その十 その魔法に与えた名前は、
アキュティシマを包む赤い光球は、猛烈な勢いで構成している物質を削り取られながらクラナミズチに激突し、
光球を全て剥ぎ取られ身体が剝き出しになったアキュティシマは、宙返りをして地面に着地した。
クラナミズチは笑い声のような音が混じった雄叫びを上げ、アキュティシマを睥睨した。
『たちはだかるか、
「いいや、これ以上はやらせない! 私はこの星を、エーテラースを守ってみせる。この宇宙の向こう側に何があるのか、皆と見る、その日まで!」
刻み込むように宣言し、アキュティシマが『ケートゥス』の撃鉄を祈るように持ち上げた。
『ケートゥス』の銃口を天へ────宇宙の彼方へ掲げる。
アキュティシマの胸に青白い光が生まれ、全身に浸透していく。その身を巡る
肌や衣服が青白く暖かな光を放つ結晶のように変わり、銀色の髪と瞳が星のように光り輝く。
「『
アキュティシマが魔法の詠唱を始めた瞬間、クラナミズチは胸部の青白い発光器官を高速回転させ、その中心から電磁放射ビームの大奔流を食べ残しへ浴びせかけた。
アキュティシマはそれを真っ向から受け止め、全身で吸収して
「『何もかも消え失せようと、私達と、輝く星が覚えているぞ。────あの日の夜を、ここに!』
星の輝きを放つヒトが、己を消し飛ばさんとする奔流にも負けない強靭な響きを持つ言葉を唱えていく中、世界に異変が起き始めた。
§
「うあ……⁉」
怪獣から遠ざかろうとしていたモクレンは、数百年ぶりに感じる違和感に襲われ、近くにあった家の壁に手を突き、額に脂汗をかき、そのまま座り込んでしまった。
「これは……」
それはまるで、この惑星に生まれ落ちる瞬間に僅かに感じたものを何十億倍にも強めたかのようだった。
〔始まったようですね〕
目立たないように小さな光点まで縮んだ惑星エーテラースの意思が言った。
「始まったって……さっき言ってた、『とびっきり』……?」
〔はい。あの光こそが、この星でとびっきり強い光です〕
モクレンは、荒くなった息を整えながら、怪獣の前に現れた青白い輝きを見遣る。
モクレンには、怪獣の攻撃を真っ向から受け止める光が何なのかは見えなかったが、
「……ツルバミさん……?」
自然と口から零れたのは、きっと目的を同じとする者の名前だった。
「何だ……⁉ リカー大丈夫か⁉」
「はい、平気です!」
「何が起きている⁉ 日食か⁉ 違うよな⁉」
「ええ、日食は急に起きるものではないですし、そもそもあれは……!」
共に行動し、避難誘導を続けていたスミラとリカーが、空を見上げる。
そこにあったのは、皆既日食の時に見られる夕暮れ時のような空ではなく、
「夜になった⁉」
クリスは、
真昼の場所が、たった一人の魔法の詠唱で、瞬く間に真夜中へと変わっていくのは、この時これを目撃したほぼ全てのヒトにとって未知の現象だった。
「何が起きて……」
「姫姉様、まさか……⁉」
術者意外でただ一人、その同族たるマヤリスだけが、何が起きているのか勘付いた。
「何、知ってるの⁉」
「昔、姫姉様に教えてもらったんです。この惑星のどこでも使える魔法は、『特定の手順を踏んで限定的に世界を書き換える力』で、発動させるには効果に見合うエネルギーが欲しい、って」
「……解釈の差異はあるけど、大体そうね」
「強大な魔法────世界を書き換える範囲を広げれば広げる程、必要なエネルギーも増えていく。ならば、莫大なエネルギーを用意する事さえ出来れば、惑星で起きている事象を、宇宙すらも書き換える事が出来るんじゃないか、私達の『再生の伝承』もこれの応用なんじゃないかって……」
「…………。そんな、無茶苦茶な……」
「あの時は、計算もしてない思い付きだって仰っていたけれど……証明、出来たんですね」
マヤリスは、アキュティシマの生み出す夜空を瞳に宿して、静かに呟いた。
§
『いざ、時の彼方まで届けよう。我が
詠唱を終えた瞬間、アキュティシマを中心に、地面から業火が湧き上がった。それは周囲へ駆け巡り、貿易都市クロウディウムは
「これは、お前が作った炎とは違う、お前以外を焼かない炎だ……」
アキュティシマは足元を、ブーツに燃え移っても焼く事も熱する事もしない炎を見て、静かに告げた。
「この魔法は、惑星の何割かを、お前の力を無かった事にする空間に書き換えるんだ……」
音もなく浮き上がり、顔を上げてクラナミズチを見据える。微かに笑っていた顔は、怒りに染め上げられていた。
「力を蓄え、考える時間だけはあったんだ。────ここで会ったが百年目、今度こそ、絶対に倒す!」
アキュティシマは啖呵を切ると、クラナミズチ目掛けて前進した。一瞬で超音速まで加速し、『ケートゥス』を構え、引き金を引き更に撃鉄を左手で持ち上げて放す事で二連射した。
弾丸の着弾と同時に、夜空の二つの星から雷を纏った光の砲撃が降り注ぎ、クラナミズチの前方から右の肘関節に、後方から首の付け根に命中した。
『────おお⁉』
クラナミズチは混乱の声を上げた。銃弾も光の砲撃も、その身に吸収される事はなかった。
アキュティシマはクラナミズチの右肩を抜け、旋回しながら更に発砲。
命中と同時に光の槍がクラナミズチの頭部に十八発降り注ぎ、爆裂して黒煙を生み出した。
アキュティシマはクラナミズチが反撃を始めるよりも早く加速し、黒煙を貫いて大きく距離を取った。旋回を始め、回転弾倉の交換を始めようとした。
クラナミズチは旋回を始めた瞬間を狙って、胸部の発光器官から電磁放射ビームを撃った。
「はっ!」
アキュティシマが左手を突き出しながら気合いの声を発し、光の
その隙に一瞬で『ケートゥス』を分割し、回転弾倉だけ人工膜宇宙の『窓』へ放り込み、新しい物に交換して組み立てた。
「【火と星の海】を上書きするか! それ以上やらせない!」
アキュティシマは『ケートゥス』の銃口を光の
弾丸が
光の柱は潰れた弾に命中し、含有する
『やったな!』
クラナミズチは怒声を上げると、その場から
「うおおぁっ!」
アキュティシマは鋭く叫び、怪獣の右手の掌をハイキックで受け止めた。
蹴りの衝撃で一瞬止まった右手を足場に飛び上がり、広げた掌の上に高速回転する光輪を形成、投擲すると同時にその手刀から光の
光輪と
やがて、クラナミズチの胸部が深々と罅割れ、全身に伝播していった。
『なんだと……!』
クラナミズチが驚き、狼狽えた様子で数歩下がった。
「今だ!
アキュティシマが両腕を振るのと同時に、クラナミズチを遠巻きに取り囲むように、魔法の呪文、計算式、歯車、そして無数の点と線が複雑に交差した幾何学的な模様で構成された魔法陣が八つ出現した。
「
魔法陣がクラナミズチ目掛けて漏斗のように伸び、空間そのものに干渉しつつ深々と突き刺さりその場に拘束した。
『ぬうう⁉』
アキュティシマはクラナミズチが身じろぎするのを見ながら、『ケートゥス』の撃鉄を半分まで上げ、人工膜宇宙の『窓』に左手を突っ込み、青白い光を放つ弾丸────
続けてローディングロッドを僅かに戻して回転弾倉を調整し、撃鉄を完全に上げ、ローディングロッドを完全に倒した。
アキュティシマは左手でローディングロッドを持つと、左右の手で前後から挟み込むように構えて固定した。
撃鉄の上に青く細い光の照準器が出現し、クラナミズチの胸部の発光器官を中心に捉えた。
「
次の瞬間、夜空に輝く全ての
それは百年間、アキュティシマがツルバミ/ガンファイターエルフと名乗って活動する間、この日のために蓄え続けた己に宿る光であり、星々の輝きを正しく模したものでもあった。
「う、ぐあ……!」
途方もないエネルギーを全身で受け止め、爆発四散するかのような激痛を全身で感じ────それでも、微笑んでみせた。
きっと、『本当に強いヒトは、戦う時に微かに笑う』のだから。
「────輝け……もっと強く! どこまでも、届くように!」
身体に集まる輝きが一際強くなり、今のアキュティシマが行使可能な最大最強の一撃を放つ準備が完了した事を告げた。
アキュティシマは両の
「届け────
この星の何よりも強い祈りを捧げ、トリガーを引いた。
撃鉄が落ち、発火済みの雷管が叩かれ、回転弾倉に充填された光が
次の瞬間、クラナミズチの全身は、急激に膨張し急激に縮小し重力崩壊を起こし、
超新星残骸が爆発の勢いのまま大気中へ霧散し、町を舐める炎が消え、星々が消えた夜空が明るくなっていく。
「…………。嗚呼……。勝っ、た……」
力を殆ど出し尽くし、全身から放つ光が消えたアキュティシマは、ゆっくりと降下しながら、青空を見上げた。
ガンファイターエルフ 秋空 脱兎 @ameh
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