34話 共闘。

「ははぁ、なるほど。それで頸を──すぱーんと」


 進化の系譜として始祖たる種族を忌まわしい計画の礎石に使い、同族たるオビタルさえも疫病の災禍に落とそうとしているのだ。


 裏切りに加担した罪のみで死を与えようとしていたトールにとって、いかほども痛痒に感じるところはなかったが、ウォルフガングに抱いていた印象は変わらざるを得ない。


 謀略をいとわず、打算に長けた能吏──。


 フォルツ代官ウォルフガングに対して、かような世評に基づく人物像をトールは想定していたのである。


 ──意外に激情家なのかなぁ。


「実に汗顔の至り。賊をお引渡しすべきところを、内から湧く衝動を抑え切れず──」


 反省の弁には沿ぐわぬ落ち着き払った物腰でウォルフガングは語った。


「アハッ。まぁ、いいですよ。ところで、クラウディオ公はどうされたのです?」


 比類なく誇り高き臆病な若鷹クラウディオ・アラゴンは、フォルツ艦隊に護送させてサヴォイアをまかり通り、邦許への帰路に就こうとしているとは容易に想像できた。


 援軍にしては少なすぎる艦艇五千隻とは、サヴォイアの混乱に介入する意思は持ち合わせていない事を示しつつ、敵勢から迂闊には手を出されない規模と言えよう。


「おお、すっかり失念しておりました。若鷹殿は──」


 そう語るウォルフガングの口端に、己の意思では抑え切れない緩みが浮かぶのを、トール・ベルニクは見逃さなかった。


「帰邦を延期されてファーレンに集うお仲間達の許へ尻をまき──いえ、急ぎ向かわれました。トール伯との旧交を温める機会を逸した点は、大いに無念を感じておりましょうな」


 クラウディオの真意には興味の無いトールだったが、くだんの口振りからウォルフガングの意図を理解した。


 ──なるほど、メッセージなのか……。


 侍医ピルトンの頸をあっさりと落としたのは生かすに値しないと判断しただけでなく、クラウディオやファーレンなどの好戦派に対して釘を刺したのである。


 事が治まるまで大人しくしていなければ、誰が相手であってもウォルフガングは容赦しない──と。


 慌てふためき同志達の許へ駆けたクラウディオは、青鳩あおばととの関係を精算しようと動いているのだろう。


「ウォルフガングさんの事情は理解しました。ともあれ、きたる危機に際して手を結ぼうというわけですね」

「左様です」


 ウォルフガングが頷く。


「ピルトンの言によるなら火の手はグリフィスとトスカナで上がる可能性が高い。つまりは、何れの勢力圏も忌まわしき災厄に晒されているのです」


 エヴァン失脚後のグリフィス領邦は、有力者同士の絶え間ない権力争いにより政情が安定せず、その間隙を衝く形で青鳩あおばとが根を張り巡らせ本拠地としていた。


 彼等が何を企図するにせよ、事を起こし易い地勢であるのは確かだ。


 他方、ピルトンの口から名の上がった、新生派勢力に属するトスカナ領邦だが──、


「アイモーネに唆された者が差配する星系ですな」


 隣接する大邦オソロセアにへつらい続ける立場からの脱却を企図したが、オリヴィア宮の聖堂にて異端と大逆の汚名を着ながら小人に喰い殺されている。


 サヴォイアとは異なり実子への邦笏継承を認めた為、多少の混乱は有りつつも恭順の意思を示していた。


 だが、同星系には別の問題が有るのだ。


「ええ。けど、よりにもよってトスカナとは……。う〜ん、不味いです」

「──グリフィスと近いイーゼンブルクも危うく、私も同じ懸念を抱いております」


 トスカナ、そしてイーゼンブルク。


 何れも軌道都市としては片田舎に過ぎないが、重要なのは彼等の星系が有する地表世界である。


 数千億余のオビタルと古典人類が消費する穀物の過半は、両星系の地表面が産出していたのだ。


 炭素生物の生存を許容するハビタブルゾーンと言えども、地球の大地を祖とするイネ科作物に適した土壌を持つ地表世界は限られている。


 軌道都市や過酷な地表面を農地化するのも可能だが、コスト面から高級食材や趣味の範囲に限られていた。


「何れかで疫病が蔓延した際の悲劇は想像を絶しましょう」


 疫病の噂が流布しただけでも、穀物価格に吊られてあらゆる食品物価が高騰し、即座に庶民の生活を圧迫し始めるのは確実だった。


 実際にパンデミックが発生したなら、いっそ病より飢えで苦しむ可能性すらある。


「グリフィスは我が方で手を打ちます。然るにトスカナは伯に──」

「ええと、手を組む方には正直に話しますけど──」


 ウォルフガングの言葉を遮ったトールは、特務機関デルフォイ──つまりはテルミナ・ニクシーが既にグリフィスへ向かっている旨を説明した。


「彼女から状況報告が未だに無い点は気掛かりですが、そちらの長手を入れるなら現地で協力させましょう」

「それは助かりますな」


 主人アダム・フォルツから聞いた通り手の早いベルニクに対し、改めて舌を巻き警戒心を固めつつも結ぶ相手としては心強いと感じていた。


「急ぎトスカナへもデルフォイを向かわせ──ん? そういえば……」


 トール股肱の臣とされる中央管区艦隊司令ケヴィン・カウフマンが、久方ぶりの長期休暇をトスカナで家族と共に過ごすと聞いた話を思い起こす。


 ケヴィン本人の視点で語るならば、思い出してとなるが──。


「そうだ、頼りになる人が居合わせてるぞ、うんうん」

「ひょっとして──い、いえ、何でもありません」


 同地にてケヴィンが休暇中である情報を掴んでいたウォルフガングだったが、余計な事は言わぬ方が良いと考えて語尾を濁した。


「後はパトリック大将には太陽系へ戻って貰って──それから──」


 トールの脳内に浮かぶ盤面では、それぞれの駒が動き出している。


「あっと、そうだ、ワクチン。ワクチンの確保と頒布が必要ですよ」


 ウイルステロを未然に防ぐのも重要だが、全てのオビタルと古典人類にワクチンを接種させる難事業こそが根本的な解決に成り得るだろう。


「──その件ですが、トール伯。憎きピルトンめの大言とは違い発症したのです……」

「え?」


 ピルトンが引き連れてきた医官達の証言によれば、発症予防率は八十パーセント未満だったのである。


 哀れな検体が二十パーセントを引き当てたか──、


「あるいは変異した可能性もありましょうな」

「同氏の豪語した抗ウイルス薬は如何です?」

「感染から二十四時間以内に投与しなければ有意な効果は無い、と」


 ウォルフガングは眉間に皺を寄せ首を振った。


「それも困りましたね。急いでmRNAと治療薬をデザインさせないと──」


 感染サンプルさえあればmRNAワクチンの設計から生産に至るのは容易なのだが、変異リスクを抱えた状態で、流通から接種までは厳しい道程になるだろう。


 ともあれ、刻が無いのだ。


「ロイドをお使い下さい」


 トールの傍に控え沈黙を守っていたグリンニス・カドガンが口を開いた。


「ハロルド・ロイドと、ベアトリーチェ先端研究所は、何らかの打開策を見出だせる可能性が有ります」


 グリンニスは自身の奇病を癒やす方法を探らせるため、莫大な資本を投下して帝国最大の製薬企業に育てたロイドならばと考えたのだ。


「ああ──不死兵の──」


 と、トールは少しばかり不快気な表情を見せた。


「お気持ちは分かります」


 ロイド家当主ハロルドと、ベアトリーチェ先端研究所の奉ずるドグマは、根本的にはピルトンや福音の頸木と何ら変わるところが無い。


 これ即ち、全てはオビタルの為に──である。


 地表を這い回る短命なホモ・サピエンスの犠牲など意にも介さない。

 

 その挙げ句が不死兵という思想である。


 トール・ベルニクの好意を得られるはずも無かった。


「ですが──」

「ええ、確かに事態は急を要しますね」


 為政者の下らぬ躊躇いが、さらなる惨劇を生み出す可能性もある。


「ウォルフガングさん、サンプルを──いや、ピルトンの犠牲となった古典人類方々の身柄をお預かり出来ますか?」

「無論です」


 即答した敵勢力の代官に対し、トールは信を置くと決した。


「有難うございます。では、まず──」


 これが最初の共同作業となった。


「ボク等で仲良く侵略しましょうか」


 サヴォイアの援軍でもなく、クラウディオを送るつもりも無いならば、控えめな数の艦隊を伴って侵犯した理由は明白である。


「その為に、来られたのでしょう?」


 代官ウォルフガングは、決して主人と自領に損失を与えない男なのだ。


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★ケヴィンの状況については

[結] 29話 代官の流儀。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16818023213586290616


★ロイド家と不死兵については

[結] 12話 ベアトリーチェ先端研究所。https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330665819730111


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