4-5 対「魔造傀儡」戦
「なあに、これ」
眼前で起こる奇妙な現象に、ノエルが呆然と呟く。
「こんなモンスター、見たことがないわ」
それも当然だ。目の前に立っているのは、泥人形のようなモンスター。粘土かなにかを丸めてくっつけて、人っぽい形にしただけのもの。頭は歪んだじゃがいもも同然で、目も口もない。腕も脚もただの棒で、もちろんこちらも手すらない。
ふたりの体を飲み込んだからなのか、二メートルほどの大きさだ。赤ちゃんのように首が座っておらず、頭はぐらぐら揺れている。
「もごも……もごごもも」
口も無いのに、唸り声を上げている。
「兄貴、どうします」
剣を構えたまま、クイニーは戸惑っている。
「……」
黙ったまま、ガトーが矢を射った。ひゅんと音を立てて飛んだ矢が、でく人形野郎の頭に刺さる。見た感じでは、刺さったというより、軟らかい餅に先だけゆっくり埋まるような。
「ちっ」
ガトーが舌打ちする。毒矢が顔のど真ん中に刺さったというのに、ダメージを受けた様子はない。まだくねくねと体を揺らしている。
「こいつは面倒だな」
ノーダメージなだけではない。ようやく召還が安定したのか、一歩二歩、よろめきながらこちらに進んできた。
「全員、攻撃開始っ!」
俺は叫んだ。
「予定と変える。ノエルはガトーと中衛、回復中心にしろ」
「わかったわ、ブッシュ」
「前衛は俺とクイニーで二枚、マカロンとティラミスは後衛、プティンは最後尾から情報」
「わかった」
「はい」
「パパ」
素早く場所を入れ替えた。魔道士込みで敵数体の想定だったが、今は一体。無闇に前衛を厚くする必要はない。それに魔王が送り込んだ
「やるぞ、クイニー」
「へい兄貴っ」
俺とクイニーは突進した。左右に分かれ、野郎の腹を剣で突く。
「むっ!」
「あわわ」
貫くどころか全く傷つけられず、ぼよんと跳ね返された。軟らかいくせに皮膚が厚いのかもしれない。
「くそっ」
返す刀で首を刎ねようとした。が、これも無駄だった。剣に引っ掛かって首が伸びたが、斬れない。弾力で剣が跳ね返されると、首は元の長さに戻った。反動で、頭がぐらぐら揺れている。クイニーが腕を落とそうとしたが、これまた同じ結果となった。
「ぐももも、もももーっ」
傀儡野郎が腕を振ると、両腕の先が千切れて飛んできた。俺はかろうじてかわしたが、クイニーの顔に、餅のように張り付いた。
「んんんんっ。んんっ」
口と鼻を塞がれて、息ができない。なんとかしようとしていたが、顔を真っ赤にして倒れた。
「ノエルっ」
俺が引きずって、後方に。前衛二枚が離脱したので、ガトーが切れ目なく矢を射って権勢している。ティラミスとマカロンは中衛の位置まで進んだ。
「任せて」
駆け込んできたノエルが回復魔法を撃ったが、「餅」は剥がれなかった。どころか徐々に広がり、すでに目も覆われている。
「ぐももっぐもっ」
両腕を振り回すと、傀儡は次々に例の「肉」を飛ばし始めた。俺もガトーも、あっという間に二箇所ほどやられた。張り付いた肉だか餅だかは、すぐに体表面で拡大し始める。
「対処しないと全滅する」
ガトーが叫んだ。珍しく焦った声だ。
「もう矢も残り少ない」
「ボクがやるよっ。ティラミス、早くっ」
虫籠を持ったティラミスが、滑り込むように屈み込む。
「早くっ」
籠の檻から精一杯手を伸ばしたプティンが、蠢く肉の表面に手を触れる。
「えーいっ!」
掛け声と共に、手が光る。――と、クイニーの顔に張り付いた肉は、虹色の煙となった雲散霧消した。
「しっかりっ」
ノエルが回復魔法を施したが、クイニーは白目を剥いたままで意識が戻らない。俺の体も動かなくなってきた。肉が張り付いた場所を中心に熱くなり、麻痺が広がっている。張り付いた部分の衣服はすでに溶けるように消え、肉は皮膚に広がりつつある。
「次はブッシュだよ。ボクがやる」
「急いで」
俺の肉を消し、ガトーも助ける。だがその間にも肉が乱舞し、俺達全員の皮膚に張り付いてきた。
「キリがないぞ」
ついに矢が尽きて、ガトーは短剣を抜き放った。
「全員で取り囲もう、ブッシュ。イチかバチかだ」
「ノエルさん、プティンさんの籠を」
ティラミスが籠をノエルに渡した。
「背後から順次解放して、回復魔法もお願いします」
「わかった」
「おいでなさい、マカロン」
「ママ」
ティラミスの広げた腕に、マカロンが飛び込んだ。
「ブッシュさんも」
「おう」
マカロンを挟み、ティラミスの細い体を抱いてやる。
「ブッシュさんのお側にいれば、私も少しは守護神の力が使えます。それに……」
熱い瞳で、俺を見上げてくる。
「ブッシュさんはおっしゃいました。あの厳しいデーモンロード戦で。私達には困難を打ち破る力がある。それは愛の力だと」
「いや、言ってはないぞ」
それは俺の心の声だからな。
「言葉などいりません。ブッシュさんのお考えとお気持ちは、私に伝わってきましたから」
「……ティラミス」
「ブッシュさん……」
精一杯背伸びをしてくると、俺の頭を抱え、下を向かせる。
「愛しています」
ティラミスの熱い唇が俺に触れると、なにかが俺の口を通し流れ込んでくるのがわかった。なにか……焼けるようなすさまじいパワーが。
「す、すげえ。兄貴達三人が輝きに包まれてやがる」
意識を取り戻したのか、クイニーの声が聞こえた。
「ぎ、銀色だ」
「行きましょうブッシュさん、私達家族三人で」
「ティラミス……それにマカロン、やるぞっ」
「はい」
「パパっ」
三人、手に手を取り合って、傀儡野郎を取り囲んだ。野郎の背で、俺を求めてティラミスの手が動く。握り返してやると、俺達は完全な円環となった。俺達の体が、一層輝く。
「ぐももっ! ぐももももっ!」
苦しげに、傀儡が体をくねらした。肉片を飛ばしてくるが、俺達の体に付着することはできず、剥がれ落ちると虹色の煙となる。
「す……すげえ、これが兄貴の……力!?」
腰を抜かし地面にへたり込んだまま、クイニーが後じさりする。ノエルとプティンがせっせと肉片処理をし、ふたりを守るため、ガトーは前面に立ち塞がっている。プティンの虫籠が肉片に覆われると厄介だからな。すでにガトーの体は肉片に半ば覆われていた。
――と、傀儡がぐったりと腕を下ろした。腕の先から肉片が、ろうそくの蠟のように
「今だっ!」
野郎の胴体に、俺は剣を突き立てた。ぐっという強い手応えと共に、剣はゆっくり沈み込んでいく。
「くそっ」
深く入ったところで止まった。動かせない。抜けもしない。だが、今の野郎ならダメージが与えられることははっきりした。
「やれっマカロン。お前ならできる。主人公のお前なら」
「パパーっ!」
精一杯飛び上がったマカロンが、剣を真横に振り抜いた。
「ぐもっ!」
マカロンの剣は、首に食い込んだ。すっと、熱したバターナイフのように野郎の首を斬ると、頭が首から離れる。どんっ――と、軟らかな物体が落ちる、鈍い音がした。
「ぐもももーっ!」
なにか粘性の液体が、首から噴出した。泥のような色の。体にかかると熱い。液体がふんしゅつするにつれ胴体はしぼみ、そのままへなへなと床に崩折れる。
「やったっ!」
ノエルが叫んだ。
「でかした、ブッシュ」
剣を鞘に収めると、プティンの籠を、ガトーは受け取った。
「餅退治は俺が代わる。ノエル、お前は回復に専念しろ」
「うん」
「う、うそだろ……。マカロンちゃんって、まだ子供じゃねえか……」
へたり込んだまま、クイニーは呆然としている。
「これがブッシュ兄貴の、血の力なのか……」
「ああそうさ。お前がケツまくって逃げた後、始祖のダンジョン最深部で、俺達はこれを見たからな」
ガトーがクイニーの頭を小突く。それでもまあ、クイニーの体に張り付いた肉をプティンで焼き続けているからな。
「お前がどんな男を裏切ったのか、しっかりその目に焼き付けておけ」
「よくやったぞ、マカロン」
抱き上げてやると、マカロンは俺に頬を擦り付けた。
「パパのおかげだよ。あたしならできるって、信じてくれたから」
「そうだな、あれはなマカロン……」
「三人の愛の力、そうですよね、ブッシュさん」
見上げるティラミスの瞳が潤んでいる。
「そうだよ、ティラミス」
「ブッシュさん……」
ティラミスがまた背伸びをしてきた。俺の唇を求めて。
「おいおい。そういうのは宿屋でやれ」
わざとらしく、ガトーが大きな溜息をついてみせた。
「まずはここの後始末だ。娼館の連中がどんなに間抜けだったとしても、何人も殺されたことにやがて気づく。全員ぶっ殺すのも面倒だ。とっとと退散しよう」
●業務連絡
ネット環境のおぼつかない恒例の島流しが決まったため、10日間ほど更新できません。
「即死モブ」のほうは1か月分執筆済みのため、そちらは予約投稿にて隔日更新継続します。恐縮ですが、その間はそちらをお楽しみ下さい。
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