新・蟻とキリギリス

高黄森哉

アリとキリギリス


 未来、それも遠い未来、具体的に、虫間コミュニケーションが可能になるくらいの未来、あるところにキリギリスがいた。キリギリスは、秋(そうだ、未来にも秋はあるのだ)の訪れを感じ、自慢の羽で、猥歌を奏で始めた。すなわち、繁殖相手を大声で求め始めた。

 それに迷惑していたのは、蟻たちである。彼らは皆、雌だった。というのも、働きアリや兵隊蟻は、普通メスなのである。彼らは成熟することはない。働きアリや兵隊アリは、女王アリの完全な奴隷であり、彼らは子を残すことはない。


「私たちの縄張りよ。出てけ、この有害。私の子供たちが聞いたらどうするの」

「そんなことをいいつつ、君たちはミミズを虐めているじゃないかい。それは、子供の教育に良いのかい。それに、その子は、女王アリの子供で、君の子供じゃないだろ」


 彼女らはミミズという、男性的(女性的)卑猥さを帯びた生命体に、群がっていた。それも、腹から毒針を注射しながら。さて、この毒針という器官、どうやらこれは産卵管由来らしい。つまり、彼女らの行為は、人間で例えると、…………。彼女らは、毒針の先から、ギ酸をぴゅぴゅっと、キリギリスの方に飛ばす。


「むきぃいいい。―――――― あんた、碌な大人に成らないぜ。そうやって、性行為にうつつぬかして、蓄えもあるはずなく、きっと老後に苦労する。かならず、後悔するぜ。みてろよ」


 そのとき、アリは男のような口ぶりだった。だから、キリギリスはどきりとした。しかし、恐れず、冷静に返した。


「俺はきっと長生きしないよ」


 キリギリスは、子を残さない虫が、俺の生殖や、性的嗜好に口出しするのは、なぜだろう、と思った。それは、嫉妬なのかな。精神的に子を残す能力がない自分の苦痛を、他人で発散しようとしているのかな。彼は歌を奏でつつ、仕返しのつもりで、少しだけ残酷で無神経なことを問うた。


「君たち、子供を残したいと思ったことはないのかい」

「ないわ。子供の奴隷にはならないもの。それに、出産は苦しいわ。女王様は、いつも苦しんでおられる。あれは、子供の奴隷だわ。介抱なしでは、碌に動けもせず、一部屋に閉じ込められて。可哀そうに。きっと、結婚なんかしなかったほうが、幸せだったのよ。羽も、雄に落とされて。オスに不自由にされた」


 結婚飛行で相手を見つけ、交尾を終えると、雄アリは女王アリの羽を噛みきってしまう。それで、永遠にその羽は生えてこない。羽があれば自由だ。羽さえあれば。


「君たちには、もともと羽なんか生えてないくせに。羽が生えてないから、結婚飛行を、出来なかったんだ。羽が生えてないから、雄アリが魅力を感じなかったんだ」

「違う。生まれや、環境が、私達を変えたの。働きアリは、そういう宿命なのよ。これは、アリ社会の問題なの。不妊や独身を、アリ社会が、私達に強いてるのよ。遺伝子にも刻まれてるの。羽は生えないんだって」


 黒蟻の人だかりが出来ていた。黒蟻たちは、雌でもあり、雄でもあった。沢山の蟻がギ酸を飛ばしながら、キリギリスをやりちん、と罵った。また、猿だともいった。自分達が、ギ酸という名のアレを、ミミズに向けて飛ばす、猿でありながら。


「………… 違う」


 キリギリスは、アリ達の発言に驚いた。真顔に落ち着き、こう告げた。


「君達は、アリじゃない」


 やがて、冬が来た。キリギリスは、地に伏し、魂の抜けた目を土に汚している。彼の目のはるか真下には、卵嚢があった。彼の遺伝子が、彼女のそれと螺旋に絡み合って出来た、カプセル。さらに、その真下には、アリの巣。あいかわらず、せわしなく働いている。さて、彼らはいつまで、働くのだろう。まさか、死ぬまで働くのだろうか。まじめに働いた先になにがあるのだろうか。彼らが死んだあとに、何が残るのだろう。



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新・蟻とキリギリス 高黄森哉 @kamikawa2001

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