第14話 百合の咲く場所で

◆葉月


 やってしまった。と、朝起きたときにそう思った。

 昨日は焦りすぎてしまった。一太郎と結婚したい、子供がほしいという、原始的な欲求に負けてしまったせいで、彼のトラウマを掘り返す事になってしまったのだ。


 何事もなかったかのように一太郎は朝仕事へと向かっていったけれども、やっぱりどこか遠慮しているような感じだった。

 私自身もその失敗に苛まれすぎていて、昨夜はあまり眠れていない。今日の仕事を完遂できるかどうか、体力的にもちょっと危うい。


 仕事場に着くと、既に相方が開店準備をしていた。


「おはよう。……葉月、顔色良くない」


「あーうん、ちょっとね」


「休む?」


「大丈夫大丈夫。すぐに慣れるから」


 私の体調を気遣ってくれているこの人は昔からの知り合い。坂柳さかやなぎ由宇ゆう

 東京でAV女優をやっていた時からの付き合いで、その頃由宇は撮影スタッフだった。

 カメラの扱いには長けているし、人物を撮ることに関してはなかなかセンスが有るなと私は一目置いている。

 ただし、めっちゃ口下手。だからフォトスタジオを開業するにあたって、それを補うために私に声をかけてきたというわけだ。


 ちなみに、背が高くてスラッとしていて、髪型はウルフカット。声もちょっと低いし、おっぱいは小さい。

 しかし、こう見えてれっきとした女性である。めちゃくちゃ男に間違えられるし、フォトスタジオのお客さんからも私と由宇が夫婦だと思われてしまうことがよくある。でも、中身はちゃんと乙女心たっぷりの女の子。

 最近は異世界を舞台にしたヒロインが溺愛される感じのラブロマンスにハマっているらしい。由宇の部屋にはそういう小説と漫画がたくさんある。


 他人の事情についてあまり首を突っ込むタイプではない由宇だけれども、今日ばかりはそうでもなかったらしい。


「……やっぱり変。葉月、なにかあった?」


「うっ……、由宇でもわかっちゃう? やっぱり相当へこんでるんだなあ私」


「私で良ければ、教えてくれる?」


「うん……、ちょっと聞いてほしいかも」


 珍しく由宇が話を聞いてくれると言うので、私は事の一部始終を彼女に話した。


「……葉月、せっかち」


「うー……、それは重々承知しております……」


「でも彼、ちゃんと話せばわかってくれそう」


「そうだといいけどなあ……、余計にプレッシャーかけちゃったりしたらどうしよう」


 私はひとつため息をついた。こんなに何度もため息をついた日は生まれて初めてかもしれない。

 下手をしたら、一太郎の前の奥さんと同じようなことをしていたかもしれないのだから。

 いつもならすぐ切り替えられる私でも、こればかりは引きずらざるを得なかった。


「とりあえず休みなよ葉月。飛び入りでお客さんが来ない限り今日は暇だろうから」


「……うん、そうさせてもらう」


 私は休憩室に入って横になる。こういうときに気を使ってくれる由宇は本当に優しい。


 ふと目が覚めると、時計はお昼前を指していた。

 予約でもない限りこんな平日の昼間にお客さんなんて来ない。だけれども、今日は珍しく来客があった。

 お店の受付カウンターにある呼び出しのベルが鳴らされると、私は大慌てで表へ出る。

 

「あのー、すいませーん」


「はいはいただいま!」


 来客は一人の女性。ぱっと見た感じ、私と同い年くらいだろうか。


「ええっと、飛び入りで申し訳ないんですけど、ちょっと撮ってほしい写真があって」


「はい。どのような写真をご所望ですか?」


「私、会社を経営しているんですけど、ウェブサイトに載せる自分の写真がなくて。ちょっと今仕事がやっと手すきになったので撮れたらなーって思ったんですけど……」


「なるほどそういうことですね。大丈夫ですよ」


 今日は予約が入っていないので、その女性の撮影はすぐに始まった。

 私はその人のメイクや髪型を整えて、衣装を合わせる。由宇はスタジオでカメラを構えてパシャパシャとシャッターを切っていく。

 それほど特異なシチュエーションでもないので、撮影は順調に進んだ。


 しかし私の体調は順調に回復していたわけではなく、撮影途中なのにしんどくなってきてしまった。


「葉月、大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。これくらいならなんとかなるって。この程度で倒れるようなヤワな身体してな……」


 由宇の心配を笑い飛ばそうとしたところで、不意にクラっと来てしまった。急に無理矢理テンションをあげようとしてしまったからかもしれない。

 由宇は倒れかけた私を抱きかかえる。ちょっとカッコいいなと思ってしまったのは内緒。

 

「……やっぱり休んでなよ」


「わかった……、そうする」


 由宇にこれ以上心配をかけるわけにもいかないということで、私は再び休憩室に戻ることにした。

 そこで私は、一つ仕事のミスに気がつく。


「あっ……、お客さんに受付カード書いてもらうの忘れた」


 お客さんには名前や連絡先を書いてもらうのだけれども、突然の来訪だったのですっかり忘れていた。

 由宇にメッセージを打っておいて、撮ったあとに書いてもらうことにしよう。


 ミスばっかりで情けないな、と思いながら私は再びまぶたを閉じた。


※すいません、これから更新頻度落ちます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バツイチ女性恐怖症の僕を助けてくれたのは、元セクシー女優の幼馴染でした。 水卜みう🐤青春リライト発売中❣️ @3ura3u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ