ep-2 俺への報奨、それは……

「俺の希望する報奨、それはタルト姫を俺のパーティーに加えることだ」

「えっ……」


 チューリング王宮タルト姫執務室は、沈黙に包まれた。空を飛ぶ小鳥の啼き声が聞こえる。


「……はあ?」


 ようやく正気を取り戻したのかムキムキ近衛兵が、口をあんぐりと開けた。


「国王唯一の子にして王位継承ランク一位だぞ。しかも男でもなく姫様だ。モンスター跋扈するフィールドに出て冒険するなど、話にならん。万一怪我でもしたらどうするのだ。考えもしたくないが、し……死んだりとか……。後継者を失った王国は、大混乱に陥るぞ」


 寝言も休み休み言え――といった表情だ。


「こいつは傑作だ」


 ガトーが大笑いする。


「王位継承者をダンジョンに出すとか、聞いたことすらない。ブッシュお前、とうとう頭のネジが外れたか」


 マカロンを抱いたままのティラミスは、俺の瞳をじっと見つめている。黙ったまま。


「ブッシュ様……」


 タルト姫は俺の手を握り返してきた。


「あの晩の約束、覚えていて下さったのですね……」


 姫の瞳が、じんわりと濡れてくる。


 いつか王宮から連れ出してやるという、寝台でのふたりの秘密の約束……。俺はずっと気にかけていた。今こそ実現のときだ。


「わーいっ! やったね、ブッシュ!」


 大喜びのプティンが飛んでくると、姫と握り合う俺の手の上に跨った。


「ねえねえブッシュ、姫様のこと頼むよほんと。ねえねえ」

「その報奨は……いくらなんでも……」


 じいは絶句。


「意外といい提案かもしれません」


 そう言うと、ノエルが割って入ってきた。


「幼馴染の私にはわかる。姫様の体には、冒険者の血がたぎっています。退屈な王宮でその血を腐らせていては、やがて姫様のお心が壊れてしまうかもしれない。そうなれば王国の後継者もくそもありません。……いつかは外で楽しませてあげるべき。そのことは皆さんも感じていますよね」

「それは……そうじゃ。たしかに姫には、王族始祖が持っておった冒険心が満ちておる。奇跡の先祖返りじゃ。それは感じておった。じゃが……」


 じいが唸る。


「俺もノエルに一票入れるか」


 最後に残った果実の芯を、ガトーはばりばり噛み砕いた。種まで飲み込む。


「いつか冒険に出す。それが前提だとしたら、ブッシュのパーティーは最適だ。考えてもみろ。ブッシュの判断力、ノエルの回復力、それに姫を守護する妖精プティンがいる」

「加えてティラミスは、なにしろ守護神――神様よ。これ以上のメンバーってある?」

「最後にマカロンだ……」


 手を伸ばすとガトーは、うたた寝を続けるマカロンの頭を撫でた。


「このチビ、将来は世界を救う勇者に育つというからな。ブッシュの話だと」

「そんなことがあるか」


 ムキムキは鼻白んだ顔だ。


「いや、ある」


 ガトーは言い切った。


「デーモンロードの首と魔王傀儡の首、お前は斬り落とせるのか」

「いや、それは……」


 言い淀む。


「マカロンはやった。バッタを見ると食べたがる、このチビ娘がだ。世界を救う勇者がいるとしたら、マカロン以外は考えられない」

「むう……」


 眉を寄せ、顎を撫で始めた。


「たしかに……」

「なにも危険な最前線やゴブリン集団のど真ん中に、姫をひとりで放り出すわけじゃない。ブッシュがうまいことやってくれるさ。俺はこいつを信じている」

「それなら……まあ……。たしかに王国の辺境フィールドを回る程度であれば……」


 ムキムキも賛成に回ったようだ。


「……」


 全員の瞳が、残ったじいに集中する。


「たしかに……そうじゃが……。しかし……」


 なにか迷っている様子だ。


「しかし……姫は女。そしてブッシュは男じゃ……」


 ああ、そこを気にしていたのか。まあ当然だが。


「もしものことがあったら……」


 じいに見つめられて姫は、慌てて瞳を逸した。


「ブ……ブッシュ様にはティラミスさんという奥さんが……いますし」

「そこはもういいんじゃないか」


 ぼそっと口にしたのは、ガトーだ。


「どういう意味じゃ。姫の貞操をどうでもよいなどと……」


 じいは睨んでいる。


「それに姫は、いずれ嫁入りか婿取りを控える大事な身」

「考えてもみろ。ブッシュはもう二度も王国を救った。それにブルトン公国に摂政を送り込む戦略を考えた。うまく行けば十年かそこらで公国はチューリング王国領になる」

「だからなんじゃ」

「言ってみればブッシュは、ブルトン公国を手土産にしたわけだ。……公国アラン嫡子の婿入り案件と、なにが違う? ブッシュがアランと入れ替わっただけじゃないか」

「むう……」


 じいは黙った。ガトーが続ける。


「顔も性格も知らなかったアランの婿入りが認められるなら、同じ立場でしかも二度も王国を救った男のほうが、はるかに良くはないか」

「……」

「しかもお前だって知ってるだろ。いちばん大事な姫の気持ちを」


 なにしろ生涯一度のみそぎを俺に捧げたくらいだしな。それを目の前で見ていたガトーは、姫の心を痛いほどわかっているはずだ。


 タルト姫の頬が、見る間に赤くなる。というか首筋まで。姫は俺の手を、きゅっと強く握ってきた。心の頼りにするかのように。


「くそぅ……」


 じいはガトーを睨んだ。


「スカウトごときにこのわしが論破されるとは……」


 苦笑いだ。


「ならまあ……わしも賛成する」

「ありがとう……じい……」


 タルト姫の目に、涙が浮かんだ。


「安心なされ、姫。わしが父王を説得してみせるわい。考えてみれば、フィールドでの経験は、姫がいずれ王国を運営するときのいい糧になる。座学で身に着けた戦略や経済だけでは、足りないからのう……」

「じい……」

「大丈夫じゃ。なんなら王の子供時代の寝小便まで持ち出して話すでのう……。父王など、イチコロじゃ」


 ほっと息を吐くと、ガトーに向き直る。


「それにしても腹が立つわい……。ガトー、お前など明日にでも辺境調査に飛ばしてやろうか」

「ああ頼む」


 ガトーはどこ吹く風だ。


「貸し借りと我欲が絡む王宮内部の湿っぽいまつりごとなんか嫌いでな。まだ見ぬフィールドをただひとり進むほうが、よっぽど気持ちいい」

「ひとり……って、ガトーはブッシュパーティーに加わらないの?」


 ノエルが首を傾げた。


「頼りになるのに……」

「ブッシュひとりで充分だ。俺は別行動をするよ、ノエル」

「そう……」

「それになあ……」


 情けなさそうな笑顔を作ってみせた。


「ブッシュにはティラミスという嫁がいる。姫の気持ちもある。それにノエル、お前の心までも占領して。そんなパーティーになんかずっと居られるか。俺だって男だぞ。プライドがある」

「あの……」


 今度はノエルが赤面した。ティラミスはもちろん表情を変えない。多少人間ぽくなったとはいえ基本、神様だしな。


「ブッシュお前、パーティーの運営大変だぞ」


 俺の肩を、ガトーはぽんぽんと叩いた。


「女どもに寝首をかかれないように気をつけろ」

「大丈夫だ、ガトー」


 すうすう寝息を立てるマカロンの髪を、そっと撫でる。


「マカロンを育てるのが、俺の第一優先事項だ。恋だの愛だのにうつつなんか抜かなさいよ」

「……」

「……」

「……」


 あの……。えと……。


 見つめられた。姫とノエルは、落胆したかのような瞳。ティラミスまで、微かに瞳が陰った気がする。俺も付き合い長くなった。表情変化の少ないティラミスから感情を読み取るの、いつの間にやら得意になってるし。


「と……とにかく俺は旅立つ。仲間と姫を連れて。国王の許可が下り次第、な」


 執務室大テーブルには、反対する者は誰ひとり居なかった。


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