第九章 キツネ + キツネ + ライオン = シンデレラ その2
「おーっほっほっほ! 貴方みたいな小汚い子が舞踏会になんて出られる訳ないじゃない! そうでしょうお姉様!?」
「え、あ、ああ、そうだわよ!」
最初から劇をするつもりだった五組は準備万端ともいうべきか、それぞれの衣装や小道具も完璧に揃えられていた。
それこそあの厳つい雰囲気を身に纏う神村ですら、口紅をつけた滑稽な姉役をさせることができるほどに。
「それじゃ、私達は舞踏会に行ってくるからお留守番よろしくシンデレラ。さっ、行きましょ。お・ね・え・さ・ま」
「テメェ……後でブチのめ……しますわ、よ」
「ぷっ、あははは! あの姉さん役の人おもしろーい!」
「副クラス長だろ? もっと良い役に回されると思っていたのに可哀相」
そしてあまりの似合わなさぶりに観客側からは笑い声も漏れ出でるなど、劇の滑り出しとしては好感触なものである。
「はぁー……ったくいきなりアドリブなんざかましてんじゃねぇよ」
「でもそのおかげで客受けは良かったじゃん!」
「ほら、生徒会副会長も笑ってたみたいだし」
それはネタとしてではなく嘲り笑っていた方が正しいのではないかと、神村は不満げに愚痴を漏らしながら、壇上の袖から姿を消していく。
「……後はテメェ等がしっかりとキメろよ」
「当然。僕を誰だと思ってるんだい?」
代わりに壇上に上がるのは、黒のローブにとんがり帽子の魔女衣装を身に纏ったクラス長。神村とは違ってメイクもネタに寄っているというよりも、本物の老婆に見えるような本格的な特殊メイクを施されている。
「テメッ、自分だけ特殊メイクかよ! ってかできる奴いたのか!?」
「中学校の美術コンクールで入賞している人がいるからね」
「そういう情報はこっちにも流せよ……」
「ごめんね、アレはもう捨てちゃったからさ」
そうして愉坂扮する老婆が壇上に上がると、やはり特殊メイクには観客も驚いているようで、おお、という感嘆の声が袖にも届けられる。
「ふーん、自分から演劇を提案するだけはあるわね」
「でもこれだとコストをかけすぎていて逆に悪印象じゃないですか?」
「流石ドケチのトヨちゃん、よく分かってるじゃない」
三組の副クラス長である豊川は自身のモットーである“経済第一”にのっとった意見を述べ、そして三刀屋もあくまで馬子にも衣装でしかないと、厳しい見方をしている。
しかし持ち前のコミカルさでもって演技力をカバーして演技をする愉坂の姿は、事前に神村のちぐはぐな笑いの下地もあってか、それなりに観客の笑いと興味を引き出すことができている。
「……なんだこれは。シンデレラをベースにしたコメディか?」
「だとしたらそれなりに面白いものができているな。色物枠として非常に出来がいい」
加賀との会話の中では好意的な意見を並べる皇城であったが、内心は愉坂に対してやはりこの程度か、という予想の枠内でしかなかったという冷ややかな失望感が勝っていた。
――所詮は同じ穴の狢、ただの他人の為に動くだけのピエロと評するべきなのか。皇城はそれ以上は何も期待せずに、ただ無味な感想を抱きながら劇をジッと見つめていた。
「…………」
皇城自身、当初は一つ下の稲山に対して大きな期待を持っていた。しかしある日副クラス長を解任したことを境として、友達というものを――人というものを信用しなくなってしまっていたことに気がついてしまった。
「……他人を信用しない人間が、他人の上に立てるはずがない。国を動かしているのは総理大臣ではない。その国で働く一人一人の人間だ。総理大臣の“指示”が国民を導くのではない。国民の“支持”が総理大臣を導いていくのだ」
皇城はまるで自分に言い聞かせるかのように、一人小さく呟いた。
「二年では唯一、稲山がそれを理解できると思っていたのだが……ん?」
「なっ!? 会長、あれはルール違反じゃないか!?」
「まぁ! このガラスの靴、わたしにぴったりだわ!」
壇上では灰かぶり姫とも言われるシンデレラに扮する稲山が、みすぼらしい衣装を身に纏ってガラスの靴を履くシーンが繰り広げられていた。
「稲山……! ……ふふ、そうか」
「何を笑っているのです会長! レギュレーション違反で今すぐ中止を――」
「いや、ダメだ。それはできない」
「何故です!?」
皇城の知る人間不信の稲山であれば、あの場に立つなど有り得なかっただろう。しかし現実としてガラスの靴を履けたことに笑顔を見せる稲山の姿が目に映っている。
「ここで止めようとしたところで、神村から言われるだけだろう。“そんなことなど聞いていない”、とな」
「ぐっ……」
偶然が重なったのか、それともここまで全てがシナリオ通りだったのか。愉坂のやり口を皇城は知らない訳ではなかった。そして彼のやり方では稲山の心を開くことなど到底できないことも予測できていた。
「同族嫌悪から愉坂のことは拒絶すると思っていたし、事実その場面も目にしてきたが……昨日の夜に何があったのやら」
そうした皇城の目はそれまでにない輝きに満ちており、期待を超えたことに対して感動すら覚えていた。
「自分が得意としていたものを捨てる恐怖もあっただろう。だがそんな仮初めのものなど捨ててしまうべきだ。人間は本音と本音でぶつかり合ってこそ、友情が育まれるものだ」
「――こうしてシンデレラはお城で王子様と幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
物語のフィナーレと同時に、まずは拍手喝采が起きる。そしてやはりというべきか、一年生の間でも二年生が劇に参加して良かったものなのかと賛否両論の議論が沸き起こっている。
その中でカーテンコールの為に五組の面々や主役である稲山が並び、そして最後にメイクを落として素顔のままで出てきた愉坂が、皆に向けて挨拶をするかと思いきや――
「おや? 最後に挨拶でもするのかな?」
「けっ、気にするな先輩。あいつの悪い癖だ」
「皆さん! 僕は、僕達は今回この劇を通して! 目の前にある勝利よりも大きなものを得ることができたと感じています!!」
第一声の勝負を捨てる発言は、神村を除いてその場のほぼ全員に動揺を走らせた。
「この劇を通して、僕は稲山先輩と深い絆を育むことができた! それは稲山先輩がどうという訳ではなく、この劇の練習を通して僕自身が、そしてクラスの皆が大きく成長できたこと! 団結することの大切さ、そして困った時には自分だけではなく、周りにいる友人が助けてくれること、その尊さを知ることができたことに起因します!!」
「えっ? どういうこと……?」
「素晴らしい劇がついさっき閉演して、今度はあのバカの一人芝居が開幕しただけだ」
言っていることは正しいが愉坂の突然の暴走に戸惑う稲山に対して、横に立っていた神村はまたしてもといった様子であきれかえっている。
「ゆえに僕達五組はここまで素晴らしい劇をすることができました! 僕は改めてクラスの皆に拍手を送りたいと思います!」
愉坂一人のパチパチという拍手がむなしく響き、そしてそれを聞いていた皇城はがっくりといった様子で肩を落としていた。
「はぁ……言いたいことは分かるがここで主張することではないだろうに」
未熟者め、と皇城は呆れていたが、事実として稲山を表に引っ張り出したその実力だけは認めざるを得ない様子。
「――以上、一年五組の『シンデレラ』でした!」
こうして最後に余計な劇が挟まったものの、一年五組の演劇は、無事大団円を迎えることとなった――
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