鳳梨と眠鬼の話

「なんだか怒らせちゃったみたいだなぁ」

そう言って頭を掻くオーナーに、黒服の一人が声を潜めて話し掛ける。

「いつの間にあんな別嬪さんと知り合ってたんだよ」

「別嬪さん、ねぇ」

『美人』と言われたら否定してやるつもりだったが、そう表現されては否定しきれない。

「あれだろ、初期投資してくれたパトロン」

「そうだよ」

恩はある。間違いなく。それはそれとして、彼女が気味の悪い存在である事も違いない。ああして実際に肉体を持って存在する事が、何度会っても信じられない。とはいえ、肉体を伴っての面会はこれまでにも二度しかなかったが。

「夢の中でさ」

「夢?……まさか眠鬼か」

「そうだよ」

へぇ、と黒服は去った彼女の背を探す。もう人混みに紛れてしまって見えやしない。

「ああなるほど。それで『先生』か」

何度も『助言』を貰ってきた。それを元にここまで登り詰めた。古くからのメンバーは、オーナーが『先生』から助言を得ていた事を知っている。

「じゃあだいぶ長い付き合いじゃないか」

「そうだなぁ」

息を吐き出す。本当に、長い付き合いだ。

彼女の助言はよくよく見極めねばならない。解り辛く、少し解釈を間違えれば酷い目に遇うように作られている。取り違えてもそうでなくても、その結果を彼女は心底愉しそうに嗤うのだ。

「カジノ王は魔に憑かれてるってのは本当だったか」

「やっぱ魔の類だよなぁアレは」

北では人類扱いらしいが、南では眠鬼は魔の類とされている。やはり南方の方が感性が近い。彼にとって北方の人々の思想や在り方はどこか現実味に欠けている。一番性に合っていたのはティフェレト域だったが、彼はコクマ域に根を降ろした。それこそ思想と理想のために。

「神秘なんて大嫌いだ」

「出た出た。眠鬼憑きがよく言うよ」

恩はある。だが、好きかどうかと問われれば。決して好きではないし、好きにはなれない。それでも結局のところ。

「長い付き合いなんだよなぁ」

諦めのように嘆息する。

夢に現れる彼女は絶とうにも断てず、彼には逃れる術はない。

いつかその内飽きるだろう。それはそれで不快だが、それまでは。

「持病みたいな感じだ。好ましくなくとも上手く付き合っていくしかない」

「あーそう。いい御身分だぜカジノ王は。それで?本当に鴨にするのか?」

肩を竦めた側近に、肩を竦め返す。

「まさか。不正なんて、神秘以上に大嫌いだ」

「流石娯楽の神アクラハイルも振った男。そうじゃなくちゃな」

神秘へんなのにばかり好かれて困る」

一度思い切り苦い顔をしてから、気を取り直して背筋を正した。

「立ち話が長引きすぎた。仕事に戻ろう」

「イエス、ボス」

勿論不正をしたりはしないが、心中全力で「大負けしろ」と強く念じた。

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セフィロート拾遺集 炯斗 @mothkate

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