ep-3 サバラン宿への帰着
「おう! まさか……」
叫んだサバランが、帳場から飛び上がった。旅籠の入り口まで駆けてくる。
「ブッシュ、旅から戻ったか!」
「まあ……なんとか」
王宮を辞した俺とティラミス、マカロンは、サバランの冒険者宿に顔を出した。あーちなみに妖精プティンは「久し振りにふたりで過ごす」ということで、タルト王女の元に残っている。
「よく帰ってきたな」
形だけ……といった様子で俺と握手すると、がばっとマカロンを抱き締める。
「じいじ、心配してたんだよ」
「痛いよ、サバランおじいちゃん」
手をばたばたしている。
「これはすまん。つい嬉しくて」
言うもののもうひと抱きしてから、ようやくマカロンを解放した。
「ティラミスもほら、おいで」
両手を広げる。
「サバランのおじさま……」
軽く一度だけ抱かせると、すっと離れた。
「お元気そうでなによりです」
「お前たちもなあ……」
マカロンとティラミスの姿を、嬉しそうに眺めている。
「一年も経ってないのに、すっかり育ったじゃないか、マカロンは。ティラミスは……全然変わらんが」
そりゃあな。人間に擬態したとはいえ、なんせ不老不死の存在だからな。
「にしてもブッシュ、お前がボロを着てるのはともかく……」
睨まれた。
「ふたりとも、服も着替えさせてないだろ。皺々じゃないか。そんなんじゃ俺の孫は安心して預けられんぞ」
そりゃあな。細かな雑務は最低限にして、公国から王都まで最速で飛ばしたからな。宿に泊まったのも一度だけ……二度だったかな。ともかく後は御者交代で夜通し飛ばし続けた。闇夜はトーチ魔法を使ってな。
てか、孫じゃないだろ……。
「ちょうど今、最上階のいい部屋が空いている。今日からそこに住め。とりあえずふたりを風呂に入れてこい、ブッシュ。お前も体を洗え。終わったら三人揃って俺の部屋に来い。準備しておく」
「準備……」
「いいから」
不審そうな俺の顔を見て取ったのだろう。怒ったように話を終わらせる。
「ほらほら、三〇二号室だ」
鍵を投げてきた。
●
まあ、口は悪くとも、俺達のことを考えてくれての発言だ。それにそもそも、ゲーム小説世界転生初日で下着一枚だった俺を救ってくれたのは、サバランの親父だしな。言われたとおり、風呂上がりでぴかぴかの家族三人で部屋を訪ねた。
「おう、待っていたぞ。入れ入れ」
部屋に招かれると、壁に大量に服が掛けられていた。かわいらしい、子供用女子服だ。
「なんすか、これ」
「孫の服に決まってるだろ」
なにを当たり前のことを……といった顔で、髭など撫でている。いやだからティラミスとマカロンはあんたの孫では――以下同。
「出入りの呉服商がよく持ってきてくれてな。お前らが旅に出てるからいらんと言ったんだが、まあまあこれなんかかわいいっすよ――とか見せられてな。試しにひとつ買い、次はふたつ買い……とかしてるうちに溜まった」
「はあ……」
うわこれいいように営業されてるじゃん。まあ女に入れ込むよりはマシか。いやこれ女に入れ込んでるってことか……。
などとぼんやり考えていると、サバランは手を叩いた。
「ほらほら。マカロンちゃんはまずこれな。ティラミスはこっちだ」
服を押し付けて、ふたりを奥の寝室に送り込む。それからはモデルふたり観客ふたりの謎ファッションショーだ。次々着替えさせては、うんうんかわいいかわいいなどと頷いている。目も潤んでるし、もうこれマジふたりを孫扱いだろ。
「はあー……」
ショーが終わったのは二時間後だった。サバランのおっさんは、満足げに溜息などついている。
「かわいいなあ……」
涙を浮かべている。
「俺の娘も早く産んでくれんかなあ……孫」
成人して家を出た娘さんのことだな。こりゃ娘さんも期待に応えるの大変だわ。着替え終わった服はまだソファーとかそこらに畳んである。マカロンは疲れたのか、ティラミスに抱かれてうとうとしている。座っていただけの俺はまだしも、ティラミスもさすがに眠そうだ。
「そろそろ部屋に下がります。飛ばして王都に戻ったので疲労が溜まってまして」
「だから服がくちゃくちゃだったのか」
「そういうことです」
「これからお前はどうするんだ、え、ブッシュ」
着せ替えごっこにようやく満足したのか、俺とティラミスに疲労回復効果のあるマジックティーを振る舞ってくれた。助かる。
「ええ。実はまた家族で旅に出ようかと」
「まあ……お前は冒険者だしな」
じろっと俺を見る。
「こんなに強い男になるとは思わなかった。あの底辺冒険者が」
面白そうに笑っている。
「マカロンちゃんを勇者に育てるんだろ、お前」
「ええ。そのための旅です」
王女を連れ出すとかは、もちろん明かさない。どえらい騒ぎになるからな。
「まあ頑張れ。わずかな金とはいえ、俺も援助してやる」
「いえ、当面の資金は王宮から出ますし。ノエルやプティンも同行するので、自分達で道中稼ぐんで」
「ノエルか……」
訳あり顔で、俺を見る。
「お前といいコンビになれそうだな。パーティーとしても……プライベートでも」
まあ傍から見ればそう思うよな。男女コンビだし。
「おう、わかった。俺も若い頃は冒険の日々を送ったからな。男が荒野に出たくなる気持ちはわかる。俺はここで商売しながら、帰りを待つわ。三人とも、考えて見れば身寄りがないもんな。ここを実家だと思って、いつでも戻ってこい」
「ありがとうございます、サバランさん」
ティラミスが頷く。
「おう。マカロンちゃんを大事にしろよ、ティラミス」
「ありがとうございます、サバランさん」
「ブッシュ、お前はどうでもいいが、ふたりとノエルに怪我させるなよ」
「はあ……」
おっさん……。俺と女子連中に対する扱い、違いすぎるだろう。
「別に明日旅立つわけでもないんだろ。出発の日まで、俺の宿でゆっくり体を休めろ。明日からは、栄養のつく飯を、腹いっぱい食わせてやるからな」
うたた寝マカロンを、サバランが抱き上げた。
「部屋までは俺が抱いてやる。いいだろ、ブッシュ」
「腰をやりますよ」
「平気だ。孫を抱くのは、じいじの特権だからな」
幸せそうに、ハゲヒゲのおっさんは無邪気な笑顔になった。
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