第2話 彼とねこ。②

「俺の名前は、慎」



「慎さん、この子の名前はどうしますか?」



「ん~名前は難しいな。凛は?」



「私ですか?」



いきなり呼び捨てされてびっくりしたw

一定の距離感を保つわりには

距離をいきなり縮められたリして

慎さんの距離感は分からない。



「なかなか難しいですね。ただ、一つだけいいなっていう名前があります」



「待って!俺も今いいなって名前があるんだけど…同時に言わない?」



「同時にですか?」



「きっと…同じ名前を言ってくれるって自信があるから」



「分かりました」



「じゃあ、せーの」



「「さくら」」



「どうして分かったんですか?」



「何となくw」



「慎さんは、どうして、さくらがいいんですか?」



「桜の花びらに、思い出があるから」



「そうなんですね。その思い出って――」



話を続けようとした瞬間、私の携帯が鳴り響いた。

着信相手は、母だった。

慎さんもジャスチャーで電話に出てと合図してくれた。



「もしもし、ごめんなさい。まだ今外で。え?そうなの?お父さんは?そうなんだ、うん、分かった、じゃあ」



「大丈夫?家まで送るよ」



「違うんです、今日晩御飯を作ろうと思って買い物もしてたんですけど、父は遅くなるみたいで、母は習い事仲間とご飯を食べて帰るって」



「材料?」



「あ!ずっと出しっぱなしにしてた!私、帰ります、あ……」







おなかの音が鳴り響いたと思った瞬間

慎さんのお腹の音も重なってなった。

時刻は8時、お腹も減る時間だ。



「ごめん、僕の家お菓子とも何もなくて」



「それは全然いいんです!あの、よかったらオムライス食べませんか?材料もあるので。お米ってありますか?」



「電子レンジのタイプのが」



「じゃあ、台所借りてもいいですか?」



「じゃあ、僕、ご飯を温めますね」



調理器具もやかんとまな板、包丁、フライパンと最低限だけがあり

あまり生活感がある感じではなかった。

だけど、慎さんは料理の手際はよくて

次々と料理の手伝いというより

一緒に作ってくれて、1人で作るより楽しくて

あっという間にオムライスができあがった。



「ごめんね、お皿とかスプーン1つしかなくて」



「大丈夫です!私、慎さんが食べた後にいただきますから」



先に食べてのやりとりを何度かしたあと

慎さんから先に食べてもらうことになった。



「ん!おいしい!卵がふわふわしてる!」



「口にあって安心しました」



「ん?これウィンナー?」



「うち、鶏肉じゃなくてウィンナーなんです。子供の時からウィンナーで。変わってますよね」



「おいしい!ウィンナーもいいね」



室内で真っ黒のサングラスにマスクで

マスクをずらしながら

一生懸命食べている慎さんが

変な見た目なはずなのに可愛かった。



「私洗い物しますから、マスク外して食べてください」



洗い物といっても

慎さんがテキパキと片づけてくれたため

フライパンぐらいしかないけど。

でも、そのほうが慎さんも食べやすいだろう。



「待って、凛」



立とうとした瞬間腕を引っ張られ

自然と慎さんのほうに顔を近づけた。



「はい、あ~ん」



スプーンの端が唇にかすかにあたっていて

ここまで差し出されたら断れない。



パクッと食べると

かすかにサングラスの奥に見える瞳が見えた。

すごく優しい瞳をしている。

サングラスをしてくれていてよかった。

でなきゃ、吸い込まれて、もっと近づいてしまいそう。



「おいしいよね?」



「自分で作ってあれですけど、おいしいです」



「凛もっと食べて。はい、あ~ん」



「でも」



「僕のこと気にしてくれたんだよね。でも大丈夫。それにせっかくだから隣にいて」



「分かりました。じゃあ、いただきます」



「ケチャップついてる」



「慎さんはマスクにいっぱいついてます」



「え?嘘」



「嘘ですw慎さんだって、ケチャップどうせ嘘でしょう」



「ケチャップはね」






「慎さん…?」



マスクをしているとはいえ

顔を近づけられるとキスされそうで

ドキドキが止まらない。



マスクに人差指をかけて

外す動作を見た瞬間目を閉じてしまった。



「米粒ついてた」



慎さんの微かな鼻息と

鼻の先端や唇が頬に触れて

緊張から体にギュッと力が入った。



慎さんが自分から離れる感じが伝わってきて

ゆっくりと目を開けると

ニヤッと笑いながら歯の隙間に米粒を器用に挟んでいた。



「慎さん、マスク」



そういうと慌ててマスクをして

もぐもぐしだす慎さん。

顔に傷があるって言ってたけど

傷なんてあったかな?

いや、もしかしたら、

私が思っているより

小さい傷かもしれないし。



「にゃあ……」



妙な空気が流れているのをやぶってくれたのは

さくらだった。



「お腹空いたね、食べようか」



「慎さん、あの」



「な、なに?」



「私、お皿洗ったら帰ります」



「もう遅いし送るよ」



「大丈夫です。父の病院がそばにあるので、父と一緒に帰ります」



「父の病院?」



「立花病院です。そこで院長をしてます」



「そうなんだ。すごいね、なんだか」




「父はすごいです。難しいと言われてる手術もできて。母は看護師してて体力がパワフルで仕事のあとに習い事いくつもしてて…兄も医師で。でも、私は、何もできないんです」



「うん…」



「私は医者にも看護師にもなれないぐらい、鈍くさくて。でも、家族みんなそれでいいって言ってくれて。ただ、それさえも息苦しくて。家族は何も言わなくても周りの人には、やっぱり言われちゃうし、ダメな子だって。私は拾われた子だって。自分でもそう思っちゃいます。だけど、今日――」



慎君に出会えて本当によかった。

今の自分を、少しだけ好きになれた。



「知らない、別の世界があるから…辛いことがあっても、私が生きやすい世界がきっとあるって、慎さんに教えてもらったから」



「凛、だったら、僕と友達になろう」



「私とですか?」



「うん、僕が凛を新しい世界を見せてあげるから、凛の世界も僕に教えてよ。そしたら、たくさん見れるよ」



「よろしくお願いします」





























やっと、凛と仲良くなれた。









僕はなんて卑怯なんだろう。

凛に近づきたくて、凛を助けるフリして

凛の連絡先をこうやってゲットするなんて。



いい人のフリをしてるだけ。






汚れてない、そして、まっすぐな芯の強さがある凛の世界を

自分だけのものにしたいだけ。

でも、自分の真っ黒な世界には踏み入れさせたくない。

かといって、他の人の世界と混じらわせたくない。

僕だけのものにしたいんだ。






凛の滑らかでふんわりとした頬に

微かだけど触れた時はヤバかった。

このまま押し倒してしまうかと思った。







君に桜の花びらをもらったあの日から

ずっと、僕は、君に恋してる。

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沼堕ちプリンス~俺を選んでよ~ かのん @usagilove

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