第3話 雷雨

 古くから、人体の一部を魔法によって代替する術が数多く開発されていた。その中でも特に強力で魅力的な力を得られるのがそれだった。

【魔眼】

 術者の眼球を媒体に新たな魔法の眼へと作り替える。どんな能力が現れるかは人それぞれだが、成功した者は人間を超越した力を得たという。


 その日、姉弟子は言っていた。

『魔眼の生成に失敗すれば、その目は視力が完全に失われる。だから、世の魔術師達は盲目の保険として片目だけを魔眼に変えようとするんだって。それが隻眼の魔術師が多くいる理由なの。』

 魔眼の生成は一度しか使えない。たとえ片目だけの成功だろうと失敗だろうと例外なく一度きり。どんな結果になろうと普通の生活には戻れない。だからこそ、オリバは止めたのだ。



 魔眼を得たレノはクローゼと熾烈な争いを繰り広げていた。だが、最初こそ互角だったもののすぐに防戦一本となってしまう。魔法の展開スピードは互角。決定的な差は魔法の質と魔力量。一撃一撃が重く、攻撃に転じようにも魔力風動で乱される。


「やはり魔眼は違いますね。一体何が見えればここまで強くなれるのです?」


クローゼは明らかにオリバと対峙している時よりも余裕を見せている。

それがレノにとっては悔しかった。だが、どんなに悔しがろうとも実力差は埋まらない。かえって余計な思考が魔法の精度を悪くする。そんな防戦一方の最中、突如としてクローゼに水塊が襲いかかった。サッカーボール程度の水が猛スピードで向かってくる。

クローゼは即座にそれに気がつくと地面から生える土の大腕で難なく水塊を叩き壊した。だが、その弾かれ散らばった水はその一滴たりとも地に落ちず、空中を浮遊している。そして、水滴は生きているかのように一点に集まり、再度水塊となるとクローゼに纏わりつきはじめたのだ。水塊が顔に張り付き、呼吸や視界を妨げている。


これはオリバの放った魔法であった。

魔法使い相手となればダメージは期待できない時間稼ぎにしかならないものである。だか、それこそが重要であった。

オリバはフラフラとレノに近づき、その右肩にもたれかかるように手を置いた。


「出し惜しみはなしだぞ……。私の体ではもう使いきれない……。」


オリバの両手からレノの右肩を伝い魔力が全身を流れ始めた。

レノがこれまでに触れたことのない膨大な魔力は、次第にレノの体から溢れ出し、全身を覆いつくす。

正しく身に余る力だ。


オリバは力なくへたり込むと声を振り絞った。


「見せてやりなさい。お前のあの魔法を。そして、この場でそれを発展させなさい。」


「ああ、わかった。速攻で蹴りをつける。」


レノは右手を前に出した。


「何の因果だろうな。俺も卒業試験で雷の形与魔法に名前を付けた。」


現れたのは雷の槍であった。

鋭く長い一本の槍は強い光を放ったかと思うと爆音とともに消えたのだ。


轟々ごうごう

それがこの魔法の名前である。


だが、そんな魔法もクローゼはしっかりと防いでいた。土の大腕には柄の短くなった雷槍が突き刺さっている。


「落雷の速度で加速する槍がコンセプトですか。」


クローゼはつまらなそうに言った。


「これを今から発展させる。」


そうして展開させたのは数百もの雷槍であった。

これはオリバの魔力があるからこそ成しえる大業である。その全ての魔力を使い果たして放つ最大規模の魔法であった。


"雷雨轟々"


まるで打ち付ける豪雨のようにクローゼに槍が降り注ぐ。

クローゼはさらに巨大な土腕を展開し、2本の土腕で防いでいく。クローゼの周囲と土腕に次々と槍が突き刺さるが、その防御は揺るがない。


「ヒントはお前がくれた……。」


次の瞬間、二つの土腕が弾け飛んだ。

それはクローゼが見せた雷龍から着想を得た攻撃。

クローゼは雷に戻したが、レノはその形を別のものに変化させたのだ。槍を圧縮し、土腕の内部に小さな球を潜り込ませる。そして、それを一気に肥大させたのだ。十数本もの突き刺さった槍を同時に操作して行ったために腕は勢いよく弾け飛ぶ。つまり、レノは魔法の展開に3段階の形与を盛り込ませたのだ。



「ほう。でもそれでは次の防御魔法が間に合いますよ。」


「知ってる。」


クローゼが次の魔法を展開する直前、全身に走ったのは電撃であった。それはクローゼの周囲に突き刺さった雷槍が一斉に雷に戻った事で起こる地面を伝った範囲攻撃である。

ダメージとしては微量。だが、クローゼの行動がほんの一瞬だけ止まったのだ。

その刹那は雨に当たるのに充分な時間。

クローゼの胸に一本、また一本と槍が突き刺さる。


「素晴らしい……。」


血反吐を吐きクローゼは笑う。


そして、槍は雷へと戻りクローゼの体を駆け巡った。数個の風穴と焼け焦げた痛々しい肉体は膝から崩れ落ち、無造作に地面に転がる。


だが、レノにはクローゼの死に様を見る余裕などありはしなかった。


「ジジイ!!」


レノのすぐ後ろにいたオリバは仰向けに倒れている。その虚な目は夜空を見つめていた。

口の周りには血を拭った跡が残っている。オリバはレノの戦闘の最中に吐血していたのだ。年老いた瞳はその命が風前の灯である事を物語っている。


レノはオリバに駆け寄ると、その血まみれの手を握った。

オリバはレノに顔を向ける。

既にその目は光を失っている事がわかった。


「見事だったぞ……。」


オリバはきっとレノの勇姿を見えてはいなかっただろう。だが、優しく誇らしげに言葉を捻り出す。 

だが、レノは焦った様子で知りうる全ての回復魔法を展開していた。もう手遅れだというのはわかってはいるが、止めることはできなかった。


すると、オリバはほんの一瞬だけ、その手に力を込めた。レノの魔力は残り少ない。もう手遅れなのだと、オリバの回復に必要な魔法はないのだとレノには伝わった。

悔しさや悲しさ、己の無力感が溢れ出し、涙として表れる。そんな姿もオリバには見えてはいない。

そして、またオリバは声を振り絞り言った。


「私が死ぬことの意味が……わかるな……?」


オリバのその言葉がレノに冷静さを取り戻させた。悲しみも後悔も後回しにしなければならない理由があるからだ。


「行け……ロイスの元に……。」


その言葉を最後にオリバは息を引き取った。

レノの握った手には微細の力も込められてはいない。


ありがとうの言葉も別れの言葉も言う事ができなかった。

そんな大きな後悔と遺言を胸に、レノは森へと走りだした。


壊れた家と2体の骸を背に感じ、唯一となった家族の元へ。

深い暗闇に突き進んだ。




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