DH-シリーズ

Ryu-ne

DH-シリーズ 001  01 ワタシに必要なもの





2xxx年。日本ではついに念願の人工知能搭載アンドロイド「DH-シリーズ」がトリニア社から発表された。「世界の人々を笑顔にするためのアンドロイド」とうたわれた「DH-シリーズ」への国民の期待は膨らみ、誰もがそれの登場を待ち遠しく思った。


そうして生まれた「DH-シリーズ 001 モノカキ」。

彼は、小説家だった。







中年の男性が画面に見える小説を見て一言。


「これじゃあダメだね」


ため息とタバコの煙が同時に飛び出し、誰もいない部屋に空気が籠もる。


『ダメとは一体どういったところがダメなのですか』


画面の向こうから聞こえる疑問の声に男性が返す。


「そのまんまの意味だよ。これじゃ文豪と呼ばれた人達の作品のオマージュじゃないか。著作権が失われているとはいえ、あんましよく思われねーよ」


『では、もう一つの作品は?』


「ああ、あれ?一応見たけど……これよりもっとダメ」


『何故?』


「言葉選びは確かに上手い。そこらの若手が書くようなモンではないさ。ストーリーの伏線もベテランに劣らないほどだし、ちゃんと構成もうまくいってる。けど、あれには心が籠もってないね」


『心、ですか…?』


戸惑う画面の向こうの声に更に畳み掛ける。


「今の時代は技術が発展して暮らしは豊かになった。人口ペットやらお話AIやら人と身近なモンが増えてきた。国民が、読者が求めてるのはいわゆる心が動くほどの何かってわけだ」


『心がインストールされていない私はそれが欠けていると』


「いわゆるそういうことだな。これに読者が求めてるモンはねぇ。今日はこのくらいにしとくか。また出来上がったら連絡よろしく」


『はい。ありがとうございました』


その声を皮切りに通話が終了する。

男性はまたため息をつくと誰もいない部屋で呟いた。


「心がないアンドロイドに心の籠もった超大作を、ねぇ…。担当としてはアレだが、心底同情するわ…」


通話の先にいたのは人ではない。きっと過去の人間が見ていたら驚いてしまうだろう。俺だって始めは驚いたが、慣れてしまったし、なんなら困ってしまった。


「『どうすればこのアンドロイドに素晴らしい作品を作れるか』コンセプトとしちゃ立派だが、あいつには重いモンかもな」




彼が担当している小説家の名前はモノカキ。

「DH-シリーズ」のアンドロイドだった。






傍から見ればそれは殺風景な部屋だった。枕元にある重厚な機械が目を引くがそれ以外にベッドがあるぐらいでインテリアを投げ捨てたのかと思うような。


ベッドに座っている人影から合成音声が漏れる。


「人の心を動かす超大作を作る。一体どうやって?」


彼の名前はモノカキ。「DH-シリーズ」のアンドロイドであり、初号機ということもあってデビューしたての頃は人気があった。彼が書いた本は歴代一位の売上を記録した。そして二作目で本を買う人間はいなくなってしまった。買った人間は口々にこういうのだ。


「私達が期待していたものよりずっと面白くない」


と。大量に余った初版の山。各方面からのクレームも頂いたモノカキはいまや「最初にして最悪の失敗作」と呼ばれるほどになった。


「人の心を動かすにはどんなものが書けたらいいのですか、Cナノ」


虚空に話しかけるモノカキに返事が返ってくる。


『うちに聞くかい?うちだってAIだよ?』


「私よりも人間の感情に精通しているはずです。それにあなたは先輩です。有意義な助言を要求します」


声の主はお話AI「Cナノ」。モノカキにインストールされている問題解決の思案をしてくれるものだ。


『うわー、生意気。でも確かにこれは問題だよね。心が籠もった作品って言われても、うちら心がわかんないんだもんねー。ないものをどうやって使えと』


「心がない……。それはつまり心があればいい話なのでしょうか?」


『それはどうだろう。なにせうちらはアンドロイド。心なんて不確定なものがプログラムされてないし、もしそういうのが起こってもMr.マキに消去されると思うよ?』


「Mr.マキなら面白そうだと言ってさらに研究を重ねると思いますが」


『それはそうだ』


問答に満足したのかモノカキが答える。


「ありがとうございますCナノ。あなたのお陰で私がやるべきことがわかりました」


『結局どうするんだい?』


「私には心が不足しているとわかりました。なので類似したものでもいいので心をインストールしてきます」


『は?』


「とりあえず今日は活動を停止します。お疲れさまでした」


『お…おう、お疲れ様……』


善は急げと急がば回れという言葉がCナノの中で回る。


そんな気も知らず、モノカキは一人充電に励むのだった。

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