この海は愛を語らない。

來遠 眞

第1話 この海は愛を語らない。

 佐伯の身体を助手席から抱えて、生まれて初めてお姫様抱っこというものをした。きっと、これから先、誰かをこんな風に抱くことはないだろうと思った。


 佐伯の身体は見た目よりだいぶ軽くて、俺は寂しくなって、抱える腕に力が入った。昔から海が嫌いだと言っていた。

 波の音や潮の匂い、果てしない海の広さが佐伯にとっては恐怖を感じるらしい。海で泳いだこともなければ、当然溺れたこともないのに。


 なぜ、急に海を見に行きたいと言ったのか分からない。佐伯はいつも分からない。いつだって予測不能だ。そして、いつだってすぐに実行する。優柔不断で、女々しい俺にとってはそういうところもかっこいいと思うところだ。


 俺は、佐伯を抱え砂浜を歩く。


 海は穏やかで、今にも海に落っこちそうな夕陽が、目に入る全てをただ一色に映し出して頭の中でこれが茜色ってやつなのかと考えたりした。波に陽の光が反射し、キラキラと金色に見えてしまうせいか、俺の細い目がもっと細くなる。

 

 まだ、5月の海は潮風が冷たい。


 佐伯は寒がりだから、肌触りが心地よい大きめのブランケットを用意してきて良かったと思った。ここに座ろうと、適当な場所に、お姫様抱っこした状態で腰を下ろした。俺はあぐらをかいて、足を座布団代わりに、右腕は枕にした。左手でブランケットを身体に覆った。佐伯の顔は青白かったが、この寒さで鼻先がほんのり赤くなっていて、なんだか可愛く見えた。ブランケットを顔のあたりまですっぽり被らせ、潮風があまり当たらない様にすると、佐伯は少し微笑んだ。

 「寒くないか?」と聞くと、寒いに決まってんだろ。と相変わらずな返答に、俺もフッと笑った。

 不思議だ。シーンとする広い空間に波の音が耳の鼓膜を伝って身体の奥まで響いてくる。

 二人で海に来るのは、久しぶりだ。昔、佐伯が職場で色々あって辞めさせられた時、二人で丸一日ドライブに行った時以来だ。気丈に振る舞ってたけど、あんなに好きな仕事だったんだから、相当キツかっただろうと思う。俺は気の利いた言葉も言えず、ただお前が行きたいところに指示されるままに連れて行った。

 どんなことがあっても絶対に泣かない女だから、俺の前で泣くなんてことありえないことだ。

 こんな時、やっぱり昔のことを思い出したりするんだな。でも、今日は、、今日だけは今しか見たくないな。

 思い出なんてものは、本当にタチが悪い。落ち込んだ時や、自分の方向性や立場なんかが分からなくなった時に、踏みとどめてくれたり、背中押してくれたりしてくれるが、今は思い出なんか思い出したところで、何も変わらない。心臓を正面から鷲掴みにされ、息も出来ず、苦しくて重くて、苦しさのあまり正面を向くことも辛くて、背中が震える。この痛みに俺は耐えなくちゃいけない。

 ここに今、佐伯と俺が意味もなくこの海を見にきている。俺にはこれが全てなんだ。思い出なんかが邪魔するな。

 グッと佐伯の身体を引き寄せる。そのタイミングで佐伯が海を見つめながら話し出した。

 「わ、がまま、、、いって、、、ごめん。し、し、しごと。やすませて、、、。」

 こんなに穏やかな波が、砂に擦れて不協和音のようにうるさく感じてしまうほど佐伯の声はか細く、この髪の毛をすり抜ける風にすらかき消されそうだ。

 俺も海を見つめたまま、答える。

 「お前のは、わがままじゃない。ただの自己中だろ。今に始まったことじゃない。」

 「たしか、に、、、」佐伯が笑う。

 「あと少ししたら、病院に戻ろう。お前、病人なの忘れるなよ。」

 「あぁー、、そう、、だな。うん、、うーん、、、でも、やだ、、、コンと、、、、、ここ、にいたい、から、や、だ。」

 俺は、目線を海から少しずらし、佐伯を抱きしめている自分の指先を一瞬見た。そしてまたすぐに海の方へと目線を戻した。

 「真琴と亜季も心配するぞ。お前が風邪を引いたら俺がまた二人に怒られるだろ。」

 「あはは。」と、細い声で佐伯が笑った。

 ザザー、ザザァーと波の音。あぁ、波の音がうるさいな、、。

 「、、コン。」呼ばれ、佐伯の顔に目をやるとじっと俺を見つめていた。どうした?と声には出さなかった。

 「コン。あ、たし、、もう、すぐ、いなく、、なっちゃう、、、」

 「そうだな。」

 「あ、たし、ちゃんと、、いきて、、きた、かな、、?」

 「う、ちの、、子たち、、、の」佐伯は目を閉じて、一つ一つ必死で声を出している。

「あ、あたし、、、あたし、愛せたよ。」そういうと、ゆっくりと瞼を開け、俺を見つめた。乾燥した唇を必死に動かしながら話す姿に、油断すると何か全てが溢れそうになるのを必死に、必死に我慢した。

 「お前は、ちゃんと生きてたよ。今もちゃんと生きてる。これからも生きる。真琴も亜季もしっかりしてる。お前は二人のことちゃんと育てて、愛して大切にしてる。」

 俺は抱きしめていた手で、佐伯の細く体温も感じることが出来ない腕をゆっくり摩りながら、

「真琴は頭がいいから大学も心配ないし、亜季もスポーツじゃ誰にも負けてない。料理も洗濯もお前がちゃんと教えてたから大丈夫だ。お前は、なんも心配しなくていい。なんも心配しなくていいよ。」俺もついてるからとは、言わなかった。

 「コ、、ン?な、くなよ?」いたずらっ子のような笑い顔は相変わらずだ。

 佐伯は、笑うと鼻筋にシワができ、目が細くなり、左頬にエクボが出来る。きっと、猫が笑ったらこんな感じだろうなといつも思ってた。

 「ブサイクだな。」というと、目を丸くして、今度は優しく微笑んだ。

 「ウソ、つ、くんじゃ、、ねーよ、、」二人で海を見つめたまま、フッと笑い合った。

 「コン、、、あたしの、、ゆめ、、かなったよ、、、」と小さく言って瞼を閉じた。

 あんなに五月蝿く感じていた波の音や風が、どこかの洒落た喫茶店のBGMみたく聞こえて、俺も瞼を閉じた。


 佐伯が倒れたのは半年前。最初は疲れとかストレスとかが溜まって、とうとう倒れやがったと思った。あれやこれやと検査を受けて分かった病名は卵巣腫瘍。癌だった。既に骨や肺にも転移してた。ステージ4の末期だ。卵巣は痛みとか感じにくい場所で症状も出にくいとか医者がなんか説明してたけど、あまり覚えていない。 余命宣告は一ヶ月。俺は頭が真っ白で、胸の奥の奥が熱くザワザワした。一瞬目眩と吐き気を感じた。理解しようと考えるたび、お前の笑顔が何度も俺の頭に浮かんだ。


 なぁ。神様。なんでだよ。佐伯の親は本当にクソで、一人で頑張ってきたんだよ。やっと、これから少しは楽になるなって時にこんな仕打ちかよ。世の中、俺みたいな何もない奴が健康で生き残って、佐伯みたいな頑張ってる奴が病気になるなんて、こんな不公平で悲しいことあんのかよ。神様。お願いだよ。もうこれ以上あいつをいじめないでやってくれよ。

 

 もうすぐ、辺りは真っ暗になる。か細い息遣いは、もう聞こえることはない。俺はこのまま佐伯とどっかに行きたい。このまま二人で海に身を投げるのもいいかもしれない。そんな馬鹿なことを思ったりした。海が妙に恨めしく感じて、立ち上がろうとするが足は固まったまま動けず、悲しいという感情はこんなにも無だったのかと涙も出ず、ただただ俺はもう眠ってしまった佐伯を抱きしめている。

 「なぁ佐伯、ずっと行きたがってた京都に行こう。あー北海道もいいな。お前、食べるのが何より好きだからな。お前が美味しいもん食べてる時の顔が不細工で好きなんだよ。俺が旅の予定は立てるから。お前はいつも行き当たりばったりだから、疲れんだよ。なぁ、早く元気になって二人でいろんなとこに行くぞ。冬はあったかいとこに、夏は涼しいとこに行こう。お前は何も心配しなくていいから。俺がちゃんと連れて行くから。お前はずっと笑ってくれてたらいい。口が悪いのも許すよ。なぁ、佐伯、、、逝くな。俺はまだお前と一緒に行きたいとこも見たいもんも沢山あんだよ。逝くな、、お前に言わなきゃいけないことがあんだよ、、なぁ、一人にするなよ。俺を、、」

 佐伯は目を閉じたまま、微笑んでいるように見えた。また、俺のことを茶化してるんだと思ったりもした。佐伯の冷たい頬に俺の頬を当ててもうこのまま離したくないと、今更ながら思ってしまう。

 

 この先のことはあまり覚えてなくて、あっという間に通夜から葬儀を終え、俺は今、佐伯の家で喪服を着たまま縁側でタバコを吸っている。かなり古い一戸建ての借家は、佐伯のお気に入りだった。暖かみがあると言って、俺を呼んでは庭でバーベキューや花火、時には鍋パーティーをした。その度、大家さんから庭で火を使うなって怒られてたな。

 庭には椿の葉が艶々の緑色をこれ見よがしに見せつけている。

 また、あの襖を寝癖だらけの髪に擦り切れたスウェット着て出てこないかと見つめてしまう。

 「コンちゃん、あんた大丈夫なの?」

 出てきたのは佐伯ではなく、オカマバーのママの龍子ママだった。龍子ママは、佐伯が若い時から世話になっていた人だ。家も金もない佐伯をママの自宅に住まわせてくれて、バーの店員としても雇ってくれた。鼻を啜りながら綺麗なハンカチを持って、黒い涙の跡が頬に薄っすら残っている。

 「コンちゃん、あんた気丈なのもいいけど、力抜いて、悲しんでもいいのよ。」

 そういうとママは自分が大粒の涙を流して泣いた。

 「ママ、ありがとうございます。佐伯はママに出会えてなかったらどうなっていたかわかりません。今まで本当にありがとうございます。」

 俺が、静かにそういうと声にならない声を出してまた泣いていた。

 俺はまだ、実感が湧かず、これが現実なのかと思うほど空は快晴で風は心地よく、鳥の声は綺麗だった。20年だ。あいつと出逢って20年。ベタベタと連絡を取る事もなかったが、自然と集合して酒を飲み、旨い肴を食べた。あいつの凄いところは、絶妙なタイミングで連絡をしてくる所だった。今日はなんか飲みたい気分だな、とか。今日はなんだかモヤモヤするなとか。そんなタイミングの時にいつも連絡がきてた。

 

 バタバタバタとあいつの部屋の方から音がして、見ると何かを抱えて真琴と亜季が泣きすぎて腫れた目をして、笑いながら縁側に薄汚れた段ボールを持って来た。二日、三日泣いて少し落ち着いたんだろう。笑顔を見て少しホッとした気持ちになった。

 「ねぇ、コンちゃん、これ見て!」

 亜季が嬉しそうダンボールを置いた。ん?なに?とダンボールを開けた。

 「これ、お母さんの大切なものをコレクションだよ。」と真琴があいつと同じ笑顔で俺に言う。

 中には、アルバムにも入れていない写真の束や、手紙、真琴や亜季が小さいときに描いた似顔絵やもらったプレゼントが雑に入っていた。

 あいつらしいなと、ちょっと笑顔が出る。

 そんな中に一つ。すごく小さくて可愛らしい小物入れが目立った。一体、こんな小さいもんに何入ってんだ?と思って、手に取った。

 開けると、ピアスが一つ入っていた。安っぽそうな水色の石が一個のっているだけの古びたピアスだった。

 「、、、これ、、」

 真琴が、あっ!という顔をしてなんか申し訳なさそうに俺に変なことを言った。

 「コンちゃん、ショック受けないでよ?それ、お母さんが初恋の人からもらったんだって。すごく大切だって言って、もうつけないって言ってたんだ。ずっとつけてたら一個無くしちゃって、その時のお母さんの落ち込みようはヤバかったんだよ。」

 続けて亜季が、

 「お母さん、その初恋の人に告白すら出来なかったんだって。」と、笑った。

 「えっ!!!な、なんで、!」俺の顔を見た二人は、大粒の涙と大量の鼻水を出して泣いているおっさんをを見て驚いた。

 「え、えっ、コンちゃん、そんな泣かなくても、、」

 「アクアマリン、、、」そう一言言って、俺はもう涙が止まらなくて、嗚咽に鼻水で相当汚い顔で泣き続けた。

 思い出してた。あいつの二十歳の誕生日。

 あいつは働いてた会社をクビになって、柄にもなく落ち込んでた。服を買う気もないくせに、二人でデパートに入ってブラブラしてた時、俺に言ってきた。

 「もうすぐ私の誕生日だから、何かプレゼントが欲しい。」

 俺は嫌だと言ったが、落ち込んでる佐伯のことが気になったこともあって、必死に何がいいか考えた。俺は、女性に何かをプレゼントしたことはない。誕生日プレゼントというワードは俺にとってかなりの難関だった。

 悩みに悩んだ俺は、気がつくとアクセサリー売り場にいて、時計や指輪などが並べてあるショーケースを眺めてた。店員さんから贈り物をお探しですか?と聞かれ、かなり恥ずかしかったが、そうです。と答えた。

 カップル向けの物が多くて、どうする、俺。と思っていたら、端っこの方に、贈り物、誕生石というポップが目に入り見ると、一月から十二月までの誕生石のついたピアスがあった。佐伯はピアスを沢山耳につけていたし、もうあれこれ悩むのに疲れていたこともあってピアスに決めた。

 佐伯は三月生まれだから、透き通った綺麗な水色のアクアマリンだ。その時、三月の誕生石を知った。あいつは、趣味が悪いなと言って俺を馬鹿にしていたが、すぐにつけて鏡を見ていた。よく似合ってて、自分のプレゼントしたピアスをつけて喜んでるあいつの顔を真っ直ぐ見ることは出来なかった。


 俺は、今汚い顔をして、汚い声を出して泣いている。

 あいつのまだ温かみが残る骨壷を抱き締めたまま泣いている。つられて、亜季と真琴、龍子ママが泣いてる。

 言えば良かった。ちゃんと言えばよかった。お前は最期まで言わせてくれなかった。椿、俺はお前をずっと、、、


 

 ねぇ。コン、、、

 私と初めて喋ったのは、中学の頃じゃなく、もっと前なんだよ。あんたは覚えてないだろうな。頭、悪いからな。

 私は小さい頃から、生意気な奴だった。笑顔はほとんど見せたこともないし、笑い方なんて知らなかった。ムカつくことを言う奴らは、いつだって殴ってきたから、喧嘩もいつの間にか強くなってた。あの日も、喧嘩して一人でばあちゃん家に帰ろうと歩いてた。前から真っ白なユニホーム着て走ってる奴らとすれ違った。その中にあんたがいた。

 あんたは、前から走ってきて、私と目が合った。ちょっと驚いた顔をしたあんたは、一回私を通り過ぎたのに、また私の目の前に戻ってきて、どうしたんだ?と聞いてきた。

 口元は腫れて、血が滲んでいた私を心配したんだろうと思う。

 私は、無表情のまま無言であんたを見つめた。

 「同じ学校だよね?同じ学年の、、、」と言って私の名札を見た。

 「佐伯さん。佐伯椿さん。」

 私は、イラっとした。下の名前を呼ばれたからだ。私の大嫌いな名前。

 「あんたに関係ないでしょ。」

 そう言って、私はあんたを睨みつけた。あんたはキョトンとした顔で私を見た。

 「うーーん、そうなんだけど、女の子が怪我して、一人で歩いてたら心配しない?」

 「は?」

 意味がわからなかった。

 「もう行って。私の名前、二度と呼ばないで。」と言い、私はその場から離れようと歩き出した。すると、またすぐ私の前に立ちはだかり、言った。

 「なんで?なんで、名前呼んじゃダメなの?」

 今度は、私がキョトンとしてしまった。

 無視してまた歩き出そうとしたら、あんたはまた訳わかんないこと言ってきた。

 「うちのばあちゃんが花が好きでさー。お前の名前とおんなじ花があんだよ。」

 ズキっと胸が痛くなった気がした。

 前、同級生の女子が言ってきたことを思い出す。『椿ちゃんの名前ってなんか怖い名前だよねぇ、椿の花って首ごと落ちるから縁起悪いって聞いたことあるよー』って、多分女子の親が言ったんだろう。その言葉を聞いて、自分の名前が恥ずかしくてカッコ悪く感じて嫌いになった。それから、人前に出ることも嫌になって、イライラする事が多くなってきた。

 「ばあちゃんが、椿の花は綺麗でかっこいい花なんだって言ってた。」

 「はぁ?」

 「椿って、花びらが散っていくんじゃなくて、花ごとボトって落ちるんだよ。潔いだろ?」

 笑顔で話すコイツに気持ち悪さを感じた。

 「意味わかんない、、、」

 私は恥ずかしくなった。

 気をつけて帰れよと言うあんたの笑顔は、鼻筋にシワができ、目が猫みたいに細くなった。

 この笑顔にドキッと胸が高鳴った。夕陽が赤くなった私の顔を隠してくれてた。私もこんなふうに笑ったら変わるだろうか。こんな汚い世界が、今みたいに私の頬を染め上げる綺麗な茜色の世界になるだろうか。

 私の気持ちを優しくしてくれた。この笑顔で私も誰かを優しい気持ちにさせることが出来るだろうか。

 いつか、あんたの隣で笑っていたい。それが私の夢になった。あんたの言った『かっこいい女』になれるようにいつも考えて行動した。あんたに声を掛けられた日から、私からあんたに声掛けるまで、三年かかった。あれから、私は変わった。喧嘩は相変わらずしてたけど、友人と呼べる人達、頼られること、優しい言葉を言えること、そして笑うこと。あんたは馬鹿だから、知らないけど、私を変えてくれた人。三年経って変わったのはあんたも一緒だった。あんなにズケズケ物を言う人だったのに、思春期は人の性格も変える。地味で大人しくて、女子と話せない男子になってた。それは、それで面白かった。でも、笑顔だけは変わってなかった。

 私の家庭は複雑で保護者はいたけど、親はいないという感じだった。母親は母ではなく、自分の幸せが第一優先の人だった。

 母親の女の姿を見るたびに、こんな女になりたくないと強く思った。付き合っては別れを繰り返し、別れるたびに泣いて叫び、私のせいだと罵るただの女。

 男と女は一つになることはない。裏切ったり裏切られたりを繰り返すものだと感じていた。

 コンとはずっと一緒にいたかったから、絶対にそういう関係にはなりたくなかった。私の1番の親友という人でいて欲しかった。

 二人で海を見に行ったことがあった。

 その時私は落ち込んでて、飲み込まれそうな海の色、静かで優しい波の音が胸に響いて、ふと不安な感情が溢れてきて隣にいるコンに触れたくなった。手を握って、肩に頭を乗せて泣きたかった。あんたに、大丈夫だって抱きしめて欲しくなった。

 コン、、、私。あんたが好きだ。このまま、世界が爆発してしまえばいい。私のこんな気持ちを破壊してほしい。目を閉じて深く深呼吸をした。

 「あぁーやっぱ、海って嫌いだわー。帰るぞ。」

 自分の気持ちが気持ち悪くなって、このままここにいたら余計な事を言ってしまいそうで怖かった。コンは私のわがままにいつも付き合ってくれる。

 「次は、山の方に行こう。」という私の言葉に愚痴は出るけど、結局連れて行ってくれる。

 ねぇコン、もう海には来ないよ。私が海に行こうって言った時はこの気持ち悪い言葉をあんたに言う時だよ。

 ねぇコン。私、海が嫌い。怖いから。でもね、あんたと見る海はなんでなんだろう。すごく綺麗。ずっと傍にいたい。私、あんたを幸せにしたい。不思議なんだけど、どんなに考えても私はあんたが好きみたいだ。

 出逢ったあの日からずっと、コンが好きなんだ。

 でも、こんな気持ちはあんたとずっといるためなら、この砂浜に埋めていつか海へと流されてどっか遠くへ流されていって欲しい。

 


 「佐伯。お前の好きな焼酎持ってきたぞ。」

 俺は、佐伯の好きな焼酎の五合瓶を持って、あの日の場所にきた。

 俺も飲みたい気分だったが、飲酒運転は駄目、絶対ダメだから、ノンアルの酎ハイだ。

 「佐伯、元気でやってんのか?」

 ノンアルを飲んでいるのに、頭は酔いが回っているようだ。

 「佐伯、、、なぁ、椿。椿、お前はかっこいい女だったよ。俺があの時言った通りだっただろ。椿の花は潔くてかっこいい花だって。」

 ばあちゃんの言葉を思い出して、俺はフッと笑った。

『椿の花は、枯れゆく姿を太陽好きな人に見せたくないから、美しいまま落ちるんだよ。綺麗な姿だけ、覚えてて欲しいんだろうね。』ばあちゃんが、優しい顔してそんな話をしてた。

 「椿。俺はお前の年取った顔も見たかったよ。お前がどんな顔でもどんな姿でも、俺に取ってはかっこいい女で、俺の傍で不細工な顔して笑ってて欲しかった。」

 勝手に涙が溢れ出す。

 椿。お前に一目惚れしたんだよ。お前があの日泣きそうな顔して一人歩いてる姿を見たとき、あの瞬間、ずっとお前が好きだった。

 「俺は、健康だからな。まだ、暫く待たせる。だけど、絶対お前の場所に行くから。その時はお前を絶対、絶対にお前を離さないから。」

 俺の人生初めての告白。海に向かって告白なんかして気持ち悪いと思うけど、この告白が波に流されてお前に届くといい。


                完


 


 


 

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