第33話
観覧車の中。静かだけれど落ち着かない空間。鼻をずるずるとすすり、涙を指で拭いながらも、ずっと視線を沈み行く夕日に逃し続ける。
「ヤヤ子」
千尋に名前を呼ばれたけれど、視線を外さずに答える。
「何?」
「あのさ、勘違いじゃなかったらなんだけど、ヤヤ子が恋愛しようとしているのって俺のため?」
「……どうしてそう思うの?」
「鈴木くんに、私には勿体ないくらいのいい男って言ってたから」
「……恥ずかしいんだけど?」
「俺も恥ずかしいんだから我慢してよ」
千尋らしい言葉にくすっと笑う。あれだけ意地張っていたのに馬鹿らしくなってきて、私は素直に話すことにした。
「そうだよ。私が恋愛してるところを見せたら、千尋は心置きなく恋愛できるだろうなって」
「その目論見は外れて、今こうなっているわけですが、感想は?」
「ここんところ私がやってたこと、ずっと何だったんだろうなって」
「本当にな」
「辛辣か?」
「そりゃ辛辣にもなるよ。ずっと無視されてて、それが結局意味のないことだったんだから」
「千尋が無視するようになったら意味があったんだけど?」
「できない話」
くすっと笑って、また無言になる。頂上にはまだ早いくらいのとき、私は口を開いた。
「でも、どうするの? 友達もダメ、恋人もダメ、セフレもダメ、それで他人すらダメ。私たちの関係、これからどうするの?」
「それは俺に考えがある」
「何?」
「恋人になろう」
つい千尋の顔を見る。目は真剣で、胸が痛いくらいに跳ねた。
だけど、私は、また夕日に目を戻す。
「そういうのって頂上で言うべきなんじゃないの。まだ七分だけど?」
「冗談じゃないよ」
「逃してくれない、か。でも、それはできない。言ったじゃん、あれだけされても私は……わ、私は、恋愛的に、ち、千尋のことが好きになれなかったって」
こみ上げてきて、嗚咽まじりの声を吐いた。
「あのさ、ヤヤ子」
「……何?」
「俺もヤヤ子のことを恋愛的に好きじゃないと思う」
「じゃあ何で?」
「動物園のことさ、覚えてる?」
「それが何?」
「涼葉が解説してくれたじゃん。動物の恋愛について」
「ライオンが、十数分に一回のペースで交尾をしいられ、メスの発情期のあいだオスは昼夜関係なく営むってこと?」
「エロいとこだけ覚えてんな」
千尋は笑って続ける。
「ゾウが長距離を歩いて少しだけ会う恋愛があったり、猿が子育て目当てで恋愛してたり、それと一緒でさ、恋愛っていうのは多種多様だと思うんだよ」
「つまり?」
「だから俺たちの名前のない関係も、恋愛というくくりに入ると思う」
千尋の言っていることはわかる。でも。
「私に恋してるって感覚はないよ。それは恋愛とは呼べないんじゃないの?」
「俺もそう。だけどそれは、俺たちが恋に恋しすぎてるんだと思う」
恋に恋しすぎてる、か。不思議とその言葉は、私の中でしっくりときた。
「きっとさ、現実にドラマやアニメみたいな恋っていうのはないんだよ。俺たちが理想か幻想を抱いてるだけなんだ」
「そんなさ、寂しいものなのかな、って、これがもう幻想を抱いてるってことだよね」
「俺はそう思うよ」
まあさ。と千尋は続ける。
「結局は、俺はこう思うってだけの話。ヤヤ子が違うって言うなら、それでいい。ただ俺はヤヤ子と恋人として側にいたい、それだけ。あとはヤヤ子の答え待ち」
そう言われて考える。
私が思っていた恋が幻想で、私たちの関係が恋愛というくくりに入るのならば、答えはすごく簡単だ。
「私は千尋の彼女になりたいです」
「そっか、じゃあよろしく」
「うん、よろしく」
また無言の時間になる。観覧車はまだ下がり始めたばかり。
「ねえ、千尋。あっさりすぎない、流石に?」
「いやまあ、それが恋愛だと俺は思うよ」
「まあそういう話だったけど、こうええ?」
「じゃあなんか、らしいことしとく?」
「一応、しとこ。抱き寄せてキスがいい」
千尋のたくましい腕に包まれ、唇を重ね合う。久しぶりの甘い感覚に耐えきれなくなり、私は舌を伸ばす。すると迎えられ、絡めあい、頭の中が白くなるくらいの快感を得た。
息が苦しくなり離れると、息絶え絶えに私は言った。
「絶対、ここはディープじゃなかった!」
「いやしてきたのは、ヤヤ子の方じゃん」
「誰が淑女か!」
「ヤヤ子の世界の痴女は相当だな」
なんて言って笑う。
全く恋人らしくないやりとり。でも、これは間違いなく恋人のやりとりなんだろう。
***
「と、言うわけで付き合うことになりました」
千尋の部屋。ベッドに座った涼葉に、私は離れようとしていたことから何から何まで今までのことを語り終えた。
「そ」
静かな反応。
「だから言ったじゃん。涼葉の俺にとってのヤヤ子になろうとしていただけで、とくにそんな関係はないって」
隣に座る千尋がそう言ってきた。
今日は誠意として、涼葉にことの経緯を話にきたのだが、千尋の言う通りに喜憂だったのかもしれない。
「ま、そういうわけで、付き合っても俺は涼葉の大切な人になるつもりだから、これからもよろしく」
「無理」
「え」
涼葉が淡々とした口調で言う。
「何? 恋に恋しすぎてる? だから現実の恋愛なんてこんなもんだから付き合う?」
「えっと……厳密に言えば違うけど、そういうことにもなるのかなあ? ね、千尋?」
「まあそういう側面もある、のか?」
「なら無理。認めない」
涼葉ははっきりと言う。
「橋下たちがしてるのは恋じゃない」
「ど、どうしてそう言い切れるの?」
「だって私がしてるのが恋だから」
ふっ、と涼葉は立ち上がり、千尋の隣に座ると、しだれかかった。
そして……千尋にキスをした。
「ちょ、ちょちょちょっと涼葉さん!? 人の彼氏に何してるの!?」
「好きじゃないんだからいいじゃん」
「い、いや、嫌だよ! 私に寝取り耐性はないんだから! ってか、千尋! ぽっ、となってんな!」
「な、なってないことはないって!」
「じゃあなってんじゃん!」
がやがやと騒ぐ私たちを涼葉はくすりと笑う。
「ドラマやアニメみたいな恋はあるよ。だから、別れて」
「無理! 無理だからね、涼葉!」
「ん、でも矢野も橋下もそういう恋愛がないと思ったから、付き合うことにしたんでしょ?」
「うっ、そ、それはそうだけど!」
「じゃあ橋下が私にその感情を抱いて、ある、と知ったら、別れてくれるよね?」
「うっ……」
もし本当にそういう恋があって、千尋がそういう恋をしたのならば、私は身を引かざるをえない、のか?
「まあ今日のところは考える時間をあげる。じゃあ帰る」
颯爽と涼葉が去っていき、千尋と2人のこされる。
色んなことがぐるぐると脳内で渦巻き、モヤモヤした気分に苛まれる。
う、うう。まだまだ私たちのが一緒にいるのには問題が山積みかぁ?
ずっと考えていたが、ついには限界がきて、立ち上がる。
「もう無理! おい千尋、服を脱げ! セックスじゃあ!」
モヤッとした気分を晴らすため、私はそう言った。
————————————————————————————————————
というわけで完結です。お付き合いくださりありがとうございました。
別作や、新作も更新しますので、ツイッターとか作者フォローしてくださると嬉しいです。
枕友達と言うには熱すぎて、親友と言うには甘すぎて、恋人と言うには軽すぎる関係の女の子。俺のことを好きなクール系美少女が現れてから、その子の様子がおかしいんだけど。 ひつじ @kitatu
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