4-3 ブルトン公国の秘密

「父上の両親は無能の極地。余裕のない小国には蓄えが重要と、質実剛健の治世を敷いた。おかげでここは、貧乏公国のままよ。それ故、家督を継いだ父上は両親を殺し、魔王様に帰順した。ここが、魔王様を称える神殿よ」


 俺達は、得意満面のアランが語るままにさせておいた。魔王の息が掛かっているとわかったからには最大限、情報を得ておきたい。


「先祖代々、爪に火を灯すようにして貯め込んだ資金を、父上は全て放出した。それで大型商船を発注し、大型船が停泊できるように桟橋も整備した。一方、魔王様にとあるお願いをした」


 話はこうだった。


 魔王がオーエンと握ったのは、人類側にこっそり拠点を築きたかったから。いずれ大攻勢に出る折、人類側を挟み撃ちにできる。それに……ブルトン公国を海運大国にし他国の海軍力を落としておけば、なにかと便利だ。


 そのために魔王は、シーサーパントをはじめとする海棲魔族を投入し、ブルトン公国以外の商船破壊を進めた。狙いどおり他国の海運は一気に衰え、ブルトン公国は繁栄を極めた。規模が拡大した上に防衛コスト不要のブルトン公国は貨物料金を下げて、大陸間貿易を一手に握った。安全面、そしてコスト面から、他国の再参入は事実上不可能になっている。


「それもこれも、父上の優れた知力と判断力があってのことだ」


 鼻高々といった様子のアランは、見下すように俺達を見つめている。


「なるほどなあ……。たいしたもんだわ」


 なるだけ間抜けっぽい顔で、俺は大きな声を出した。


「でも噂では、チューリング王国と縁組みするとか……。魔王がついたんだったら、今さらそんなところに媚を売らなくてもいいのでは」

「これだから阿呆は……」


 アランは苦笑いを浮かべた。


「橋頭堡は多いほうがいい。当たり前の話だ。……それにあそこのタルト姫は美しいという噂。俺が婿として向こうの王国を内部から食い荒らし、ついでにあの女は魔王の薬で俺様の奴隷にしてやるわ。あらゆる命令に逆らわない、寝台の奴隷に」

「ここで女を食い荒らすのも、もう飽きたしな」


 オーエンが付け加えた。


「死ぬまでぎゃあぎゃあ騒ぐばかりで、面白くないわい。その点……」

「箱入りの姫を思うがままにできれば……」


 アランが唇の端を歪めた。


「父上にも味わっていただかないとな、タルト姫の体を」

「ふふふ」

「ははははっ」


 ふたりして喜んでやがる。しかも前が膨らんでるし。こいつら……魔王と握っただけあって、品性最悪だわ。


「そう言えば……」


 首を傾げ、アランはしばらくなにか考えていた。


「地下のガァプと連絡が取れなくなったが、あれはもしや……お前らの」

「ああそうさ」


 もう必要な情報は得た。俺はあっさり認めてやったわ。


「野郎、泣きながら地獄に帰っていったぜ」

「貴様……」


 アランの瞳が、憎しみに輝いた。


「おかげで魔王様との通信復活に苦労したぞ」

「ようやく先程復活したのだ」


 傍らの魔導通信装置を、オーエンがぽんぽん叩いてみせた。


「こいつを使ってな」

「さて父上……」


 こきこきと、アランは首を鳴らした。


「そろそろ死んでもらいましょう、この馬鹿どもに……」

「武器もなしで俺達に勝てるのか、オーエンとアランさんよ」


 俺の言葉に、ノエルとクイニーが剣を抜き放った。マカロンもしっかり、剣を構えている。ガトーのショートボウは、オーエンの胸を狙っている。


「正直、あんたらはここで人身売買していると思っていた。だから魔道士がいるかもと警戒していたんだ。でも結局、戦闘素人の丸腰ヒョロガリ親子がたったふたり……。正直、拍子抜けしたぜ」

「これだから阿呆は……」


 アランが高笑いした。


「ここは魔導通信室。ここまでの会話は、全て魔王様の側近に筒抜けよ」

「雑魚がどれほどかかろうが、魔王様の威光に逆らえるはずもなし」


 ふたりして嘲笑ってくる。


「そうかい」


 俺は両手を広げてみせた。それから自分の剣を抜く。


「オーエン、それにアラン。あんたらの余裕がどこまで通じるか、試してやるわ」


 こいつらが魔王の手先とわかった以上、調査ミッションは終了。俺達は討伐ミッションに移行ってことさ。


「全員、その場で警戒防御。ガトー、任せたぞ」

「おうよ」


 恐ろしい速さで、ガトーがニ連射する。空気を切り裂く鋭い音と共にふたりに飛んだ毒矢がふたりの胸に突き刺さった。――と思ったのだが、着矢直前で弾かれた。


「なにっ!?」


 弾いた空間は、小さく赤く輝いていた。見ると、指先ほどの大きさの魔法陣が回っている。床に描かれていた魔法陣と、全く同じ形の。


「これで納得したか」


 アランが嘲笑った。


「なら次は、こっちの番だな」


 言い終わると同時に、床の魔法陣が真っ赤に発光、回転を始めた。轟音を立てながら。

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