~『玉石堂』にようこそ!~異世界とつながった秋葉原の武器屋のお話

南星りゅうじ

『玉石堂』


 東京、秋葉原。かつてオタクの街と呼ばれたこの場所に、何件かの武器屋があることを、ご存じだろうか?


 そして、俺もまた、その秋葉原で武器屋を経営する一人だ。まぁ秋葉原と言っても、ほとんど御徒町寄りの、薄汚い雑居ビルの二階で、お客さんも滅多に来ない、完全に趣味の店なんだけどね。


 店の名前は『玉石堂』


 俺の名前から一文字とったのと、なんか玉石混合って言葉があるけどさ、こういう店には合う名前に思えてね。


 …まぁ、うちは石だらけな気もするけどね。





 紹介が遅れたね。俺は玉原まこと、三十半ばのおっさん。俺、バツイチでさ、以前の奥さんと別れた時に財産分与して、婚姻費用とか払ってさ。最後に残った、なけなしの全財産で仮想通貨を買ったのね。


 そう、あのギャンブル的な、ドラマティックな上がり下がりを見せるアレ。


 買った時は正直、無くなること前提で、もうどうにでもなれと思っていたんだけど、それが爆上げしちゃってね。二、三回売り買いしたら、これがまたかなりのヤバイ金額になっちゃって、怖くなったから取引やめたんだ。


 ついでに勢いで会社も辞めたんだ。


 でもさ、会社辞めると、暇すぎてね。貧乏性だから何かしていないと気が済まないし、かといってやりたくない仕事をやってても、お金はあるから、もう身が入らないし。ゲームとかばっかりやってるのも疲れるし、かといっていい車に乗りたいとか素敵な女性と遊びたいとか、もうそういうのもいいかなって。


 で、久しぶりに秋葉原に出てきて、ぶらぶらしてて、たまたま武器屋に入った時、俺、唐突に思い出したんだよね。


 あぁ、俺ガキの頃、ゲームとか大好きで、武器屋とかの店主になりたいって、真剣に考えていたことあったなって。


 そこから一念発起して、武器屋を開いたわけ。スペインとか、あっちの方で刃のない模造武器とか鎧を売っているメーカーが幾つかあってね。慣れない英語で、発注したら違う商品が送られてきたけど、お金は振り込み終わってて、文句も聞いてくれなくてさ。おまけに届いた商品は、これはもうひどいもので、金属やすりで削ったり、トンカチで後ろから叩いて凹みを直したり、御徒町で革を買ってきて、巻きなおしたりして。


 そんなこんなで、ようやく商品を揃えて、店の場所決めて契約して、掃除して、棚作って、看板作って、めでたく『玉石堂』はオープン!


 …したけど、客が全く来ない。


 そりゃそうだよね、宣伝とかしてなかったし。でもまぁ、焦らずにやっていこうかなって。そう思ってたのが、だいたい半年前だね。


 あ、階段から足音が聞こえてきた。お客さん来そう。





~♪カランカラン♪~


 今回のお客さんは…こっちの世界の人だ。ベルのついた扉を開けて、ポスターの刺さったリュックを背負った男性客二人。こっちのお客さんだから、入口の扉の横に置いてある水晶玉は案内しない。案内しても使えないだろうし。


「田中氏、田中氏、ここは武器屋でありますね。フォフォ」


「ええ、佐藤氏、しかるに、パッと見たところ品揃えが良くないであります」


「種類が少ないでありますな。これではお客も喜べないでござろう」


 大きなお世話だ。でも…言っていることは事実だ。


「田中氏、この真ん中の羊皮紙らしきものに描かれた世界地図は妙に出来がいいでござるよ」


「おぅふ、いかにもなファンタジーなマップ。武器よりも出来がいいとは、これいかに」


 うーん、それ本物だし。出来は確かにいいだろうなぁ。


「田中氏、ヒノキの棒が5,000円とある件に関して。高すぎでしょう。グフォ」


「佐藤氏、我らの今日のターゲットは武器屋ではなく、『ニャン娘☆戦士エルスターズ』の推しのフィギュアでござるゆえ…そろそろ向かうでござるよ」


「ではでは…」


 六畳ほどの店内をぐるりと見まわして、お客さんは帰っていった。まぁ、正直うちの品揃えはよくない。ネットで、秋葉原、武器屋と入力して、画像検索して出てくる武器屋の店内画像を、半分とか三分の一の規模にした感じ。それがうちだ。…だいたい雰囲気わかるでしょ?


それにしても、今時いかにもな、オタクな人たちだったなー。





 またボーッとネットサーフをしながらお客さんを待っていると、ドカドカと乱暴な足音が響いてくる。あれ、この感じは…あっちの世界のお客さんかな。


~♪カランカラン♪~


 扉が開くなり、生温かい風と共に、背の高い白人風の、体格のいい冒険者二人組が入ってきた。汗臭く (冒険者ってのはだいたい汗臭い)、体のあちこちに刃物傷があり、目つきも悪い。腰には剣を差し、背中には盾を背負っている。


「$*、Й@仝□@Д$Д$((@?」【※①】


「Д$Ж\((@、《(*Д#ЫД@?」【※②】


 いや、全然わからない。何度聞いても、ほにょろろろだとか、はにゃほろろろ、としか聞こえない。でも俺は慌てずに、扉の脇にあるソフトボール大の青い水晶玉を指さす。


「*$?Й@仝□@Ю、§@(($仝ЫД*Й$Ю*#Ю#ю*Д@!」【※③】


「Д$仝Й@、◇@Д\¥§$Й$…」【※④】


 男達が水晶玉に手をかざすと、その体が一瞬だけ青く光る。二人は改めて、こちらをギョロリと見ると、日本語で話し始めた。


『おう、店主、ここはなんだ、武器屋か?』


『こんなアホみたいに高いはずの魔水晶を置いてあるのに…見たところ武器は、どれも刃も突いていないなまくらばかりだが…本当に武器屋なのか?』


 こんな反応をされるのはいつものことなので、俺はいつもの答えを返す。


「ええ、実は、こちらの剣はどれも練習用のばかりでして…」


 言った瞬間、二人はきょとんとして、そして互いに目を合わすと大爆笑する。


『ウハ、ウハハハ、聞いたか兄弟?練習用だってよっ!練習用の剣しか売ってないんだとよ!ウハハハ』


『あぁー、だから、どれも見てくれだけは、いいのか!あぁ、そうか、こんな高い魔水晶を置いてあるのも、あれか、ここは貴族がくる店なのか?それにしては、せまいな。というか、店にしては小さすぎるだろう。ブハハ』


 しばらく笑いまくった後で、真顔になった二人が聞いてくる。


『んん?店主、お前はどこの生まれだ?』


『確かに見たことのない肌と髪の色だ。店主、国はどこだ?魔水晶も翻訳魔法だった』


 俺は、この質問にも決まった答えを返す。


「私は東方の島の生まれです。私の国は、私が子供のころに、既に亡くなっています」


 二人は、あぁそれでかと、納得した顔をした。俺は、そんな国があったことなど知らないのだが、あっちの世界では三十年ほど前に、東の国々は魔物の大侵攻によってことごとくが滅んだそうだ。


『ふむ、そういうことであったか。気の毒にな』


 たいして気の毒でもなさそうな感じで、言葉ばかりの詫びを口にする二人。その二人の目は、店内のあちこちを品定めするように、じろじろと見ていく。


 白い壁紙を貼った石積みではない壁。天井のLED蛍光灯。


 カウンターの奥には低音でうなりをあげる冷蔵庫。


 確実に、二人が今まで見たことのない品物がたくさん並んでいる。


『しかし…店主よ。この店だが、なぜか空気も爽やかで涼しく、おまけに妙な器具もいたるところにあるな。これは魔法か?それにしては、魔力の流れを感じん』


『ふむ、練習用の剣を幾つか買ってやってもいい。だが、この店にはいろいろと珍しい物もありそうだ。それらを見せて欲しいのだがなぁ』


 あぁ、やっぱりだ。冒険者で、少し長く生きているやつって、妙に観察眼があって、ずる賢いというか、意地汚いというか、そういう輩が本当に多い。この『玉石堂』にある剣は、あっちの世界の人には、たいして売り物にならないが、他にあるもので売れそうなものはたくさんある。ショーケース一つとってもいい値段がつくそうだ。 あまり打つことのないレジスターや、ポットやパソコンも。用途が分からなくても、珍しい物ならなんでも買う金持ちとかも多いらしい。


『ふむ、店主よ、なんだったら俺らが用心棒になってやってもいい』


 ほら、やっぱり言った。そのセリフ。なんだろう、もうね、ヤクザ。冒険者は半分ヤクザ。それであってる。だから、俺はやっぱりこういう時に決まった返事をする。


「お気持ちは嬉しいのですが、このお店にはもう用心棒兼、お世話をしていただいている方がおりまして…」


『誰だ?それは?』


「はい、剣の魔女ミシュライ様です」


 答えた瞬間に、二人が大爆笑する。


『て、店主、嘘をつくにも、お前もっとましな嘘をつけ。グハハハ』


『剣の魔女だと?なぜ、そんな大物が、こんな店の用心棒を、ブハハハハ』


 うん、やっぱりね。全く信じていない。しかし、こういう反応を受けるのも、もう何度目だろう。


「よろしければ、そちらの赤い魔水晶にお手を触れていただければと…」


 俺が案内すると、二人組は赤い水晶玉に手をかざす。その瞬間、赤い水晶玉から、空中に立体映像がボワンと出てくる。



 褐色肌に白銀のショートボブの髪。白いまつ毛と、パッチリ開いた目に浮かぶ透き通った紫色の大きな瞳。八重歯の少し見える唇は艶めいていて、色っぽい。男だったら目を逸らせないであろう美しさと可愛さが完璧に同居した顔立ちだ。


 背は低いが、出るところは出て、くびれるところはきゅっとくびれている。布地の面積が妙に少ない、白いスクール水着みたいのを着ているので、それがよくわかる。腰にはポーチのたくさん付いた太めのベルトを巻いている。手足には、鈍色の手甲と足甲を装着し、肩からは、飾りとか徽章のたくさん付いた軍服みたいのを羽織っている。


 背中には、それぞれ色も形も大きさも異なる巨大な剣が三振り浮かんでいる。


 …そんな、どうみてもアニメでしか見たことのない格好の十代半ばくらいの美少女が半透明になって浮かんでいる。


 うん、何度見ても、ミーさんの姿は目の癒しだ。かわいい。かわいすぎる。大好きだ。


 残念ながら魔力のない俺が触っても、赤水晶玉は反応しない。だから、こういう手合いが店に来るのは、正直めんどうくさいが、この映像を見れるのなら、応対するのはやぶさかではない。


 半透明の映像のミーさんは、鈴のような、だけどキンッとした冷たさを感じるような口調で、厳かに言った。


「〆◇@Ю#Й$Й@((@ #〆Ф*◇$§$〆Д@Ж*Й@?Д$Д$((@、〆◇@Ю#Й$ Д@Å$Ю*Ж §#Ю\□@。Ж#Д@# □\Д#◇@Й@Ж@ Ю$*Ю$*Й# ◇@◇#Ю@Ж\!」【※⑤】


 うん、俺には、ほにょるるるろろろ…としか聞こえない。あぁ、でも本当にかわいいなぁ。


『背中の三剣…』


『紫瞳の悪魔…国割り…ほほほ、本物だ…』


『『て、店主、邪魔したな!俺達は帰るぞ!』』


 バタバタ、ドタドタと二人組は出ていった。うーん、やっぱりあっちの世界の人は、ミーさんのこと異様に恐れてるなぁ。国を割った (物理)とか、すごい話をいろいろと聞くけど…どうしても俺にはピンとこないんだよなぁ。たまに店に来たときに、シュークリーム渡してあげると、口いっぱいに頬張って嬉しそうに笑うんだ。お風呂場で鉢合わせちゃったときの真っ赤な顔とか、泊まっていった時の寝顔とか…

最高過ぎた。あぁ、またミーさん来ないかな…。


 俺は泥だらけの床を、モップで掃いて綺麗に掃いて、三度客を待った。





~♪カランカラン♪~


 大きな背負い袋に剣を何振りも刺し込んだ、髭面の汚いおっさんが扉から勢いよく駆け込んでくる。


「$*、§@Д$◇$!Д#ю*§$ 《(*Д#々 Й$*((#仝Й# Д#◇@Ф$!$□@#((@ #◇*§$Й$ Д@っ)))*Ж@ー§\仝 々ЮД$Ю\!」【※⑥】


 入ってきたのは、よく来るドワーフで、この店に商品を卸してくれている。名前はモガッフ。猪のような勢いで俺に詰め寄ってくるが、俺は青水晶玉を指すしかない。モガッフは、おうそうだった!みたいな感じで、分厚い手をポンと打ち鳴らすと青水晶玉に触れて、再び俺に話しかけてきた。


『おう!まこと!また剣もってきたぞ!ほれ、五振りあるから持っていけ。代金は、いつもの物々交換で頼む。三振りをカップラーメン、二振りをウィスキーだ。あの黒い瓶の方じゃぞ!』


「あぁ、いつもありがとう。モガッフ。味は何味がいいの?」


『ふむ、今日はシーフード一つと、カレーを二つじゃな。味噌もいいが、あれはちと、くどい』


「シーフードカレーなんてのも、もう少ししたら新しく出るみたいだよ。」


『なんじゃ、その夢みたいのは!それは絶対手に入れておけよ!三ケースは絶対じゃぞ!』


 そう言いながら、モガッフは背中から五振りの剣を、カウンターに丁寧に置いていく。俺は、鞘から剣を抜いて、刀身を見ながら呟く。


「いい仕事してるなぁ…」


『なんじゃ、まこと、いつから剣の目利きができるようになった。お前は武器屋のくせに武器のことなんぞ、まぁるで、わからんじゃろうが。』


 あまりにも図星なことを言われ、ぐうの音も出ない。ちょっと気分に浸りたかったんだ、それくらいいいじゃないか。


 このモガッフ、あっち側ではかなり有名な鍛冶師らしく、作った剣は名のある人しか買えないものらしい。そのモガッフ作の剣がうちに、いつも数振り揃っている。物の価値がわかる、あっち側の人が来た時に、奥の部屋に案内すると、皆、涙を流して喜んで買っていく。なんか、すごい貴重なアイテムと交換だったり、白金色の精緻な硬貨を何枚も置いていくんだけど、こっちの世界では換金もできないし、使えないんだよね。


 ちなみに、当たり前だけど、刃がついているので、モガッフの剣はこっち側の人には売れない。


『お主に説明しても無駄じゃろうが、一応説明しておくと、透明の伸びる刃の剣、障壁を張る盾の剣、炎の出る剣、幻影を見せる剣、加速の剣じゃ。ま、必要とする人間がここにくるじゃろ』


 もし俺に魔力があったなら、それぞれの剣の効果や変形を楽しめるのになぁ…と、いつものように落ち込む。落ち込む俺の姿を気にもとめずに、モガッフが早くよこせというのでカップラーメンを三ケースとウィスキーを二本渡す。


「モガッフ、チキン的なラーメンならあるけど、食べてく?」


『なんじゃ、まこと、たまには気がきくな。二つ頼む』


 そうして二人で、ずるずると麺をすすっていると、モガッフが俺に告げた。


『おう、忘れるところじゃった!まこと、メルデブドの街でミシュライ師に会うたぞ。また近々行くから、シュークリームを用意しておけとのことじゃった』


「ん、わかったよ」


 あっちの世界の情勢や、熱い武器談義(主に俺が聞くだけだけど)をしばらく楽しんだ後、モガッフは『そろそろ帰る』と立ち上がった。


『ではな、まこと。早く、お主もこの扉から、こちら側にこれればいいのう』


 そういって、ニヤリと笑うとモガッフは扉から出ていった。


「じゃあね」


 鈴がチリンとなって、扉が閉まった。


 そうなんだよね、俺はなぜかこの扉からあっち側にいけない。何度出入りしても、秋葉原 (ほぼ御徒町)の雑居ビルの薄暗い階段にしか出れないんだよね。でも…、話を聞くだけで恐ろしい世界だから、いけないくらいなのがちょうどいいと思うけど。


 ちなみに、なぜか不思議なことに、このお店であっち側とこっち側のお客さんがかち合うことはない。片方のお客さんがいる間は、片方のお客さん絶対入ってこない。なんでだろうね。


 …さぁ、今日はそろそろ店を閉めようかな。今日も一日良く働いて…いや、たいして働いてないわ。


 まぁ、こんな感じで俺の一日は過ぎていく。もし秋葉原 (ほぼ御徒町)に立ち寄ることがあったら、『玉石堂』をのぞいてみてよ。ここだけの話、本物のドラゴンの鱗とかも売ってるからさ。



 じゃあ、またね。







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【※①】「おう、なんだここは?」

【※②】「これは、武器屋か?」

【※③】「うぉ?なんだよ、魔翻訳の水晶か!」

【※④】「こんな、たけえもの…」

【※⑤】「私の名は言わずともわかるな?ここは、私の加護する店だ。理解できたなら早々に立ち去れ!」 

【※⑥】「おう、まこと!今日も武器を納品に来たぞ!お代はいつものカップラーメンをよこせ!」




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~『玉石堂』にようこそ!~異世界とつながった秋葉原の武器屋のお話 南星りゅうじ @Rsumi

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