第8話(終) 美容

 放課後の夕暮れを、一徹は下駄を鳴らしながら帰っていた。

 大きな体格とは裏腹に、背中が小さく見える。

 それには理由がある。

 一徹が挨拶すると、先輩たちは動揺しつつ返してくれる。

 しかし、後輩達は気まずそうにしている。

 一徹は、嫌われている訳ではない。

 ただ単に、怖がられているだけだ。

 結局、中学2年生なのに見た目は40代のオッサンにしか見えないのだから仕方がない。

 光希から聞いた話によれば、こうなったのは、巻藁突きの影響らしいのだが、結局時間が経っても見た目が変わることはなかった。

 学校を出て校門の先に、一人の少女が居たのを一徹は目にする。

 制服が一徹の中学校の物でないこと、あと年齢的に高校生に見えたことから、確実にここの生徒ではないことが分かった。

 少女は待ちぼうけを食らっているのか、暇を持て余しているように空を見上げていた。

 背丈は155cmくらいだろうか。

身長の割には胸が大きく、スタイルが良いのが分かる。

髪は黒髪のセミロングヘアで、胸元までを楚々と隠していた。

 顔立ちは、可愛らしいというよりは美人系であり、どこか大人びて見える。

 美少女といって差し支えないだろう。

 そんな少女が学校の校門の前で佇んでいるものだから、否応にも目立ってしまう。

 その視線に気付いたのか、少女は一徹の方を見た。

 少女は一徹の存在に気付いたらしく、ビックリしたように表情を変えるが、すぐに笑顔を見せる。

 一徹がドキリと胸を高鳴らせる。知り合いでもない異性から笑いかけられれば、動揺してしまう可愛らしさが一徹にはあった。平静を保つ。視線を反らせ、下駄を鳴らしながら通り過ぎる。

「あの」

 という声が聞こえた。

 一徹は無視を決め込む。

 俺には関係ないことだから。

 だが、後ろから靴音が聞こえる。

 一徹は振り返る。

 そこには、先ほどの少女が立っていた。

 自分の周囲を見ても、人は居ない。

 一徹は警戒しながら問う。少女から声をかけられる理由が思い当たらないからだ。

「あの」

 少女は申し訳なさそうに、一徹に口を開く。

「ん?」

 一徹が唸るような低い声で言うと、少女は少し怯えた表情を見せた。

 しまったと思った一徹は、慌ててフォローに入る。こういう時は、なるべく優しく接した方が良いと知っている。

 なぜなら、見た目が怖いせいで子供に泣かれたことがあるからだ。だから一徹は出来るだけ柔らかい口調で話すように努めようとした。

「す、すまない。驚かせるつもりはないんだ」

 少女は一徹が優しく接しようとしていることに安心したのか、前のみりになって一徹に訪ねる。

「田麦一徹さん。ですよね?」

 見知らぬ少女から名前を呼ばれて、一徹は驚きつつも、冷静を装う。向こうが名前を知っているのに、こちらが知らないというのは、失礼だと感じたのだ。

 一徹は少女に尋ねる。

「どうして俺の名を?」

 と。

 すると、少女は答えた。

「覚えていませんか? 私、青木里美です」

 里美は一徹の目をじっと見て訴えた。

 一徹は思い出す。あの日、一徹達が助けた少女であった。髪の色や、化粧が派手でなくなっていたので、すぐに分からなかったが、確かにそうだ。間違いない。

「おお。あの時の」

 一徹が思い出したように答えると、里美は安心した様子を見せる。

 なぜここに居るのか。

 そして、なぜ自分のこと尋ねているのか。

 一徹が聞く前に、里美が話し出す。

 里美は一徹のことを探していたのだという。

「実は、助けてもらったお礼をしたくて」

 と、言う。

「いや、あれは別に……」

 と一徹は言いかけたが、里美の真剣な眼差しを見て口をつぐむ。ここで断れば角が立ちかねない。

「本当に、ありがとうございました」

 里美は深々と頭を下げる。

 一徹は困ったような顔をする。

 一徹としては、ただ自分ができること。しなければならないことをやっただけで、感謝される筋合いはないと思っているからだ。

「……私、バカでした。親とつまらないことでケンカして、親なんか大人なんか居なくたって一人で行きていけると勘違いして。

 それで、何も考えずに家出して。あんな目に遭って初めて分かったんです。両親に守って貰えていたんだって。一人じゃ生きていけないんだなって……」

 顔を上げた里美は、一徹に語る。その瞳は、涙で潤んでいた。それは次第に頬を伝っていく。

 そんな様子を見て、一徹は居心地が悪くなった。

「西尾君から聞きましたが、田麦さんって、中学二年生……。なんですよね」

 里美は、確認するように言った。見た目が40代にしか見えないが、実は年下だったという事実が里美は信じられなかったのだ。

「本当だ」

 一徹は肯定する。

 里美は続ける。

「ごめんなさい。私は高校2年生で、私の方が年上なのに……。田麦さんの事、見た目で判断して、大人だから助けてくれると思って、自分勝手なこと言って。危険な目に遭わせて……。本当に、本当にごめんなさい」

 里美は、またも頭を下げる。語る声は涙声から、嗚咽が交じるようになっていた。

 そんな姿を見て、一徹は戸惑う。

 謝られて、一徹はどうすれば良いのか分からない。

 里美は続けた。

 一徹に許してもらえなくても構わない。それでも大人を否定した自分が、大人に助けを求めた子供だということを伝えなければならないと思ったから。今は両親と仲直りし、学校にも行っていることを伝えた。

 一徹は黙っている。

 里美は、言葉を続ける。

 一徹が自分を庇ってくれたことを嬉しく思ったこと。

 しかし、一徹を巻き込んでしまったことに罪悪感を覚えていること。

 里美は語った。

 そして、もう一度、深く頭を下げる。

 一徹は、話を聞き終えると、静かに口を開いた。

「いいよ」

 と。

「え?」

 里美は驚いて顔を上げる。

 一徹は、優しい笑みを浮かべていた。

「俺は、気にしていない」

 一徹は、里美にそう告げた。

 里美は、胸が熱くなるのを感じた。

「田麦さんのお陰で、私は救われました。だから、今度は私があなたを救う番です」

 里美は一徹の手を取ると、強く握る。

「ん?」

 訳が分からず、一徹は間抜けた声が出てしまう。

「私に出来ることは限られていますが、力になります」

 里美は真剣な表情で言う。そこには決意があった。

「あ? 何を」

 一徹が訊くと、里美は答える。

「美容です」

 と。

「私、美容に良い食べ物とか、良いサプリとか色々調べて知っているんです。西尾君から聞きましたが、田麦さんが急に老けてしまったのは、食べ物とか栄養とか、そういうことも関係しているじゃないんでしようか。

良かったら、エステサロンも教えましょうか?」

 里美の申し出に一徹は困惑する。

 確かに、今の自分は年齢以上に老けている自覚がある。

 しかし、里美が言っている美容というのは、そういう意味ではない気がした。自分の思っているものとは違う。

 一徹の戸惑いを見て、里美は続ける。

 里美としては、一徹の悩みを解決したいという気持ちから、真剣な提案をしているつもりなのだ。

「あ、ありがとう。でも、その前に、事情を説明してあげてくれるかな。後ろの人達に……」

 一徹は里美の後ろを指差す。

 里美が振り返ると、そこには警察官二人が立っており。一徹を怪訝そうに見ていた。

 警察官の一人が咳払いをして告げる。

「ちょっと良いかな君。怪しい中年男が、女子高生を脅して泣かせているという通報を受けたんだが」

 一徹の顔から血の気が引く。

 里美が慌てて否定するよりも前に、もう一人の警察官は里美を保護しようと一徹から引き離していた。

 一徹が事情聴取から解放されたのは、それから1時間後のことだった……。

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男一徹 力愛不二 kou @ms06fz0080

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