4-3 魔導通信装置の部屋

「……」


 突然、ガトーが立ち止まった。ハンドサインで俺を呼ぶ。


「見ろ……」


 小声で右を指差す。長い下り坂は、ここで終わり。ここからは右に向かい、やはり洞窟が続いている。


「進め、ガトー」


 頷くと、これまでよりさらに速度を落とし、注意深く進んでいく。地下かなり深く潜ったので、地熱で暖かい……というより暑いと言ってもいいくらい。数十メートル進んだだろうか、穴は急に大きくなり、奥から灯りが漏れてきていた。


 全員に合図し、抜剣して忍び込む。そこは、広間になっていた。魔導トーチと思しき照明がそこここに取り付けられており、光を放っていた。無人だ。


「おかしい……」


 なにもない。当然牢があり、そこで女が泣いていると思っていた。だが牢も女も見張りも見当たらない。もちろん、すすり泣く声など皆無だ。床になにかの魔法陣が刻まれている以外、気になるところはない。


 ここまで来て、なにもないはずはない。奴隷牢どころか、お楽しみ部屋すらない。――となると、奴隷商売でもないのか……。オーエンとアランは、こんなところに夜な夜な潜り込んで、一体何やってるってんだ。


「ブッシュ、あそこ……」


 籠の中のプティンが囁いた。見ると、広間の奥に穴がぽっかり空いており、そこからも光が漏れている。


「……」


 唇の前に指を立て注意を促すと、ガトーが先行した。穴のへりに張り付き、小さな鏡で中を確認している。こちらを見ると、指を二本立て、剣の柄を静かに叩いた。


 中にふたりいる。注意しろ――。そういう合図だろう。中にいるのはもちろん、為政者父子に決まってる。


「……」


 静かに、俺達は踏み込んだ。その部屋は広くて天井が高く、やはり床中央に魔法陣が刻まれている。魔法陣の脇に、でたらめに積まれた積み木のような構造物。立ったまま、ふたりの人物が、その構造物を覗き込んでいた。


「ブッシュあれ、魔導通信機だよ」


 プティンの言葉に、ふたりは入り口を振り返った。もちろん、ブルトン公オーエンと、嫡子アランだ。お楽しみ用とはとても思えない、執務用の堅っ苦しい服装だ。


「これはこれは……」


 オーエンが呟いた。抜剣した俺達の姿を見ても、特に驚いたり恐れている表情ではない。


「珍客現る……かな」


 興味深そうに、俺達を見回す。


「お客さん、女はここにはいませんよ。ニ階に戻りなさい」


 猫が鼠をいたぶるような、残忍な笑みを浮かべる。


「はて……何人か、見覚えのある顔ですね」

「父上、この方々は以前に面談した、旅のご一家ですよ」

「おお、思い出した。あの……なんとかいう愚鈍な農園じじいが連れてきた」


 突然、けらけらと笑い出す。温厚そうな表情を変えないままなのに、狂気すら感じさせる笑い方。人格のある人間ではなく、人形かなにかのようにすら思える。


「それに何人か、増えていますね。虫籠に囚われた、間抜けな妖精も」

「ボク、間抜けじゃないもんっ」


 憤慨したプティンが、檻を揺すった。


「これ外しなよ。秒で殺してあげるから」

「はあ……」


 深々と、見せつけるように溜息をついてみせる。


「娼館のバカども、見張りくらいきちんとできんのか」

「父上、後で娼館の連中も殺しましょう」

「そうですね。次の店番を確保したら、娼館のクズどもは地獄行き。魔族の餌にでもすればいいでしょう。一石二鳥で」

「オーエンさん、あんた、ここでなにやってるのさ」


 油断なく、ノエルは剣を構えたままだ。


「なにもくそも……」


 顔を見合わせ、オーエンとアランは苦笑いしている。


「普通に仕事だよ。ねえ父上」

「そうです。……見てわかりませんかね。この馬鹿共には」

「仕事……。あんたの仕事は、貿易国家運営だろう」


 小馬鹿にしたかのように、オーエンがガトーを見つめる。


「ふん……これだから阿呆は」

「俺が教えるわ、父上。どうせこいつら、ここから生きては帰れないし」


 アランの言葉遣いが、次第に乱暴になってきた。


「そもそも、ブルトン公国が貿易で成功したのは、父上の知能のたまもの。そして魔王様の計り知れない御恩のおかげよ」

「魔王だと……」

「ああそうさ。そもそも無能な両親を父上が殺してから、我が国の躍進は始まったんだ」


 高笑いと共にとんでもない爆弾を次々放り込んでから、アランは語り始めた。得意満面で。

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