後編

 ――転んだら死ぬ。転んだら死ぬ。

 廃工場を飛び出して、雑木林を駆け下りながら、足元の一点を見つめて必死に走って逃げ続ける。やはりここは山奥だ。

 椅子を抱えて中腰姿勢で、両手も縛られてちゃ受け身も取れないし立ち上がれないだろう。


 転んだら終わり。追いつかれても終わりだ。

 そうやって、抱える焦燥感のままやっと林を抜けた先。

 道路が見えた。

 民家もある。

 交番などは、伺えないが。

「はぁっ、はぁっ」

 それでも焦りに身を任せた俺は、道路を渡って交番を探そうとした。ちょうど、車が通りかかる。俺は敢えて立ち塞がるように道路上に転がった。


「たっ、助けて……! 女に殺される……!」


 慌てて停車し降りてくる運転手に、俺は必死になって命乞いをする。

 自分でも思う、異様な姿だ。山奥から椅子に縛られた男が下りて、助けを求めるなど、事件性しかないだろう。

 運転手は俺を疑うことなく心配し、すぐに働きかけてくれた。

 ――俺はあのイカれ女から逃げおおせたのだ。


 休日。午後四時頃に起きた事件。

 警察に引き取られた俺は隠すことなく女の事を話し、三十分もするころには、女は逮捕、連行されていた。

 夕方には件がニュースになる。

 男子高校生を拉致し、縛り上げ、殺害未遂として23歳の女性が逮捕。

 女は犯行動機を「妹が殺された。イジメの主犯格が許せなかった」と供述。それは真っ赤な嘘だった。

「全部アイツが悪い……」

 何もかもが、正しく全部。

 自殺したのは俺のストーカーだ。

 去年の夏まで話すこともない、クラスの中でも対極な場所にいた根暗な奴。

 告白を、断った。それが全ての始まり。話したこともない、顔も別に好きじゃない、第一彼女に困っていない俺は、特に迷いなく断った。アイツはそれから付き纏うようになった。

 厄介だった。

 イジメた事なんか一度もない。俺はむしろ関わらないようにしていたぐらいだ。アイツが俺に持つ好意は、気味が悪いし気持ち悪い。醜悪だった。

 ひどい言葉を浴びせたことは、実際ある。あまりにもしつこく、我慢ならなかったのだ。

 だがアイツは更に執着した。

 クラスではグループラインが作られている。そこからの繋がりで、アイツは友達追加を何度も何度も繰り返してきた。

 引き受けたのが俺の唯一の過ち。

 ラインはひどく一方的なやり取りだ。変な質問ばかり、変な時間の着信ばかり。最初こそ俺は、罵詈雑言を吐いてしまった反省もあるし、同じクラスだし極度に仲の悪い相手なんて作りたくなかったから。

 それなりに答えていたが、彼女でもないブスな女の四六時中のメッセージなんて、相手する方がイカれてる。

 秋にもなる頃ブロックした。

 その翌日、わざわざ朝イチで黒板にデカデカと、俺を悪者にするように晒し上げてきやがった。

 それからはブロックすることも許されない。強引な二度目のトモダチ。

 ここで気付くべきだった。そして俺も慎重になるべきだったろうか。

 少なくとも、アイツは間違いなくクソ女だ。それだけは言える。

 校内では常に視線があった。過激な画像を送ってくるようになりやがった。ライン上では彼女面するだけではなく、地雷女のような態度を取る。

 人のせいにする事しか出来ないクズ。人の倫理観を利用して脅す事が上手いクズ。

 面倒くさい。勉強にも集中できない。だからアイツがある日、何百も連なる一方的なラインの中で、そう、


『もう死ぬから』


 ……なんて、軽々しいようなメッセージを飛ばしてきやがったから。

『じゃあ死ねよ』とは、言ってしまった。


 なんで俺が罪悪感に苛まれなきゃいけない。

 まさか本当に、いや、言っても仕方ないだろうが、だが、あり得ないだろう。

 せいせいなんてしなかった。最後の最後まで振り回すアイツに対しての憎悪しかない。

 そして今日だ。最低の置き土産を残しやがった。

 だいたい予想は付いている。ブロックした時と同じだ、あらぬ事ばかり、あるいは脚色と妄想で、存在しないイジメの主犯格に俺の名を残す。

 良くも悪くもアイツは孤立していたからな。イジメという話に疑う奴もいなければ弁明する仲のいい奴なんていないだろう。

 明日は登校日。憂鬱だ。

 姉もクズだ。妹思いは良いだろうが、現実がまるで見えてない。この近辺で自殺者の出た高校はウチしかいないんだから、報道される供述内容から真っ先に俺が狙われる。


 俺は、何も、していないんだぞ。

 ただ普通に、勉学と部活に励んで、大学を目指していただけだ。何も、何も悪いことはしていない。

 誰にもそれは伝わらない。事実であることを打ち明ける手段がない。

 学校に、行きたくない。

 死んでしまいたいのは俺の方だ。なんで真っ当に生きてきて、ここまで呪われなければならない。


 ――事情聴取を終えて、夜。

 俺はやっと自宅に帰った。

 家族は優しい。まだ理解を示してくれている。

 俺は自室に籠る。

 パソコンをつける。

 メールが無数に届いている。

「はあ……?」

 誹謗。中傷。捨て垢ばかり。なんでこんなに。

 スマホを開いた。俺のSNSにも同様にDMがいくつも。ラインには、正真正銘友人からのメッセージ。

 お前、やばいぞ。とリンクが一つ。

 パソコンで付ける。匿名掲示板サイトだ。

「ふざっ……」


【この人がいじめっ子です】

 未司祐也 18 ○○○高等学校

 住所××××-××× 番地△△△

 電話番号□□□-□□□□-□□□□

 メールアドレス◇◇◇◇◇@◇◇◇.◇◇

 SNSアカウント(リンクが貼られている)

【妹のためにみんなで苦しめてください】


 ……俺の個人情報。晒し上げたのは女らしい。

 最後の最後に置き土産。実に姉妹らしいクズ行為だ。

 女は英雄視されていた。俺はさながら石打ちの刑。いくつもいくつもスレが連なる。何人も何人も俺のメールやSNSに集う。

「あ、ああ、ああああああ」

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 なんで俺がこんな目に遭わなければいけない。











 プツリとパソコンの光を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【5400文字小説】貴方を苦しめたいんです。 環月紅人 @SoLuna0617

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ