第85話 創立記念祭④

 親友から「僕と結婚してください!」と言われた。虫唾が走った。

 だから白髪の彼女(レヴィン)は拳を握り締めると、全力で栗毛の幼馴染(バカ)の顔面をぶっ飛ばす。

 栗毛の青年がごろごろと石畳を転がって校舎に激突する。


「リンダ! 行くぞ!」


 レヴィンは急ぎその場を後にする。しかし、すぐさまダンテが起き上がり追いかけてくる。


「待ってください! お嬢さん! 突然、結婚してくれなんて言われてさぞ驚かれたことでしょう!」


 レヴィンは無視するがダンテはお構いなしに続けてくる。


「ですが、冗談ではないのです! 決して貴女をからかっているわけではないのです! どうか僕の話を少しだけ聞いてもらえませんか!」


 付き合いが長いから分かる。確かにコイツは真剣だ。だから、もう一発ぶん殴っておいた。

 レヴィンはメガネ女史を腕を掴んで走り出す。ところが、ゾンビのごとく幼馴染は起き上がり追走してくる。


「お嬢さん! 貴女は運命を信じますか! ちなみに僕は信じません!」


 なにを言われようが無視するつもりだった。会話を交わせば身バレのリスクが高まるからだ。

「……は?」

 だが、さすがに意味不明すぎてレヴィンは反応してしまう。


「そう! 貴女に出会うまでは! 申し遅れました! 僕はダンテ・ダンテリオン! アカデミーナンバーワンアタッカーです!」


(さらっとアカデミーナンバーワンとか言いやがって……)

 呆れて白髪の彼女から盛大なため息が漏れたのは言うまでもない。


「初めてなんです! 貴女を一目見て、まるで昔からの知り合いであるかのような錯覚に襲われたんです! これを運命と言わずしてなんと言いましょう!」


 ダンテがそう目を輝かせる。


(そりゃそうだろうよ……中身は俺だからな! 錯覚じゃなくて実際に昔からの知り合いだからな!)


「僕は瞬間、悟ったんです! 貴女こそが僕が探し求めていた運命の相手だったんだと!」


 栗毛の幼馴染は念願の『運命の相手』と出会えて嬉しくてしょうがないという感じである。


(ダメだコイツ……本能的に中身が俺だと気づいているのを、運命だと勘違いしてるらしい)


 以前、レヴィンがダンテに苦言を呈したことがある。


『おい、ダンテ。いろいろな女性と付き合っては別れてを繰り返してないで、そろそろ一人の相手に絞ったらどうだ?』


 善意というよりは『幼馴染の女性トラブルにこれ以上巻き込まれるのはごめんだ』という切実な気持ちだ。


『僕だってそうしたいさ。でも運命の相手になかなか巡り会えないんだよ』

『運命の相手? なんだそりゃ?』


『女の子はみんな可愛いと思う。どの女の子とだって真剣に付き合っているし、心から好きだ。そこに嘘はない。だけど、運命の相手というのはもっと特別なものなんじゃないかって僕は思うのさ』


『なんだその抽象的な表現は……さっぱり分からんぞ!』


『僕だってはっきりと理解しているわけじゃない。でも分かるのさ。好きとか可愛いだけじゃない……たとえば『なんだかんだ、この人とは死ぬまで一緒にいるんだろうな』って感覚あるじゃん? まさに僕がレヴィンに感じているさ!』


 ダンテがただの女好きなのは紛うことなき事実だ。だが、そんなバカなりに真剣に運命の相手を探しているのもまた事実だ。

 本人にために、完膚なきまで否定しておくべきだろう。中身が男のレヴィンではダンテの運命の相手にはどう頑張ってもなれないのだから。


「目障りだ。今すぐ目の前から消えろ」


 レヴィンは胸の前でむんずと腕を組んで、出来る限り辛辣に言い放つ。ささやかな希望さえ抱かせないよう傷つけるくらいの覚悟で吐き捨てる。

 

「ああ! 素晴らしい! その容赦ない物言い! 心底呆れているような眼差し! すべてが僕の理想だ!」


 ダメだ。喜んでしまった。

 ちなみにさっきから隣で、メガネ女史が腹を抱えてずっと笑っているのでバチンと背中を叩いておく。彼女もまたなぜか叩かれて嬉しそうである。

 ダメだ。変態しかいない。


「運命の相手とか勝手に決めるな! 迷惑だ!」

「それはその貴女の言う通りだが……」

「一方的な感情を押し付けるのが貴様のやり方か? それでこちらの心が動くとでも? 出直してこい」


 まあ、二度と会うことはないだろうが。

 去ろうとするレヴィン前にダンテが素早く回り込み膝を落とす。


「待ってください! 僕にチャンスをください! 僕が貴女に相応しい男だと証明するチャンスをください!」


「断る」


「な、なぜですか? もしかしてすでに心に決めたお相手がいるのですか?」

「……はぁ?」

「いや、当然か。貴女のような美しくて魅力的な女性にお相手がいないはずがないですよね……」


 ダンテが小さく肩を落とす。

 もちろん、相手などいるわけがない。むしろいてたまるか。

 だが、レヴィンは不意に口をつぐむ。ダンテの反応を見るに『いる』と答えたほうが丸く収まりそうなのだ。


「……その通りだ。いる」

「そうですか……とても残念です……」


 良かった。諦めてくれそうだ。ところが、ダンテ・ダンテリオンはこれが引き下がる殊勝な男ではなかった。



「では! お相手よりも僕が貴女に相応しい男だと証明すればいいわけですね! うん! 実にシンプルな話だ!」



 まったくめげてなかった。むしろ燃えている。


「ちなみにお相手はどなたですか? 創立記念祭に来られているということはアカデミーの関係者ですよね?」


 栗毛の青年がぐいぐいと迫って来る。思わず気圧されレヴィンは後ずさる。

 なるほど。世の女性たちはダンテのこの勢いと自信に押し切られてしまうのだろうと、知りたくもない事実を知るレヴィンである。

 見かねたのかリンダが助け舟を出してくれる。


「ダンテ・ダンテリオンくん! そこまでだ! 私のの『ヴィーシャ』が怯えてしまっている!」


 メガネ女史がレヴィンを背中に隠してくれる。


「ああ、リンダ先生の姪っ子さんでしたか……これは失礼しました……つい興奮してしまってお恥ずかしい」


「悪いがヴィーシャのことは諦めてくれたまえ。彼女には許嫁がいるからね」

「許嫁ですか……」


 レヴィンはに任せて状況を静観する。


「リンダ先生は許嫁の相手をご存じなんですよね?」

「当然だ」

「それは僕も知っている相手でしょうか?」

「ああ。もちろん。むしろこのアカデミーにを知らない人間などいないよ」


 レヴィンにとってまったく心当たりのないことをつらつらと喋っているが、リンダはこの話題をどう着地させる気だろうか。


 

「なんせヴィーシャの許嫁はジル・ジェイルハートだからね!」



 瞬間、レヴィンが「は?」と固まったのは言うまでもない。

 ダンテは「ジルですか。そうですか」とその名を噛みしめている。



「……分かりました。相手にとって不足はありません。アカデミー最強決定戦で僕が彼に勝利して貴女に相応しい男だと証明してみせましょう」



 そう栗毛の幼馴染は剣呑に双眸を細める。

 それは初めて見る幼馴染の顔だ。ダンテは基本マイペースで他人に執着する人間ではない。ここまであからさまにジルに対してライバル心をむき出しするとは驚くべきことである。


「ヴィーシャ。今日は貴女に出会えてよかった。また会いましょう」


 ダンテは慇懃無礼にお辞儀して去ってゆく。


「ふむ! すべて丸く収まったな!」


 そう満足そうに頷くメガネ女史の首をレヴィンは細く白い指先で絞める。


「おい! 変態錬金術師! なにが丸く収まっただ! 火に油を注ぎやがって!」

「いや、だが、ああでも言わねば彼は諦めそうにもなかったではないか!」

「その結果! ジルまで巻き込むことになっただろうが!」

「ジルなら君のためなら喜んで巻き込まれてくれるだろう!」

「は? なぜそう言い切れる?」

「それは本人に直接聞いて確かめてみればいいさ」


 リンダがそう不敵な笑みを浮かべる。メガネ女史の視線の先には泣きぼくろが特徴的な黒髪美少女が立っていた。 


 



 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パーティーメンバーがイケメンすぎて辛いので脱退しようと思ったら実は俺以外全員女の子だった話する? 忍成剣士 @Shangri-La

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ