第九章 キツネ + キツネ + ライオン = シンデレラ

「――それでは! これより各クラス順番に劇を披露してもらおう!」


 施設内で一番大きな建物である講堂へと全員が集められ、そして生徒会会長である皇城の司会進行によって、クラス対抗の演劇発表が始まる。


「まずは一組から開始して貰おう。タイトルは……ハムレットだ」

「ハムレット……?」

「シェイクスピアか。理知的な一組らしい題目だ」


 周囲のざわつく声も照明が徐々に落とされていくに連れて、静まりかえっていく。残るは壇上だけとなり、皆の視線が自然と集まっていく――


「……ん? そういえば五組の稲山はどうした?」

「そういえば、見ておりません」


 講堂の後ろ側では二年生と三年生が全体を見回しており、一年生の前で一組の紹介を終えて戻って来る際に稲山がいないことに気がついた皇城が、二年生の責任者である笠木かさぎに向かって問いかける。


「そうか。まあいい」

「探してきましょうか?」

「必要ない。いちいち二年の行動まで監視する必要はないだろう」


 そうして皇城は腕を組んで、まずはトップバッターである一組の演劇を評価する為に鋭い視線を壇上に送る。


「……それより本当に大丈夫なのか?」

「何が?」

「何がって……会長もいないことに気づいてるみたいだぞ」


 暗闇の中ひそひそとクラス長に語りかける神村であったが、事実として直前の役変更は分の悪い賭けでしかない。特にこの場に賭けの対象が姿を現わしていないとなれば、神村の不安も増していくばかりでしかない。


「大丈夫だってば。友達を信用できないの?」

「いくら友達になったってもよ……」


 あれだけのことをしておいてすぐに信用してもいいものかと神村は半信半疑だったが、当の愉坂本人は大丈夫だの一点張りで譲ろうとしない。


「それより一組の演劇を見てようよ」

「あぁん? んなもん見る必要ねぇだろ」

「そんなこと無いと思うけどなぁ」

「別に見たところでうちの劇のレベルがあがる訳でもねぇし、それに――」


 体操座りで見る愉坂と違って、自信満々にあぐらをかく神村は不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「――見なくても俺達が勝つって決まってるからな」

「ふふっ……そうだね」


 しかしながら劇が始まれば一転、周囲の誰しもが一組の演劇の完成度には感心せざるを得ず、最初は難しい話で首をかしげるばかりだった神村ですら、その場の空気にのまれて感嘆の息を漏らしている。


「はぇー……すっげぇ迫力」

「うん。昨日焚きつけたのもあってか、ガートルード役の千鳥川さんも熱のこもった迫真の演技をしてるね」


 毒の入った杯を飲み干してしまって倒れるというシーンでは、まさに事切れたかのようにその場に伏してしまい、千鳥川の演技ではなく本物ではないのかと一瞬は辺りにざわつきが起こってしまう。


「いまいちよく分かんねぇけど全員ぶっ倒れて悲劇って感じだな」

「僕は今神村君の理解力の低さに悲劇を感じているよ」


 それぞれがどれだけ話の内容を理解できたかはさておき、演劇というカテゴリにおいて各々が役を演じきり、衣装はなくともそれを演技だけでカバーしきっているという点は高い評価になるだろう。

 最後のクライマックスまで全てをほぼ完璧に演じきった瞬間に、観客の方からは自然と拍手が湧き上がってくる。

 そしてそれぞれが競争相手であるはずのその他のクラス長、副クラス長からですらも拍手が送られる。


「素晴らしい! この短時間でよくここまで仕上げた!」

「お褒めいただき光栄であります」

「しかしトップでこれだけの完成度のものを出されては中々後がやりづらいだろうな」


 皇城か高評価な寸評があった後に、続いて始まるのは二組の劇。


「それでは二組の劇を見せて貰おうか」

「はい! それではこの私氏波オリジナルの脚本で遅らせていただきます、題名は『男子高校生の恋愛事情』!」

「おいおい、あんな面してラブコメって……しかも自分脚本かよ」

「逆にいうとさっきの一組とは違って、脚本を自分で書いているからこそ先が読めないという利点もあるからね」

「逆にいうとつまらねぇ脚本だったら纏めて駄目になるってオチじゃねぇか」


 神村が辛口なコメントを残している中、劇はヒロイン役である高座を中心にして淡々と進められていく。


「脚本はともかく、配役ミスってんじゃねぇのか? 高座の奴殆ど普段と変わらない演技だぞ?」

「うん。多分その辺も踏まえて氏波君は脚本を書いているんじゃないかな? 不思議な少女と一般高校生の恋愛って感じで」


 個々人の特性を見抜くのは、何も愉坂や稲山の専売特許という訳ではない。クラス長として自分のクラスメイトのそれぞれの得意不得意、そして性格を知るのは当然のことであり最低限持っていなければならない力でもある。

 そして肝心の中身であるが、一組ほどのクオリティはないとはいえ神村のような人間にもストーリーが分かりやすく、中には感情移入もする生徒も見受けることができた。


「けど神村君さぁ、このままだと何か嫉妬とかしたりしない?」

「嫉妬? 何がだ?」

「いやさぁほら、恋愛ものといえばクライマックスでの告白とかキスシーンとかある訳じゃん?」

「何が言いてぇんだよ……」


 愉坂としては茶化すつもりで軽く聞いてみたが、神村は一体何を言っているんだと怪訝な表情を浮かべている。


「……いや、まあ、別に良いけどさ」

「意味分かんねぇ……おっ、そのクライマックスの告白シーンみたいだぞ」


 そしてやってきたクライマックスでの告白シーン。主人公である高校生が、ヒロインである高座に、緊張しながらも告白するシーンであるが――


「僕と……僕と、付き合って下さい!!」

「主人公ヒロトの精一杯の告白。それは愚直でありながら、真っ直ぐで真摯なものだった――」

「この氏波のナレーション必要か?」

「まあまあ、これがあるから分かりやすいところもあるし多少はね?」


 遂に主人公の告白、高座に向かって頭を垂れて大声で叫んだが――


「――ごめんなさい」

「えっ?」

「はぁ?」

「そう、ヒロインは満面の笑顔を浮かべ二つ返事で――って、おい!?」


 ほんらいであればヒロインが二つ返事で答え、ハッピーエンドへと進むはずの劇が、ここで高座の予想外の暴走が始まることに。


「わたし、他に気になってる人がいるから」

「ええっ!? ちょ、これ劇だよ!? 後は抱き合ってハッピーエンドでしょ!?」

「練習の時からそうだったけど、わたし別に抱き合いたくないもん」

「ぐぬぬぬ、練習の時は見逃していたが、ここまで来てわがままは止めろ高座!!」

「おやおや、予定外のことが起こっているようだな」

「やはりあの女は輪を乱す。氏波も早く切り捨てなければ損害を被るばかりだぞ」


 講堂の後ろでは皇城が苦笑を漏らし、そしていつの間にかその隣に立っていた加賀が高座に対して苦言を漏らしている。


「それで、わたしが気になってるのは……この人」


 そうして勝手に壇上を降りた高座が向かった先は――


「――ねぇ、立って」

「はぁ!? 俺!?」

「かぁあむらぁっ!? お前いつの間にうちの副クラス長をたぶらかしたぁ!?」

「いや俺も知らねぇっての! つーか立つ訳ねぇだろ!?」

「おねがい。このままわたしがあの人と付き合うことになっていいの?」


 知ったことではない、と神村は困った様子であったが、氏波もこのままでは話にオチがつかないと、とっさに機転を利かせて新たにナレーションを始める。


「ヒロトの恋は悲恋に終わる。しかし不思議な彼女との一夏の思い出は、一生の思い出として彼の記憶に刻まれることになるだろう――」

「何か良い感じで終わらせようとしているけど実際は無理矢理強制終了でしょぉ!?」

「いやー、何とかうまく話を纏めた二組のクラス長の腕前は中々じゃない?」


 劇が終了した際に一年生の間では賛否両論となったが、皇城はというと突然の珍事に笑いを見いだしたようで、それなりの高評価を示していた。


「続いて三組! 一組、二組に続いて良いものを見せてくれ!」

「全く、一組はともかくそれ以外とは格が違うことを、あたくしの舞でもって知らしめないといけないみたいね」


 そうして壇上に上がったのは、クラス長の三刀屋平一と、ごく少数のクラスの人間だけ。


「少数精鋭って所かな」

「そうみたいだな」

「演目は、『鷺娘』よ!!」


 それはまさに、本家本元と評価されるべき者だった。女形として壇上に登場した三刀屋の舞う姿は、このような講堂で見るには贅沢すぎる代物だった。

 天才歌舞伎役者として将来を約束されていたはずの少年の演技は、それまでの劇に向き合う観衆の集中をより高いところで集めている。


「……さて、そろそろ準備しないと」

「…………」

「……神村君」

「はっ!? わりぃわりぃ、よく分かんねぇけど滅茶苦茶スゲェって思っちまって」

「なんのなんの、僕達はあれに勝たなくちゃいけないんだから。最後の仕上げの為に準備を急ぐよ」


 暗闇に浮かぶ壇上の三刀屋に皆が集中する中、愉坂達五組の中で実際に壇上に上がるメンバーと道具衣装係とが、列を抜けて準備の為に移動を開始する。


「……ん? 何をこそこそと移動しているんだ?」

「チッ、加賀と目が合っちまった」


 目ざとくも動き出す愉坂達を見つけた加賀は注意しようとするが、皇城によって止められて再び大人しく壁により掛かって壇上の方に目を見やり始める。


「恐らくは自分達の番に向けての最終調整でもしているのであろう。放っておけ」

「ふん、そうならいいが」

「なんか知らねぇが、注意されずに済んだぜ」


 加賀と目が合うついでに神村は辺りを見回したが、未だに稲山の姿は見つけることができない。


「まだ来てねぇみてぇだが、どうする?」

「うーん、仕方ない。こうなったら僕が女装してシンデレラ役を――」

「ごめんごめん、待たせた?」

「稲山先輩!」


 声がする方に愉坂が振り返れば、そこには急いできたのか肩で息をする稲山の姿が。


「キミから貰った台本を覚えるのに思ったより時間がかかっちゃって」

「すいません無理を承知でお願いしちゃって」

「いいよいいよ。それより、キミ達の方こそキッチリと台本覚えてきたんだろうね?」

「その辺はご心配なく! ……神村君を除いて」

「俺だって台詞自体は覚えてるっての! ……問題は配役だ」

「そこはクジだから文句言わない! ほら、もうすぐ四組が始まるから配置について!」


 ようやく役者は揃った。後は最高の劇を皆に見せつけるだけ。


「それじゃ、一年五組皆の努力の結晶であり、友情の証でもある最高の演劇――」


 ――シンデレラを、始めようか。

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