第八章 キツネ + キツネ = 確かな友情 その3
「帰りは気をつけてね。それとこの台本だけど――」
「早速頼み事をしちゃってほんとごめんなさい! やっぱり劇には先輩が必要なんです!」
「うーん、流石にそれとこれとは別問題だと思うけど……」
「まあ駄目なら駄目で、何とかしますから! それじゃ!」
夜遅くの訪問だということも忘れて、愉坂は元気に稲山の元を去って行く。
「よーし、何だか自信が出てきたぞ!」
それは神村という頼もしいライオンがいる時とはまた違う、キツネ自身の内側から湧き出てきた勇気だといえる。
「……って、ヤバッ! 神村君放置しっぱなしだった!」
時刻はあれから三十分以上経ってしまっている。部屋に戻っているかどうかはともかく、少なくとも稲山の所には来ていないところから、どうにかしなくてはいけないは間違いない。
「……あれ?」
行きとは違って帰りは足早に自分の部屋へと向かう。指導程度で何事も無ければ、神村に平謝りだってしてみせる。そう思って愉坂が走っていると、またしても人影が見えてくる。
「くっ……神村君が見つかったことで見回りが厳しくなったのか」
恐らく今度は二人組。先程と同じ人影と、更に背の高い雰囲気のもう一人がすぐ傍にいる。
「二人組……面倒なことに……ん?」
よく見ると人影の片方は先程と同じでふらふらとしているようで、大きな人影がそれを支えているようにも見える。
「……様子がおかしい」
愉坂はあえて廊下の照明近くに身を潜めると、その人影の正体を掴もうと目を見張る。
すると――
「――おい、寝るなら部屋で寝ろ!」
「んぅ、だってぇ……」
「だってもクソもあるかよ。なんで俺が深夜に女子トイレまでついて行ってやらなくちゃいけないんだ……」
「なんだ、神村君無事だったんだ」
「おう。人影の正体はこいつだったって訳だ」
そうして明かりの下に姿を現わしたのは、不機嫌な表情を浮かべる神村と、眠そうに目を何度もこすりつつうつらうつらとしている高座だった。
「一体どういうこと?」
「こいつが夜中にトイレに向かっていたのを、俺達が先公の見回りと勘違いしただけだ」
「だったらどうしてその時に高座さんは何も言わなかったの?」
「みゅぅ……だって、黙ってたら神村がついてきてくれたから」
「ハァー……ったく、俺は夜中に起きてただこいつの連れションに付き合わされただけってことかよ」
それにしては三十分も時間がかかるものなのかと疑問が残るが、あのふらふらぶりだと相当時間がかかってもおかしくはないだろう。
「それはそうと、そっちは上手くいったのかよ」
「当然! 僕に不可能はない!」
それまでは事前調査をしなければならなかったはずが、早速調子に乗る愉坂を前にして神村は皮肉を吐く。
「ケッ、ついさっきまで俺を相手に練習してた奴がよく言うぜ」
「そ、それは言わない約束でしょ!?」
暗くてよく見えないものの、赤面している愉坂の顔は簡単に想像できる。そして神村はそのまま愉坂と一緒の方を向いて帰るかと思いきや、まだ高座を連れ帰っていないと愉坂に送ってから戻ると伝える。
「こいつふらふらしてっからこのままだと朝になっても部屋に戻ってるか分からねぇからな」
「ふへへ、それほどでも……」
「褒めてねぇっつーの。つーことで、高座を部屋まで送ったら俺も戻るわ」
「そっか。それじゃ、後は予定通り――」
「ああ、明日の劇で――」
――一組に一泡吹かせるとするか。
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