロドロと溶け始めた。


「ィ......」


 完全に溶けきってしまう直前、彼女はなにか呟いたような気がした。


「もうお主を手に入れられぬと察したのか、自ら消えてしまいおった。存在は消えておらぬが、もう表舞台には出てこぬじゃろうな」


 奴がベルモンのように邪神だけの存在であったならこれで一件落着であるがそうはいかない。


「公爵令嬢が姿を消した。これは一大事件になるだろうな」


「その点は問題あるまい。おそらく奴はその存在ごと抹消したはずじゃ」


「どういうことだ?」


「ふ、乙女心というものじゃよ。亡骸はというな」


 説明になっていない。が、何となく理解した。ひとまず"エクステン公爵に娘などいなかった"ことになった。そういうことであろう。


「しかし、まあ、この調子でヴァインの方もちゃちゃっと始末できれば楽じゃのぉ」


「サターリアか......」


 今回のいざこざを見るに、実力はフェルモの方が上に見えたが、結局彼女は


 そう


 最初から最後まで彼女は私を傷つけようとはしなかったのだ


 なあ、フェルモ、君は私のことを好いていたのか?


 君が私に向けている感情が分からない。初めて会った時から、消えてしまった今も尚。何一つして。もし愛していたのなら、たった一言、そう言えばよかったろうに。














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当て馬伯爵は邪神に囲われる 肉巻きありそーす @jtnetrpvmxj

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