第二部エピローグ 新たなる旅立ち

ep-1 チューリング王国帰着

「では、全てはブルトン公オーエンと嫡子アランの陰謀じゃったと」


 チューリング王宮、タルト王女執務室。「じい」が唸った。娼館を脱出した俺達は、馬車を飛ばして王国に帰着。早速報告に上がった次第だ。俺のチームにガトーがな。クイニーは逃げた。俺達の向かいには、姫にじい、それに例のムキムキ近衛兵が座っている。もちろん、侍従や警護の近衛兵などは全て人払いしてある。


「厳密に言えば、魔王の陰謀だな」


 例のスカウト食の木の実を、ガトーは口に放り込んだ。出してもらった茶をがぶ飲みする。なんせほとんど休まず突っ走ったからな。喉もからから、空腹と疲労でへとへとなのは全員同じだ。あの苦味が苦手な俺やマカロンまで、ガトーの木の実をかじって旅した始末で。


 元々神様であるティラミスはともかく、小さなマカロンが道中、愚痴のひとつもこぼさなかったのには驚いたよ。さすがは主人公だってな。


「姫様」


 疲れているはずなのに、ノエルは背筋をしっかり伸ばして座っている。


「家督を継ぐ直前、オーエンは恋人を病気で失ったのです。質素な運営が家訓だった先代は、病気治療のための旅行を許可しなかった。恋人を失った心の闇に、魔王が入り込んだのでしょう」

「そうですか……」


 タルト姫は眉を寄せた。


「お気の毒な事情もあったのですね」

「公国郊外の地下に、ガァプという魔族が巣食っていました」


 ティラミスが付け加える。


「その魔族は、人間を堕落させる研究をしていると言っていました。それはオーエン様のことだったのでしょう」


 ティラミスは、マカロンを抱えている。菓子をたくさん食べたマカロンは、ティラミスの膝の上でうとうとしていた。いくら将来の勇者とはいえ、謀略の話は退屈だろうしな。


「いや、俺はもっと裏があると思っている」


 俺の言葉に、全員の視線が集まった。


「それはどういうことですか、ブッシュ様」


 タルト姫は、俺をまっすぐに見つめてきた。久し振りで顔を見たが、相変わらずかわいい。


「そもそもの恋人の病死だよ。それ自体、魔王の作為の可能性がある」

「なるほど……」


 ムキムキ近衛兵が唸った。


「悪逆な魔王なら、病気に偽装して魔殺することもあり得るか」

「それにそもそも、アランの出自がおかしい」

「それはどういうことですか、ブッシュ様」

「亡くなった恋人の忘れ形見という話だったが、恋人の妊婦姿を覚えている者は公国中枢部にはいなかった。……というかオーエンに逆らう幹部は皆、国を出たか行方知れず、あるいは処刑されている」

「独裁体制を築くだけでなく、アランの出生を隠すためということですか」

「一石二鳥だねっ。ねえねえブッシュ、そういうことでしょ、ねえねえ」


 窮屈な虫籠から解放されて、妖精プティンは楽しそうだ。先程から姫様や俺の周囲を飛び回っている。


「おそらくは、身寄りのない赤ん坊を攫ったか買ったかだろう。あるいは両親を殺したのかもしれんが」

「なぜそのようなことを……」


 じいが首を傾げる。


「ブルトン公国に入り込んだ魔王は、次にチューリング王国を狙っていたんだよ。そのためには縁戚関係を築くための駒が必要だ。手っ取り早く子供を入手したんだろう。チューリング王国に入り込み、内部から乗っ取る。くそダサいブラック企業でも、よくあることだ。内部のプロパー役員と、銀行や親会社からの落下傘役員の権力争いとかな」

「相変わらず、ブッシュ殿の話はよくわからんのう……」


 じいが苦笑いする。


「じゃが、とりあえずの危機は去った。姫の婿取りも霧散したわけじゃし」

「それどころじゃないぞ」


 ガトーは、また木の実を口に放り込んだ。


「ブッシュの話にあるとおり、ブルトン公国はオーエン独裁。支える側近はほとんどいない。その国で、トップたる公とその嫡子がいきなり消えたんだ」

「ブルトン公国は大混乱になるのう……」

「それに、魔王としてもブルトン公国の船だけ優遇する意味は消えた。これから数十年、大陸間航行には大規模な変動が起こるだろう」

「うむ……」


 俺の指摘に、執務テーブルは重い沈黙に包まれた。


「隣国が混乱すれば、我々にも影響があるのう……」

「ブッシュ様は、これからどうなるとお考えですか」


 テーブル越しに、タルト姫が俺の手に手を重ねてきた。きゅっと握ってくるが、じいは見て見ぬ振りを決め込んだようだ。


「俺達が消えて数日で、現地は大騒ぎになったはず。もちろん娼館の連中は関与を認めるはずないし……というか生き残りは全員逃げただろ」


 トップ失踪の直前、自分の店にいたとかバレると、やばすぎるからな。俺は続けた。


「大混乱といっても、国は運営しないとならない。不祥事で経営陣が総退任すれば、外部の利害関係者と握った雑魚役員が入り乱れて大混乱になる。それでも徐々に経営の新形態は形作られるもんだよ」

「その……具体的には」


 姫は困惑しているようだ。社畜たとえはやっぱ通じにくいな。


「独裁とはいっても、雑魚幹部も多少残っているはず。それに貿易立国だ。他国を相手にする貿易実務担当官僚は、相当有能だろう。そいつらが動く。走りながら考えるパターンだよ。為政者が消えたんだ。当面の策として、摂政を置くだろう。実務官僚のトップか、他国の王族あたり」

「なるほどのう……」


 じいは頷いた。


「ブルトン公国は、こっちとの縁戚関係を望んでいた。それは向こうの幹部も知っているはず。つまり……」

「チューリング王国に摂政提供を望む可能性があるこということじゃのう……」

「摂政はあくまで一時的な対策。数年後には公国の本格的立て直しが必要になる。そのときのことを考えれば、摂政の段階でこちらからの人物を望むはずだ」

「その場合の対応を考えておく必要がありますね、姫様」


 ノエルが身を乗り出した。


「断るのか、摂政を出すとしたら誰にするのか……」

「摂政と言われても……、父上の子はわたくしだけだし」


 タルト姫は困惑顔だ。


「なら断るか」

「いやガトー、ブルトン公国の貿易事業は魅力的だ。たしかに今後は他国との競争が復活する。だが大型船や港湾施設のインフラで圧倒的に先行しているのはでかい。チューリング王国の未来を考えるなら、摂政依頼は受けるべきだ。……というかむしろこちらから、『先般の入り婿案件について相談したい』と言ってやるといい」

「なるほど。こちらとしては向こうの混乱など知らない体でいけるしな。向こうの気づきを促すわけか。アランが居ない以上、もはや婿もくそもない。だがこれを奇貨としてチューリング王国に摂政を頼めばいいかという」


 ガトーが笑った。


「さすがはブッシュ、シャチークとかいうジョブだかスキルだか持っているだけのことはある」


 まあ底辺社畜だったからな、俺は。


「で、ブッシュ、誰を出せばいい」

「こちらとしては、先方にでかい貸しを作りたい。それでこそ、摂政後にチューリング王国に公国を編入できるからな」

「そこまでやるのか」


 ムキムキが唖然としている。


「当然だ。というか公国は隣国だ。そこに他国の勢力が入り込んだら、百年後のチューリング王国にとって揉め事の種になりかねない。こちらが押さえるべきだ」

「なるほど」

「でかい貸しが狙いだ。こちらから出す摂政は、国王に極めて近い線の人物にする。しかも大混乱の公国をまとめ切るだけの政治的な経験豊富な人物。そして……現在はチューリング王国の中枢運営から離れている人物。それならひとり欠けても、こちらには大きなダメージがないからな。他に適任がいるかもしれんが、俺の知る限りでは……」


 俺の視線を、全員が追った。


「うむ……」


 じいが頷く。


「わしが行くのか……」


 楽しげに笑う。


「まあわしも、切った張ったの血なまぐさいまつりごとは、得意中の得意。第一線から退き、姫のお守りで余生を送るつもりじゃったが、また最前線に復帰できるなら本望じゃわい。それに……」


 にやりと笑う。


「それにわしなら、たとえ向こうで謀殺されても、こちらの王国にたいした実害はないしの。ただのじじいじゃし。王国のために死ねるなら本望じゃわい」


 さすが「じい」。肝が座っとるわ。若い頃はおそらく王国運営の最前線で大活躍してたんだろうな。


「それに、もしわしが死ねば、向こうにさらに大きな貸しができることになる。場合によっては、『治安維持に協力』口実で兵を出せるほどの……」

「後はチューリング王国にブルトン公国を編入するだけだな」


 テーブルの果実を、ガトーが齧った。


「じいは死んだりしませんよ」


 タルト姫が、優しく笑いかけた。


「王国が全力で支援しますから」

「それは心強い。……してブッシュ殿」

「はい」

「此度も見事な活躍じゃった。わしからも国王にブッシュ殿の功績は伝えておく。……なにか報奨の希望はあるかの」

「そうですね」


 俺はタルト姫を見つめた。手を握り返しながら。姫の瞳は、まっすぐ俺に向けられている。


「実はひとつだけ……」


 俺の提案に、タルト姫執務室で議論が巻き起こった。


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