第12話
「まったく、ビショビショじゃ。見ろ、我のこの服。水に濡れたおかげでせくしーになったじゃろ?」
ベルモンは色気のない身体をくねくねと動かす。まったくもってそそられない。それどころか、少し苛つく。
「目障りだから止めろ。気が散る」
「ふん、そうやって吠え面かけるのも今のうちよ。そのうち我の魅力に抗えなくなり、自分から乞うようになる」
「その話、何回目だ? 」
ルクセラインの毛繕いをしながら、彼の体力が戻るのを待つ。
「ぶるるふふふ」
ルクセラインは時折、満足気に鼻を鳴らす。
「気持ちよさそーじゃのー」
「これでも馬の手入れは嫌になるほどしてきたからな。まあ、それが嫌と思うことはなかったが」
「我にもやらせろ!」
ベルモンはブラシを強引にひったくって、ルクセラインに跨る。
「というか、お主。なんでよりにもよってこれを持ってきたんじゃ?」
「馬戸にあった物を咄嗟に持ってきたからな。それがこれだったわけだ」
「はぁ〜、そこは剣やら槍やらを持ってくるのが定石じゃろうが。だからお主はダメなんじゃ」
「お前に一番言われたくない言葉だよ」
日が天に坐し、地平線の視界も定まってくる頃、ようやく私達は出発した。
「これからどーするのじゃ?今回はヴェスデゴスの奴にしてやられた訳じゃが、このまま引き下がるのか?」
ベルモンはルクセラインの背中に寝転びながら、空を見上げる。
「国外に出る。そこで貴様の力を蓄え、奴らを迎え撃つ」
「おめおめ逃げるというのか!?」
「ならば、このまま無謀に斃れるか?」
「最強の我ならば問題はない!」
彼女は自信満々に胸を張るが、結果は火を見るより明らかだ。どうにかして彼女の意見を誘導しなければ、このまま突っ込んでいくだろう。
「確かに、貴様なら奴らに勝る力を持っているだろう」
「もちろんじゃ!よくわかってきたではないか、エルデンド!褒めて遣わす!」
「しかし、まだ本調子ではない。そうだろう?」
「うむ! 我の全盛期はこんなものではない!我の姿を見たものは皆平伏し、全てを乞うた!」
彼女はその光景を想像しながら、満足気に鼻を鳴らしていた。
「だからこそ、最強の全盛期で徹底的に奴らを叩き潰したいとは思わないのか?」
「ふむ......」
彼女は思案に耽る。かつて歩いていた坂道が見えなくなった頃、彼女はようやく口を開いた。
「確かに!」
はぁ、なんて愚鈍な判断力だ。ため息が止まりそうにない。
「その方が爽快じゃ!さすが、お主は頭がいいのう!」
「では、それで問題ないな?」
「うむ!その方で─」
彼女の笑顔は突然横から飛んできた黒い物体と共に地平線へと消えた。
「くふふ、お兄さまみっけ♡」
「な!」
サターリア! なぜここに!まずい!このままでは!
「駆けろ!ルクセライン!」
手綱を叩いて疾走する。
「くふふ、相変わらず下手くそな騎乗ですわね。お兄さま」
後ろから声がする。いつの間にか、奴は俺の腰に手を掛けていた。
「貴様ッ!」
振り落とそうと馬を手繰るが、奴の腕の力は尋常ではなく、ビクともしない。それでいて私の肋が一切軋まないのが余計に不気味だ。
「激しいアプローチは歓迎ですわ」
奴の手が私の耳に掛かろうとしたその時、彼女は突如ひとりでに落馬した。
「くすくすくす」
ま、まさか彼女もここに来るとは.....!
「フェルモ......!」
進路の先にはかつての婚約者が佇んでいた。彼女が目を開くとルクセラインは次第に速度を落としていき、遂にはその場でへたりこんでしまった。
「くすっ」
彼女は私を見下ろして、一笑した。以前には感じられなかった粘着質な視線が、身体を震え上がらせる。
「邪魔」
サターリアの無機質な声。あんなに感情のない声は初めて聞いた。感心しているうちに、奴はフェルモに何かを投げつけた。
「........」
しかし、フェルモはそれを軽々と弾き飛ばす。
「陰気で汚らわしい堕淫魔が私のお兄さまに触らないでくれる?」
「くす......」
一触即発。この隙になんとか逃げ出さねば。しかし、ルクセラインはもう使い物にならない。見ろ、あの無気力な目。時折、学園の事務員があんな目をしているが、馬がそんな目をすることなど聞いたこともない。
だが、そんなことよりもだ。早く脱出して、ベルモンと合流しなければ!
「消えて」
「くす」
爆発音と共に辺りが暗くなる。
今だ!
私は身体を伏せ、最速で這っていく。確か、ベルモンの奴が飛んで行ったのは東の方だ。奴らの注意が逸れているうちに可能な限り距離を稼ぐ!
─カサ
「ッ!」「....!」
私の馬鹿野郎!!
「くすっ」
フェルモの笑みが眼前を支配する。一瞬で回り込まれたようだ。
「ぬおおおおお!!!!!」
もはや伏せている必要はない!いちかばちか、全力疾走だ!
「だめ」
いとも容易く羽交い締めにされてしまった。ああ、万事休すか。
「やっと、独りになったね......」
蕩けるような囁き。
「貴方があなたでいてくれて本当によかった。だからこそ、今こうして私の手の中に居てくれる」
ね、眠い......。
「故に、あの男爵も皇子も駒としては悪くなかった」
ま、まさか、あれも彼女の計画内なのか!?
「そりゃあ!」
雷のような轟音が脳内で轟き、意識がハッキリとしてくる。
「しっかりせい、エルデンド! 今、我が助けてやる!」
視界の端でベルモンがふよふよと浮いている様子が見える。なんだ、無事だったか。
「羽虫が......」
フェルモが手を翳すと、虹色の光線が放たれる。
「ぴゃい!」
ベルモンは必死に躱そうと頑張っていたが、遂には蝿のように撃ち落とされてしまった。
「ベルモ.....」
「後から続々と、まるで虫みたい......」
彼女の視線の先には倒れ伏したサターリアの姿も見える。
「私は生まれた時から目をつけていたというのに......」
そうか。あの時感じた感情は貴様の─
「さて、行きましょう。エル」
結論を出す間もなく、私の意識は闇に落ちた。
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