おかえり。

三奈木真沙緒

お父さんもお母さんも、本当はね。

「今日はあっちで、お父さんと合流するから」

 いつも一緒に帰っている友だちがそう言うので、あたしは校門を出てすぐ、その子とバイバイして、ひとりで歩き出した。


 今日は、ひとり。


 あたしの家は、自転車通学が許可されるラインのぎりぎり内側。徒歩通学としては、けっこうな距離を歩かなきゃいけない。クラブの後ではキツかったりする。しかも日が暮れるのも早くなってきて、もうかなり暗い。


 あたしが中学校に入ったきっかけで、母さんは仕事を始めた。だから学校から帰っても、家には誰もいない。自分で鍵開けて、誰もいない暗い家に入る。この季節は、夕闇の中を歩いて、ほとんど真っ暗な家に電気をつけなきゃいけない。ドアの近くの明かりは自動的についてくれるけど、窓が暗いままの家に帰るって、なんか……。

 父さんはすごく遅い。下手するとあたしが寝る時間より遅かったりする。母さんはそれよりは早いけど、でも、あたしの帰宅には間に合わない。


 ときどき、帰るのが、寂しいって思う。

 自分の家なのに、へんなの。


 車が通り過ぎた。中学生のあたしにもわかるくらい、乱暴な運転。落ち葉がおかしな舞い上がり方をした。目が痛い。ゴミが入った。ちかちかする。

 目をこすっちゃだめだって、母さんによく言われた。あたしは痛いのを我慢して、目を閉じたまましばらく待つ。大粒の涙がまぶたからはみ出して、痛みがそっと引いていく。目を開けてみた。違和感が下のまぶたに残っているけど、ゴミは出て行ってくれたみたい。ほっぺたをつつーっと落ちる涙をハンカチでふいて、また歩き出す。

 大丈夫? ――心配してくれる友だちも、今日はいない。


 ほこりっぽい大通りから曲がって、細い道に入る。住宅地の中をどんどん歩いて、……あ、とつぶやいた。

 あの角にある、あたしの家。窓に、明かりがついてる。

 ――そうだった。母さん、「もしかしたら、今日の午後はお休みとれるかも」って言ってたんだった!


 あたしは駆けだしていた。玄関の鍵が開いてる。ドアノブを引っ張った。

「ただいま!」

「おかえり」

 返事より早く、ごま油のいい匂いがしてきて、あたしのお腹がきゅうってなった。

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