第18話1.18 また二人っきりへ

「今度は仲間を連れてくる。それまでに『インビジブルドラゴンフォール』、略して『透竜滑台インドラ』に新しいコースを作っておくのじゃ!」


 夕方まで透明ウォータースライダーで遊び続けたシラユキは、そう言って空へと飛び立っていった。


「インビジブルドラゴンフォール……ひょっとして透明ウォータースライダーに名前を付けたのか?」

「よほど楽しかったのでしょうか」

「ああ、そうだろうな。自ら名前に『ドラゴン』って付けるほどなんだから」


 苦笑するマモルを見てルミナも優しく微笑む。


「それにしても、ルミナお疲れさん。やっと帰ってくれたね……」

「はい、マモル様、お疲れさまでした……」


 安堵のため息を吐くマモルへルミナもねぎらいの言葉を返してくれる。マモルは次の言葉を口にしようとして出来なかった。

 水着を着たままのルミナを見て昼間のことを思い出してしまったから。


――うぅ、胸、大きくてすっごい綺麗だったなぁ


 横を向いて頭を掻くマモルは、目で見たことに加えて唇を合わせた時に触った素肌の感触までも思い出されてしまい――思わず後ろを向いた。

 トランクス型水着が不自然に膨らんでいることに気が付いて。


「ははは、最後に滑ろうかな?」


 笑いでごまかしながらマモルはウォータースライダーへ向かう。そこに、ルミナのおずおずとした声が聞こえた。


「あの、マモル様。一緒に滑っていただけませんか?」

「え⁉」


 驚きの表情でマモルはルミナを見返す。ルミナは恥ずかしいのか俯きがちに顔を逸らした。


「えっと、ルミナ怖かったんじゃないの? あの後、全く滑って無いでしょ?」

「一人では怖いです……でも、マモル様の作られた遊具、遊べるようになりたいですし、マモル様と一緒なら……駄目でしょうか?」

「駄目ってことはないけど」


――触れる場所が多くて理性が持たなくなりそうなんだけど


 困り顔のマモルへルミナは逸らしていた顔を向ける。そして。


「でしたら、お願いします」


 大きく頭を下げた。


「……分かったよ。一緒に練習しようか」

「はい!」


 マモルにはルミナのお願いを断ることが出来なかった。

 

――もう一度、あのすべすべの肌に触れたい


 という邪な欲求も合わさったことにより。

 ともかく、二人で滑ることになったウォータースライダーを前にして、マモルは悩んでいた。


――細い腰に手を回せる前と胸の感触を存分に味わえる後ろどっちがいいのだろう?


 割とどうでもいいことで。

 動きを止めたマモルをルミナが不安そうに見つめる。そんな中、マモルはルミナに声をかけた。


「それじゃ、ルミナは俺の前に座って」


 選んだのは、腰に手を回したいという願望から――ではなくて、マモルが後ろにいた方が安全だと考えた結果だった。


「はい」


 頷いたルミナがマモルの前に座る。その存在感は露天風呂で膝の上に座って来たシラユキの比ではなかった。


――うっわ、髪の毛の甘い香りが……いかん!


 気持ちが邪な方へ向かいそうになるのを、頭を横に振ることで立て直したマモルはルミナの腰へ手を回す。ルミナはその手をギュっと掴んだ。


「大丈夫。ちゃんと、スピードは抑えるから」

「……お願いします」


 少し震える声を返してくるルミナをマモルはぎゅっと抱きしめてからスライダーを滑り始めた。


「んんんんんーーー、きゃ!」


 滑り始め、必死に悲鳴をこらえていたルミナだったが、着水の瞬間だけは少し声が漏れていた。


「ルミナ、大丈夫?」

「はい。二人だとあまり怖くありませんでした」


 昼間とは違い、ぎこちないながらもルミナは笑顔を浮かべる。


「そう、ならもうちょっとやってみる?」

「お願いします」


 ルミナは嬉しそうに頷く。

 二人遊びは辺りが暗くなるまで続いた。


―――


 夕食後、マモルは上機嫌で温泉に入っていた。


「ふぅ~、いい湯だ。ウォータースライダーも楽しいけど、俺としては、のんびり入る温泉の方が好きだな」


 夕食時に少しだけ酒を飲んだマモルは子供の遊びに付き合って疲れた父親のような言葉を吐きつつ、この二日間のことを思い返していた。


――白竜に睨まれた時は、どうなるかと思ったけど、喜んで帰ってくれて嬉しいよ


 エーテルの問題も解決しそうだしな、とマモルは笑みを浮かべる。

 実際、シラユキの狩って来てくれた魔物プラス、シラユキ自身が滞在してくれたおかげでエーテル残量は3%未満へと増えていた。ウォータースライダー建設のために作業用ロボット達を動作させた上、『透竜滑台インドラ』のために積層フィールドを起動させたにも関わらずである。たった一日、たった一人へ向けてのウォータースライダー営業でエーテル収支は完全に黒字だった。


――今度は、仲間連れてくるって言っていたし。コース考えないとな


 シラユキだけでも黒字なのに他の竜族まで来てくれた日には、エーテル問題は即解決! とマモルは笑いがこみあげてくる。

 そんな時、内風呂から露天風呂へ来るためのドアが開いたような音がした。


「誰かいるの?」


 マモルは、風かな? と思いながらも問うてみる。すると。


「ルミナです。失礼します」


 男湯で聞いてはいけない声が返った。


「る、る、ルミナ⁉ なんで?」


 動揺を隠せないマモルは壊れた玩具のような動きで首を回すと、その目には一枚のタオル前を隠したルミナが映った。


「はい。私もシラユキ様のようにご一緒しようかと」


 言いながら湯船へと足を入れルミナはマモルの方へと歩いてくる。


「いや、ルミナさん、一緒に入るのはちょっと――」


 思わず、さん付けで読んでしまったマモルは半分立ち上がったところで気が付いた。


――なんだ、タオルの下に水着来ているのか……


 結局のところ、ウォータースライダーの時と同じ格好だった。タオルで隠すから変に見えるだけで。

 なんとなく気落ちしたマモルは再びくつろぎ態勢へと戻る。すると横に座ったルミナはマモルの腕を抱きしめながら寂しげな顔をした。


「どうしてシラユキ様は良くて、私がご一緒するのは駄目なのでしょうか?」

「いや、シラユキ様は子供じゃないか」

「マモル様、シラユキ様は1000年近く生きる十二分な大人です」


 言われてみれば、その通りだった。


――体形は完全に子どもなんだよな、こんなに柔らかくなかったし……って俺何考えているんだ?


 酔いによるものなのか、それとも腕に感じる柔らかい感触に気を奪われてなのか、マモルは思考停止に陥ってしまう。そんな間にもルミナはさらに体を密着させて頭をマモルの肩に乗せてくる。

 マモルが必死で水面を見たり景色を見たりしてルミナから意識を逸らしているところで声が聞こえてきた。


「……マモル様。ありがとうございます。エーテル補給の目途が立ちました」

「そうだね。他の竜族も連れて来てくれるって言っていたし、楽しみだね」

「はい……」


 ルミナは抱きしめる力を少し強くして、口をつぐんでしまう。

 マモルは、嬉しくないのかな? と疑問を抱いた。


「えーっと、何か問題があるのかな?」

「……」

「気になることがあるなら言ってよ。エーテル残量が増えてもルミナが悲しんでいたら意味ないんだから。ルミナを喜ばせるためにやっていることなんだから……」


 マモルの素直な気持ちだった。

 言ってごらん? とマモルは空いている手でルミナの手を握る。するとルミナは力強く答えた。


「私の喜び、ですか……でしたら私、もっとエーテル補給に協力したいです。シラユキ様よりも!」

「え?」


 マモルの顔が引きつらせる中、ルミナは続ける。


「私、知っています。アンドロイド族がもっと大きなエーテル結晶を作る方法を!」

「そ、それって――」

「お部屋で、お待ちしています!」


 確認しようとするマモルの言葉を聞きたくないのか、ルミナは言うだけ言ってマモルの口を塞ぐように唇を押し付ける。しばらくマモルの口内を弄った後、逃げるように露天風呂から消えていった。



 ルミナが去るのを呆然と見送ったマモルは酒のせいか、のぼせたのか、はたまたキスの余韻か、鈍くなった頭で考えていた。


「どこで、大きなエーテル結晶の作り方知ったんだ……」


――前に聞いた時には、キス以外知らないって言っていたのに。システム内の日本語書類か? いや……


「シラユキか! 島のエーテル不足を知っていた、あいつならアンドロイド族の情報を知っていてもおかしくない、くそ、余計なことを……」


 ここには居ないシラユキへ向けてマモルは怨嗟の念を送る。だが、そんなことをしていても何の解決にもならなかった。


「あー、もう、行くしかないのか?」


 エーテル問題が解決するまでは、キス以上のことはしない!

 ルミナを大事に思うがゆえの、また、マモルが理性を保つための壁だった。だが、その壁は、ついさっき崩れていた。

 シラユキとウォータースライダーがエーテル問題解決へと繋がっていた。


「それに行かなかったら、明日どんな顔で会えばいいんだよ!」


 たった二人しかいないスカイハイランドで顔を合わさずに避けて過ごすなんて不可能だった。


「部屋まで行って断るなんてことも不可能だし……」


 すでにやる気満々である下半身を見てマモルは項垂れる。

 どう考えても回避不可能であった。


「くそ、条件達成してしまったし! なによりルミナが望んだことだ‼」


 半ば強引に気持ちに整理をつけたマモルは念入りに下半身を洗う。そして浴衣を羽織ってルミナの泊まっている部屋へ向けて足を進めた。


―――


「ルミナ、入るよ」


 マモルが扉の外から声をかける。すると中から


「どうぞ」


 と、か細い声が聞こえる。マモルは、そっと扉を開けて部屋へと入った。

 部屋はマモルが泊まっているのと同じ8畳間の畳部屋だった。

 違うことと言えば、小さな行灯だけで薄暗いことと、部屋の真ん中に布団が二つ並んで敷かれていることだった。

 

――絶対に断るなんて無理だ


 もしかしたら思い違いかもしれないと、微かに抱いていた思いも完全に砕かれたマモルは枕もとで正座するルミナへ目を向けて息を飲んだ。

 真っ白の浴衣を着たルミナが普段はお団子にしている髪を下ろしている姿から得も言われぬ色気を感じたために。


「髪、そんなに長かったんだね」

「ずっと切っていませんから……変ですか?」


 長く艶のある黒髪を触りながら不安気に首を傾げるルミナを見て、マモルは思いっきり首を横に振る。


「よかったです」


 ルミナはうっすらと笑みを浮かべた後、すっと両手を付いて頭を下げた。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 結婚初夜のあいさつだな、とちょっと戸惑ったマモルだが。


――初夜と言えば初夜か……


 思い直したマモルは自らもルミナの前に座って問いかけた。


「本当に俺みたいなのでいいの?」

「はい。心よりお慕いいたしております」


 赤らめた顔を上げて発せられたルミナの言葉。マモルは、その言葉にも感銘を受けたが、それよりも心奪われる物があった。


 それは浴衣の胸元から見える深い深い谷間だった。


――隠されると余計に気になる……ダメだ。もう、我慢できない


「俺もルミナが好きだ!」


 理性が限界を超えたマモルは叫びながらルミナの手を引いて体を引き寄せる。そして、唇を塞いで布団の上へと倒れ込んだ。





 翌朝、仲良く並んで眠る二人の枕元には、スカイリザードの核よりも大きなエーテル結晶が3つ並んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目指せ来場者1000万人――天空島に作ろう異世界総合リゾート―― 茄子大根 @hamagongon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ