4-4 地獄の人形劇

「ブッシュ、気を付けてっ!」


 轟音を立てながら回転する魔法陣を前に、ノエルが叫ぶ。


「なにか恐ろしい魔物が出てくるわよっ」


 始祖のダンジョンでは、魔王の側近としてグレーターデーモンとデーモンロードが襲ってきた。オーエンとアランが魔王のために働いていたのだから、ヤバい奴が俺達を殺しに来るのに決まっている。ましてこの魔方陣、どえらくでかいからな。デーモンロード以上に巨大な魔物が出現しても不思議ではない。


「ブッシュの兄貴、あれっ」


 クイニーが魔法陣を指差した。言われなくてもわかる。中央部からなにか赤い光が盛り上がりつつある。なにか召還されたのは明白だ。


「くそっ」


 ガトーが放った矢は、光を貫くだけだった。


「無理だ無理」

「これだから雑魚は」


 オーエンとアランはへらへら笑っている。


「見てっ」


 ノエルの叫びと共に、盛り上がった光は人間の形となった。ただし……三メートルの巨体ということはなかった。というか体長は五十センチもない。おまけに魔物でもない。ただの人形だ。デフォルメされた人間の。ちょこんと座った形のまま動かない。


 目はボタン。異様に大きいので、不気味ではある。口は真一文字に裂けているが、なぜか糸で上下の唇が縫い合わされている。


「なんだ兄貴、こんなの秒殺だわ」


 嘲るような笑みを、クイニーが浮かべた。


「俺がやってやる」


 剣を振りかぶる。


「いけませんっ!」


 珍しく、ティラミスが叫んだ。


「恐ろしい魔力を感じます。あなどれませんよ」

「ほう……」


 オーエンがにやにやする。


「少しはわかる奴がいるか」

「父上、あの小娘は魔道士でしょう。力はない。殺した後で……楽しみましょう」

「それはいいな」

「これはこれは」


 突然、人形がしゃべりだした。ぴょこんと跳ね上がると、俺達を見回す。上空から幻の糸で操られているかのような動きだ。


「面白い構成のパーティーだのう……」

「魔王様。こやつら、側近の私共に逆らう不届き者です」

「魔王様のご威光に逆らうクズ共かと」


 アランとオーエンが口々に叫ぶ。


「ほう……。子連れの間抜けがか」


 両手を口に当てると、頭を揺らしている。どうやら「笑っている」というパペット表現のようだ。


「パパ、あたしがやるよっ」


 マカロンが踏み出した。


「だめだマカロン。危険すぎる」

「あたしなら、パパとママを守れるもんっ」


 止める間もなく、マカロンは駆け出した。魔法陣の中に踏み込む。


「むっ……お前」


 人形が手をだらんと垂らした。


「なぜ……無傷で魔法陣に入れる」

「えーいっ!」


 マカロンの剣が人形を貫く。


「ううっ!」


 串刺しになり、宙に浮いた人形が、手足をばたばた動かしている。死にかけの虫のようで気味悪い。


「馬鹿な……どうしてこのパペットを……ただの小娘が……」


 人形は、首を回してマカロンと俺の顔を見比べた。


「もしやお前らは……デーモンロードの言っていた……」

「えいっ」


 マカロンが剣を振り回すと、人形は吹っ飛んだ。駆け込んだマカロンが、首を斬り落とす。


「なかなか元気がよいのう……」


 首はへらへら笑っている。


「相手をしてやりたいところだが、こいつはただの人形だからな」


 首なし人形がひょこひょこ歩くと、自分の首を抱え上げた。


「だがこの人形を潰せる相手ともなると、この場所はもう撤退だな」


 人形は首を抱え上げると、オーエンとアランに向かってぶん投げた。


「お前らはこの責任を取って、この場をなんとかしろ」


 人形の頭は、アランの胸に張り付いた。


「ひ、ひいっ。あ、熱い」


 頭は、野郎の胴体にけ込むように染み込んでいく。熱いフライパンにバターを落としたときのようだった。頭を投げ終わった人形は大の字に倒れ、胴体が埃のように崩れ始めている。


「ち、父上……た、助けて下さい」

「こらっ。抱き着くな、気持ち悪い」


 アランの頭を殴り、足を踏んで突き飛ばそうとしたが、苦痛に責め苛まれるアランは死ぬ気で抱き着いている。所詮、無理な話だった。


「あっ! 体がっ」


 アランの腕が、もうオーエンの胴体に半分くらい融着している。じゅうじゅうという音と共に、腐った生肉が焦げるような悪臭が漂い始めた。


「もごも……ちちう――もご」

「ぐむにむぐむ……」


 ふたりくっついたまま融けたろうそくのようになっている。脚が融けて立っていられなくなりついには倒れた。そのまま芋虫のように蠢いている。


「ブッシュさん、始まりますよ」


 静かに前に出たティラミスが、仁王立ちのマカロンを、そっと後ろから抱いた。


「マカロン、あなたも一度落ち着きなさい。勢いのまま突き進むと、失敗しますよ」


 俺達の目前で、融けたろうが盛り上がり始めた。

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