4-2 謎の洞窟

「ブッシュ、お前はどう思う」


 娼館一階、秘密通路のどんつき。地下へと続く謎の洞窟を、ガトーは指差した。


「これではっきりしたな、ガトー。オーエンとアラン父子は、娼館にお楽しみで通っていたわけじゃない」

「だろうな」


 ガトーは顎を撫でた。それから例の、スカウト携行食たる小さな木の実を口に放り込んだ。


「隠蔽洞窟に潜り込むとか、真っ当な娯楽や商売のはずがない」

「ブルトン公国は、貿易立国。物の輸出入で大量の富を築いている。あいつらはその領主だ。女を楽しむわけでなく娼館で悪事を働くとしたら、人身売買が自然だ」


 俺は説明した。


 人身売買は、公国表向きの商売と相性がいい。女をさらっての異国への売却。逆に異国人種やエルフなど異種族を輸入して娼館で働かせたり、クズな金持ちに奴隷として売ったり。


「そのために、攫った女を閉じ込める牢とか秘密の売買所を地下に作っていても不思議ではない。そうだろ」


 俺の話に、ガトーは頷いた。


「なるほど。たしかにありそうな話だ」

「だとしたら、姫様の入婿なんてとんでもない話ね」


 ノエルは憤慨している。


「そんなカス、完膚なきまでに叩き潰さないと」

「ひとり息子を婿として手放してまでチューリング王国に入り込もうとしてたんだ。人身売買に絡んでいるとしたら、その組織を王国まで広げようと狙っているに違いない」

「パパ、奴隷って、酷いことをされちゃうんでしょ」

「そうだな、マカロン」

「ならあたしも許せない」


 マカロンは意気軒昂だ。


「オーエンのおじさんやアランのお兄ちゃんを、懲らしめないとダメだよ」


 さすがは主人公。現実世界で言えばまだ小学校に入ったかそこらの年齢なのに、正義感に溢れる真っ直ぐな性格だ。それをなんとしても曲げずに育ててやると、俺は心に誓った。


「わかってるよ、マカロン」


 頭を撫でてやった。


「俺だって許さないさ」

「でもブッシュ、人身売買の巣だとすると、地下は悪党の巣だよ」


 虫籠の檻を掴み、プティンは心配げだ。


「表向きの娼館より、よっぽどヤバい連中がたむろしてると思うよ。強力な魔道士とか、ファイターとか……。それに重戦士も」

「だな」

「兄貴ぃ……」


 詐欺師クイニーが不安げな声を上げた。


「こっちの切り札、妖精プティンは封じられている。パーティーバランスが悪い。戦闘はとてつもなく不利だぜ。どうだろう……」


 俺とガトーの目を、媚びるように見上げてきた。


「どうだろう、ここは戦略的撤退ってことにしては。……後日、また成敗すればいい」

「てめえの意見は聞いてない」


 ガトーに頭を小突かれ、クイニーは首を引っ込めた。


「痛えなあ……。人使いが荒いぜ」

「なんなら今すぐ首の爆弾破裂させてやろうか」

「怖いことは言いっこなしだぜ、兄貴」

「でも、クイニーの言うことにも一理あるよ、ブッシュ」

「さすがはノエルの姉御だ」

「うるさい」


 ノエルにまで剣の柄で殴られて、さすがに沈黙したわ。


「いずれにしろ、おそらく戦闘は避けられない。現有戦力でどう戦うか、考えてみた」

「おう、さすがはブッシュだ。頼りになるな」


 俺の肩を、ガトーがぽんぽんと叩いてくる。


「で、どうやる」

「こちらは攻撃魔道士を使えない。だから前衛の駒を厚くする。敵魔道士がいたら駆け込んで、真っ先に潰すためにも」


 見回した。


「前衛は俺、マカロン、ノエル、それにクイニーだ。前衛は全員、剣を使う。ガトー、お前は中衛。弓矢があるな」

「おう。俺達スカウトが敵地の奥深く入り込んだときに使う、特殊な奴だ。隠蔽も持ち運びも容易な、超小型でな」


 背中のバッグを叩く。


「だから威力はないが、その代わりに毒矢にしてある。俺達スカウトが荒野で採取した毒草の根を煮詰めた毒だ。神経毒だから着矢後、すぐに体が痺れ、敵の行動力を奪う。おまけに呼吸筋も麻痺するから、そのまま相手は窒息死する」

「接敵したら状況を確認しろ。毒矢で狙う最優先はもちろん、魔道士だ」

「わかった」

「ティラミスは後衛。ポーションで味方を援護しろ」

「はい、ブッシュさん」

「プティン、お前にも役目がある」

「良かったあーっ」


 ほっとした声だ。


「ボクだって、なんとかみんなの役に立ちたいし」

「一旦戦闘が始まれば、乱戦になる。そうなると目の前の戦いでいっぱいいっぱいになるやもしれん。お前は最後尾で状況を掴み、適宜指示しろ。その位置なら戦いの全体像が掴みやすいからな」

「まっかせてー、ブッシュ」


 嬉しそうに、籠の中で飛び上がった。


「ねえねえブッシュ、ボクたちの戦い、姫様にもリモートで見せてあげていいかな、ねえねえ」

「そうだな……」


 一瞬だけ考えた。


「いや、止めておけ。血なまぐさい戦いなんて、王女に見せては気の毒だ」


 それは口実だ。誰かこっちが死ぬかもしれない戦闘を見せては、トラウマを植え付けるようなものだからな。


「わかった。……へへーっ」


 口に手を当てて、プティンがくすくす笑った。


「姫様のこと、思いやってくれてありがとうね、ブッシュ。さすがは姫様の恋人だよ」


 プティンの奴、いつもながらどんだけ口が軽いんだ……。俺は頭が痛くなった。俺と姫の関係を知っているのは、最後の戦いの場にいた仲間だけ。後は、もう気づいているに違いない姫の側近「じい」程度だ。父親の国王すら、感づいていないだろう。


「えっ!?」


 超ド級の爆弾発言に、クイニーが目を見開いた。


「マジっすか、ブッシュの兄貴」


 穴の開くほど、俺を見つめる。


「兄貴いつの間にタル――」

「黙れ」


 秒でナイフを抜くと、ガトーがクイニーの喉仏に突き付けた。


「今すぐ死ぬか?」

「え……えへへ。とんでもねえ……」

「なら今のは忘れろ。もし誰かに話しでもしたら……」


 首の「即死シール」を、ナイフの先で突付いた。


「嫌だなあ、誰にも漏らしやしねえぜ」


 クイニーの頬は引き攣っていた。


「そんなおっかねえ情報、たとえ誰かに売ったとしても、売った相手に即座に殺されっちまうぜ、情報元隠蔽のために。なんたって……ヤバすぎるネタだからな」


 バンザイしてみせる。


「悪党ってのは、クラスがあるんで。それぞれ、扱えるネタのレベルって奴がある。俺はなあガトーの兄貴、ただのチンピラだ。ちゃんと分をわきまえて動いてるぜ」


 だからこそ、ガキの頃から今まで、死なずに生き残ってきたわけで――と、クイニーは続けた。


「それよりブッシュの兄貴。そろそろ踏み込みやしょう。俺の勘だと、一階と地下の異変が、そろそろ気づかれる頃合いだ」


 小悪党だけに、危険を嗅ぎ分ける能力は、たしかにありそうだ。


「よし、進もう。……ガトー、ここも先行しろ。これだけ偽装された場所だけに、もう無駄な罠はないとは思う。でも念のために注意してくれ」

「任せろブッシュ。……頼りになる、俺達のリーダーさんよ」


 にやっと唇の端を上げる。


「では入る。トーチの灯りは最低限だ。全員、足元に注意しろ。坂道で滑ったら前の奴も巻き込まれ、下まで転がり落ちるかもしれん。大きな音で、俺達の存在を敵に教えてやってな」


 それだけ言い残すと背を屈め、ガトーは暗い洞窟に踏み込んだ。




●業務連絡「各作品更新状況整理」


現在3作品を並行して執筆・公開中。

それぞれの更新頻度は以下です。

どれも面白いです(当社比)

お読みの作品の更新待ちに、他もどうぞ!


・「異世界モブ転生」 <ゲーム世界に即死モブ転生した社畜のざまぁ冒険

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739

隔日更新


・「パパ活モブ」 <ゲーム小説世界転生者が妻子と共に最凶ダンジョンに挑む

https://kakuyomu.jp/works/16817330648520597886

週2更新


・「異世界左遷逆転戦記」 <異世界開拓子会社に左遷された社畜が、異世界と現実で成り上がる!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982

週1更新


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