第13話 逢瀬
葉月はこの街に来てから、友人が開業したというフォトスタジオで働いている。
その友人は東京でAV女優業をやっていたときからの付き合いらしいけれども、僕はその人について詳しいことを知らない。
名前はおろか、その人が男か女かすら知らなかった。
聞けばいいだけのことなのだが、それが原因で自分がモヤモヤするのが単に嫌なだけでこうなってしまった。釘崎の推理が合っているのならば、その友人が何かキーマンである可能性が高い。
急遽今日の業務を切り上げた僕と釘崎は、葉月が勤めているフォトスタジオへと出向くことにした。
「住所的にはこのあたりだね。あの建物かな?」
「そうだと思う。雑居ビルの2階だって言ってた」
スマホでマップアプリを開きながら僕と釘崎は葉月の働くお店を探す。
狸小路7丁目よりさらに西、賑やかな場所から少し離れた雑居ビルの2階にその店はあると、マップアプリは示していた。
「2階じゃ中の様子はわからないね」
「覗くわけにも行かないしなぁ……」
「それなら、客として潜入しちゃえばいいんじゃない?」
「いやいや、僕が入っちゃったらバレちゃうでしょ」
すると、釘崎はジト目で僕を見る。何かおかしいことを言っただろうか。
「普通に考えて私が入ればいい話でしょ。それに、写真撮りたい真っ当な理由を用意してあるし」
「真っ当な理由?」
「会社のウェブページってよく社長のメッセージと写真載ってるじゃん。あれを撮るってことで」
「……なるほど、確かに真っ当だ」
釘崎にしてはきちんと作戦を立ててきていたようで、僕は少し感心してしまう。
そういえば会社から出てくるときにやたら釘崎はメイクアップに時間がかかっていた気がする。今思うと、それはこの作戦のためだったのかもしれない。
「そういうわけで中の様子は私が見てくるよ。……ええっと、こういうのは経費で落としていいんだよね?」
「いいよ。会社の経営にきちんと使われているお金だから問題なし」
「りょーかい。高橋には悪いけど、私一人でとりあえず見てくるから喫茶店かファミレスかどこかで待ってて」
「わ、わかった。頼むよ」
任せなさい、と釘崎は鼻息を荒くする。
頼れるリーダーという性格ではないが、何か事件があっても慌てずに肝が据わっているのは彼女の強みである。それに救われたことも、僕は何度かある。
釘崎の働きと、葉月がシロであることを信じて僕は近くのファミレスに入った。
この待つだけの時間が、僕にとっては苦行である。
2時間程度待っただろうか、釘崎から今終わったというメッセージが届く。
そこから10分もしないうちに、僕は彼女とファミレスで落ち合うことになった。
「ど、どうだった……?」
僕の心配事はただ葉月に何も疑惑がないかどうかということ。
そこさえ晴れてくれれば、あとはどうとでもなる。
「ちょっとこれ……、見てほしい」
釘崎が取り出したのは自身のスマホ。その画面に表示されたのは、彼女が先程撮影したであろう1枚の写真だった。
「えっ……、うそ……だろ……」
僕はその写真を見た瞬間膝から崩れ落ちた。
あれほど葉月のことを信じていたのに、まんまと裏切られてしまったと思わざるを得なかったのだ。
その画像は、フォトスタジオの片隅で葉月が誰かに抱きしめられている瞬間を捉えたものだった。
釘崎が容赦なく捕らえたその1枚の写真。葉月の相手は、少し背の高い、細身の人。
ぱっと見では男か女かよくわからない、中性的な人だった。
「高橋に見せるかどうかちょっとためらっちゃったけど、誤魔化しても仕方がないよね。これじゃ」
「……ちょっと頭の整理が追いつかないや。ショックすぎる」
「あまりこんなことをいうと追い打ちになるかもだけど、この2人、仲は結構良さそうだった。仕事場ってことは、結構頻繁に会ってるよね」
二人で切り盛りしているというフォトスタジオ。元々気心知れた知り合いなのだ。他に邪魔者がいなければ、葉月とこの人との仲は深まってもおかしくない。
それこそ、僕と同棲している葉月にとっては、この人と二人きりになれる絶好の機会だ。
時折、仕事が入ったと言って急いでフォトスタジオに出向いていた葉月。もしかするとあれは、仕事ではなく単なる逢瀬だったのかもしれない。
考えれば考えるほど頭の中でパーツは繋がっていく。その度に僕は絶望感に襲われた。
せっかく癒えたはずのトラウマが、見事にえぐり返されてしまう寸前だった。
「高橋、落ち着いて。こういうときは今すぐなんとかしようと思っちゃダメだよ」
「……どうして?」
「冷静じゃなくなったときに判断するのは一番良くないんだって。これからどうするかは、ゆっくり考えていくしかないよ」
「それは……、そうかもだけど……」
釘崎は僕を諭すようにそう言う。確かにこの精神状態では何を考えても無駄かもしれない。
「とりあえず会社に戻ろうよ。家に帰りたくなかったら、泊まっていってもいいからさ」
「……わかった」
ふらふらとした足取りで、僕はいつの間にか会社へと戻ってきていた。
そのあと、何も考えたくなくなって、とにかく惰眠を貪った。
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