最終章 キツネ + α = 一年五組のクラス長

 宿泊研修最終日、一同は最初に集まった広場に荷物を纏めて再び集まることに。


「忘れ物ないー?」

「ねぇよ。全員各自で確認してんだから大丈夫だろ」

「それもそうだね。それじゃ、お世話になりました!」


 笑顔で部屋の扉を閉めて、愉坂は神村と広場へ向かう。その道すがらクラスメイトや他のクラスの面々と出会った際、今回の取り組みを含めた演劇全体を賞賛されたり、あるいはネタにされてイジられたりといったこともあったりしたが、いずれにしても愉坂の名前はこれで広められることになるだろう。


「……これでよかったのか?」


 しかし副クラス長の目線から見て、今のこの状況には不満が残っていた。

 自分が知る中で最も優秀な人間が、今までは誰からも慕われる限りでこのように茶化される事など無かった人間が、このような良くも悪くも言われるような立場になってしまったことに。


「俺としては、愉坂はこんなもんじゃねぇって言いてぇんだけどよ」


 しかし当の本人としては、昔のように皆の前にバリアを張った上で慕われるよりは、こうして生の声で賛否両論を聞かされることに嬉しさを感じていた。


「まあまあ、終わりよければ全てよしってことで――」

「何が全てよし、なのかしら?」


 広場へと到着するなり声をかけてきたのは、一年一組のクラス長を務めていて、なおかつ劇で勝負を約束した相手であった。


「演劇勝負、忘れていないでしょうね?」

「あっ、そういえばそうだった」

「っ、そんなに軽く考えるものなのかしら?」


 以前の愉坂であれば、これもまた一つの勝負として、相手を打ち負かすものとして見ていたであろう。しかし今の愉坂には、勝利よりも大切なものを得たことによる満足感に満たされていた。


「僕としては別にもう勝ち負けは良いかなって感じかな。神村君はそうは思わないかも知れないけど――」

「何を言っているの!? お互いの退学がかかってるのに――」

「おやおや? 劇を賭け事に使うとは感心しませんなぁ」


 千鳥川が今にもくってかかろうとしたところで、二人の間に一人の上級生が割って入ってくる。


「二年生として、こういうことは見過ごす訳にはいかないかなー」

「稲山先輩! そういえば、貴方にもお聞きしておきたいことがあります!」


 稲山の姿を見るなり今度は矛先をそちらに向けると、千鳥川は愉坂に対して行ったことと同じ詰問を始める。


「先輩もそこの愉坂くんと同じ、他の人を調べて――」

「うん、してたよ。でももう止めたんだ」

「えっ……?」

「友達との約束でね」

「……そうですか」


 そうして稲山がウインクをして、そして愉坂の方を向いて微笑むことで、千鳥川は全てを悟った様子。しかしまだ納得はいっていないようで、今度は愉坂に向かって問い詰め始める。


「……貴方、稲山先輩に何かしたの?」

「だからお互いこれ以上他人を勝手に調べたりしないって、約束をしただけだって」

「どうも怪しい……」


 昨日と今日とでの態度の変わり具合に、もしや愉坂から何か弱みでも握られたのではないかと千鳥川は疑いの目を向ける。しかしいくら観察してもそこに怪しい気配などなく、むしろ目の前に立っている稲山は、千鳥川のよく知っている昔の稲山に戻っているように思えた。


「……本当に、やめたんですね」

「うん。習子ちゃんにも迷惑かけちゃったね」

「いえ、私は別に……」


 千鳥川が戸惑っていると、稲山は変わってしまっていた自分とは違い、中学校時代と同じように真っ直ぐに突き進む後輩に向かって、頭を撫でて優しく微笑えんだ。


「……色々と、ありがとうね」

「……はい」

「さて、と。そろそろ解団式が始まるみたいだから、私は二年生のところに行くね。それじゃ、二人とも仲良くしなよー」


 笑顔で手を振ってその場を去って行く稲山に、愉坂は同じく手を振って見送る。千鳥川はというと、ここでまた勝負の話を持ち出せば完全にばつが悪くなってしまうと、それ以上は何も言わずにその場を離れていく。


「……なんか、勝負も白紙になったみてぇだな」

「そうだね。それじゃ……気を取り直して」


 既にある程度クラスで固まってきたところで、愉坂と神村が先頭に立って荷物を降ろす。そして辺りを見回して、やはり雑談などで列が乱れているのを確認してからひと言。


「――整列!!」


 これまでの指示を出すだけの声色から、少しだけはつらつさが見えてくるような声が響き渡る。すると最初の結団式の時と同様、クラス一同それまでばらけていた列もキッチリと並び、背筋を伸ばして前を真っ直ぐに見つめ始める。


「……うん、ありがとう!」


 この時クラスの面々は顔には出さなかったものの、愉坂のこの感謝の言葉に違和感を覚えた。普段の彼ならば、こんな場面でもお礼を言うほど気配りをしていただろうか、と。

 しかし彼の言うとおり、この宿泊研修で彼の心境もまた変わったのであろうと、その変化を受け入れていた。


「……それでは宿泊研修の最後のイベント、解団式の開式を宣言する!!」


 皇城の厳かな声が響き渡るとともに、一年生二年生ともに緊張感が走る。


「まず最初に、クラス対抗演劇の結果を発表する!」

「勝負はともかく、ここは勝っておきたいところだよね」


 そう呟く愉坂も含めて、皆の注目が皇城へと集まっていく。


「……優秀賞は……一年一組!!」

「やったぁー!!」

「優秀賞ですって!」

「流石は我等がクラス長、即興でも完璧にこなすとは!」

「…………」


 やはりというべきか、ある意味では予定調和というべきか。当然といった様子で胸を張って前へと出る千鳥川に対して、あの時に稲山が割って入ってきてくれなかったらどうなっていたかと愉坂は身震いをした。


「……なぁ……あの勝負、本当にノーカンになったんだよな?」

「そのはず……ていうかなっていなかったら僕の交渉術で何としてでも無かったことにするから!」

「優秀賞、一年一組。本クラスはクラス対抗演劇にあたって、優秀な成績を収めた為、これを賞する――」


 壇上では皇城による賞状の贈呈が行われ、それを受け取った千鳥川が深々と礼をして、そして振り返って皆の前でもう一度深く礼をする。

 ――最後に愉坂の顔を見るなり、フンと鼻で笑っていたのもあったが。


「悔しいなぁ……けど、やっぱり小手先抜きの実力で勝ち取ったんだから何も文句は言えないかぁ」

「チッ、次また勝負を仕掛けて、今度こそ勝つぞ」


 そうして表彰式も終わるかと思いきや――


「――続いて、特別賞を授与したいと思う! これは劇とは別に、劇を通して素晴らしいクラス運営をした者に送りたい! ……一年五組、愉坂善治郎!!」

「えっ? あっ、はい!!」


 誰しもが予想外の展開だった。賞状は一つだけ、それもクラスで作り上げたもので一番の成績を収めたクラスにのみもたらされると思っていた。

 しかし現実として愉坂善治郎の名が呼ばれ、そして確かに生徒会会長の前に一人の少年が立っている。


「……よくここまで成長したな。そして……よくぞ稲山を正しい道に戻してくれた」


 まるで全てを最初から見透かしていたような皇城の言葉に、愉坂は目を丸くする。


「全部、知っていたんですか……?」

「全部ではない。俺は見聞きしたことしか知らないからな」


 それでもなお、愉坂善治郎という男がこの宿泊研修を始める前と後とで大きく変わっていることに間違いは無い。


「さあ、表彰式を続けようか」


 そうして愉坂の差し出した両手には賞状が与えられ、改めて自分の力で、否、皆の力で為し得たものがあることを実感させられる。


「……お前ならあるいは……いや、もっと成長することを期待しておこう」

「……はい! この愉坂善治郎、全身全霊をもって会長の期待に応えたいと思います!!」


 まだまだ皆が期待する自分を演じてしまう癖が抜けないものの、愉坂善治郎という未来の総理大臣候補の成長物語は、始まったばかりであった――

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四足演算!! 福留あきら @akira_fukudoom

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