わし魔王じゃが勇者パーティーの賢者に溺愛されすぎてほんとつらい。

monaka

わし魔王じゃが勇者パーティーの賢者に溺愛されすぎてほんとつらい。



「う……ん……」


 ここは……どこじゃ。


 確かわしは勇者どもと最終決戦をしていて……そうじゃ、わしの精神支配能力で仲間同士を争わせようとしたのじゃが妙なアミュレットのせいで防がれてしまったのじゃったか。

 ……そうではなくて。

 いや、そうではあるのじゃが……確かわしは激戦の末奴等に負けてしもうたんじゃ。

 なんとか苦し紛れに次元の狭間に逃げ込んで……。


 なのにどうしてわしベッドに寝ておるんじゃ?

 妙にすっきりした気分じゃ。ふかふかの布団に包まれるなどいったいいつぶりじゃろうか?


 ……って、だからここはどこじゃ?


 上半身を起こし、辺りを見渡すと……どうやらここは誰かの家であるらしい。

 簡素で最低限の家具しかこの部屋には見当たらないが、誰かがわしを助けてくれたという事じゃ。

 という事は勇者どもはわしを追ってはこなかった……? さすがに危険を犯してまで次元の狭間に飛び込むのは抵抗があったのじゃろう。

 ……しかし魔王にとどめを刺せるというチャンスを見過ごすであろうか?


 その時こんこん、と控えめなノックの音が響く。

 家主にはきちんと礼をせねばな。


 ゆっくりと開かれるドア。そこから室内へ入ってくる人影に向かって感謝の言葉を……。


「お主がわしを助けてくれたんじゃな。感謝してもしきれ……ふぁーっ!?」


 言おうとしたのじゃがそれどころじゃなかった。


「お目覚めをお待ちしておりました」

「き、きっ、キサマーっ!!」

「こらこら、怪我人が暴れてはいけませんよ。もう少し横になっていた方がよろしいのでは?」


 な、何がどうなっとるんじゃ?

 ドアの向こうから現れたのは青白いサラサラの髪を後ろで一つに束ね、片目にだけ丸い眼鏡をつけている勇者の仲間……賢者のエルフであった。


「貴様っ! わしをこんな所に寝かせていったいどういうつもりじゃっ!?」

「いったい何をおっしゃられているのです? 私が魔王様を助けるのは当然ではありませんか」


 ……賢者は糸のような目をほんのり開いてにっこりと笑った。


「な、なんなじゃ……?」


 いったい何が……む?

 その時わしはある事に気が付いた。

 賢者が首から下げているアミュレットにがっつりとヒビが入っている。


 なるほどなるほどそういう事か理解したのじゃ。

 確かあのアミュレットには忌々しい女神の力が込められていて破邪の力があるとかなんとか勇者が言っておった。つまりそれが破損した事でわしの精神支配がじわじわとこの男の精神を蝕んだ……という事であろう。


 わしすごい!


「……わしが誰か言ってみよ」

「我が主の魔王、アリス・アイリス様です」


 男は深々と頭を下げる。これはいい。


「うむ、して勇者どもはどうした?」

「私一人で追いかけると言って置いてきました。障壁を張っておいたので彼らが追って来る事はありません」

「でかした! よくやったのじゃ!」


 っくふふふ! これはいい拾い物をしたのじゃ。


「お褒めに与り有難き幸せ。今後は魔王様と共に歩むと約束致しましょう」

「うむうむ、よいぞよいぞ!」

「ところでアリス様、まずは魔王軍の再編ですが現在の被害状況はどの程度なのでしょうか?」

「うむ、貴様を含む勇者どもにより地上に連れて出た魔物はそのほとんどがやられてしもうた」

「……申し訳ありません」


 賢者は本当に申し訳なさそうに眉をひそめ、胸元をぎゅっと掴んだ。


「よい、お主が謝る必要は無いのじゃ。お主は最早我がしもべであろう?」

「……はい。仰る通りです。私が居れば勇者どもを謀る事も容易いでしょうし必ずや魔王軍を復活させてみせましょう!」

「うむうむ! 心強いのう! ……しかし現状の魔界にはもう……力のある魔物はほとんど残されてはおらんのじゃ。どうしたものかのう」


 賢者の考えを聞こうと、ベッドの脇に立つその顔を見上げると顎に手を当て小さく頷いている。何か思いついたのかもしれない。


「なるほど、それでは長期的に考えた方がよさそうですね。ならば一度身を潜めては如何でしょう?」

「身を潜めると言ってものう……あの勇者どもは必ずや嗅ぎ付けてくるであろう。その時わしと貴様だけでは……」

「シュライズです」

「……なに?」

「私の名前です。シュライズ。シュラとお呼び下さい」


 シュラ。


「ふ、ふはは……シュラか。いいじゃろう! 魔王軍に相応しき名前じゃ! ……しかしシュラよ。お主とわしの二人だけでいざという時どうする?」

「その為の私ですよ。魔王アリス様……不躾なお願いで申し訳無いのですがそこの床にうつ伏せで倒れて頂けませんか?」

「なんじゃと……?」


 わしに地べたに横たわれと……?


「どうしても必要な事なのです」

「……うむ、分かった。信じよう」


 なんというか非常に屈辱的ではあるがどうしても必要な事じゃというのなら何か理由があるのであろう。


「もう少し手足を開いて……そうそう、出来ればもう少し見苦しい感じで」

「お主、わしを誰だと……」

「必要な事なのです」

「ぐぬぬ……あーもう! これでいいんんじゃな?」


 もうやけくそじゃ。さぁ、わしが納得する理由を言ってみろ……!


「はい。そのまましばらく動かないで下さいね」


 こやつ何をする気じゃ……?


「……アレク、聞こえますかアレク」

「き、貴様ッ!」

「静かに」


 突然どこかと通信を始めたので文句を言ってやろうと思ったが、めっちゃ怖い目で睨まれた。


「う、うむ……」


『シュライズか! 無事なのか!?』

「問題ありません。それより報告があります。これを見て下さい」

『……お、お前……やったのか!?』

「ええ、逃げ回られて少々手こずりましたが無事に魔王にとどめを刺しました。これで世界の平和は守られましたよ」

『よくやったぞ! お前だけ障壁の内側に取り残された時はどうなるかと思ったが……まぁいい。お前も早く帰ってこい!』

「いえ、私はこのまま旅に出ます。役目は終えましたからね」

『待てよ、魔王を討伐したんだぞ? 王から報奨金が出る。それに地位だって約束されるんだぞ?』

「私にはそんな物必要ありません。貴方達の手柄にして下さい。私は負傷して戦線を離れたとでも言っておけばいい」

『しかし……実際魔王を倒したのは』

「クドいですよ? 私が地位や名声に興味ないのはアレクも知っているでしょう?」

『そう、だったな……お前はそういう奴だ』

「ええ、それでは皆にもよろしくお伝えください。貴方達と過ごした日々はなかなか貴重で面白かったですよ」

『……また、会えるか?』

「……そうですね。時がくれば」

『はは、本当は俺達がまた揃う必要なんて無いのが一番だけどな』

「どちらにせよ魔王は死にました。地上に居る強力な魔物もほぼ駆逐した今、当分私達の出番はありませんよ」

『……そうだな。でもまた会える日を楽しみにしてるぞ』

「私も……楽しみにしていますよ。それでは」

『ああ、またな』

「ええ、また」


 ……わしはシュラが勇者と話している間ずっと見苦しい姿勢で耐えた。


「……もういいですよ」

「シュラ、お前……本当にいいのじゃな?」

「当然です。今の私は魔王様の忠実なるしもべ。死んだふりお疲れ様でした。映像を投影して見せたのでアリス様が死んだように見えていたはずです。これで追手はきませんよ」

「ふふ、ふはは、はーっはっは! これはわしにも運が向いてきたのう! シュラよ、お主が我がしもべになって心強いぞ!」

「ええ、ここに立っているのが私以外だったならばこうはいかなかったでしょう。もっと褒め称えてくださって結構ですよ?」

「う、うむ……? お主……本当にわしを魔王として敬っておるか……?」


 シュラは起き上がったわしを見下ろしてフッと笑った。鼻で。


「何を当たり前の事を言っているのですか。私をこうしたのはアリス様ですよ? あまり阿呆な事を言わないで下さいませ。魔王としての威厳が微塵も感じられませんよ」

「ぬ、ぬぅ……なんだか非常にものすごくひっかかりを感じるんじゃが……まぁよい。これからの働きに期待しておるぞ」

「はい。私に任せておけば大丈夫です。時間はかかるでしょうが無事に魔王軍を復活させ、次こそは人間どもを根絶やしに……」

「ま、まてまてまて、そこまでせんでよい」


 シュラは糸のような目を今までで一番開き、不思議そうに首を傾げた。


「はて……? 魔王軍の目的は人類滅亡ではないので?」

「だ、誰じゃそんな物騒な事を言ったのは!」


 そんなもんわしの理想とはかけ離れておる。


「魔王軍幹部の連中は大体そんなような事を言っておりましたが」

「あの馬鹿どもめ……力の強い知能のある連中は血気盛んの戦闘狂いの馬鹿ばかりじゃ……わしはそんな命令一回もしとらんというのに」

「……では、魔王様の望みは?」


 ……魔界という場所は完全なる実力主義であり、力の有る物がそれ以外を支配する世界。

 わしは亡き父上から受け継いだ生まれつきの膨大な魔力により魔物を従わせてきた。

 しかし、わしが魔物全てを管理するのは無理がある。力の強い魔物はそれぞれ縄張りがあり、そこの統治はそれぞれに任されていた。

 それが当たり前であり、今更変える事は出来ないし縄張りの主たちが応じる筈もない。

 だからわしは、魔王権限で縄張りの主たちを全て集め魔王軍幹部としての地位を与え、地上に連れ出した。

 地上を人間達から奪い、居心地のいい居場所を作ってやる事で魔界の事などどうでもよくなるように。


「……と、言う訳じゃ」

「なんと……では魔界に残る弱者達の為に?」

「む、まぁ……魔界の連中は基本頭が弱いんでな、力の有る物からどんな酷い扱いを受けようと食料を奪われようと仕方ないと諦めておった。じゃからわしがなんとかしたかったんじゃよ。わしらが居ない魔界はさぞかし平和になったじゃろうな」


 わしの目的は地上に幹部連中の居場所を作る事。そしてそいつらを魔界から引き離す事。

 人間が我々と共存などできようはずもないので止む無く戦っていただけじゃ。


「……」


 シュラは眉間に指を当て、何かをぶつぶつ呟いていた。きっと……。


「わしに失望したか?」


 それも仕方あるまい。こいつも勇者の仲間……数々の魔法を操り膨大な知識を有する賢者。つまり力を持つ者じゃ。

 わしの本心を聞いたらがっかりして当然であろう。


「素晴らしい」

「……ほぇ?」

「私、感銘を受けました。魔王様はなんと思慮深くお優しくお可愛らしいのでしょうか」

「お、おい最初の二つはともかくお可愛らしいはないじゃろこそばゆいのじゃっ!」


 もしかしてわしの精神支配が強すぎたのであろうか? わし全肯定マンになっている可能性がある。


「いえいえ、私の本心ですよ。魔王様は本当にお可愛らしい……私が忠誠を誓い忠義を尽くすに相応しいお方です!」

「う、うむぅ……なにやら腑に落ちんし釈然とせんがまぁよかろう」


「しかしながら」


 シュラはモノクルの位置を調整しながら天井を見上げる。


「それならば話が変わってきますね」

「ど、どういう事じゃ?」

「アリス様の話を聞く限りだと現状貴女様の望みは全て叶ってしまっているのでは? 魔界にて民を苦しめていた連中は死に絶え、魔界も平和になった」

「……まぁ、それはそうじゃのう。勇者どもに負けたのは非常に不愉快じゃがな」


 こやつは何が言いたいのであろう?


「アリス様はどういう形であれ苦しむ者達を救い、幸せにしました」


 幸せ……か。


「そうだといいんじゃがな」

「ですから、次はアリス様ご自身が幸せになってもよろしいのでは?」

「……なん、じゃと?」

「次はアリス様が幸せになってもよろしいのでは? と申し上げました」

「わ、わしが幸せに、じゃと? 何を馬鹿な」

「馬鹿は貴女です!」

「なんじゃと貴様ーっ! わしに対してなんという口のきき方じゃっ!」

「おっと失礼……アリス様があまりにもお馬鹿であらせられましたのでつい本心がこぼれてしまいました」

「おいお前! 本当にちゃんと精神支配かかっとるんじゃろうな!?」

「勿論ですよ何をたわけた事を」

「ムッキーッ!! っ、いたた……」

「まだ戦いの傷が癒えていないのですから興奮するとお身体に障りますよ」

「貴様のせいじゃろがい!」

「シュラです」


「……は?」


「ですから貴様ではなくシュラと……」

「ええいもうよいわ! シュラよ、だったらお主はわしにいったいどうせよと?」


 いきなり幸せになれと言われても何をどうしたらいいというのか。

 わしはそういう生き方は知らぬ。


「はい、ですから私はこれから……」


 聞き間違いかと思った。それくらい意味が分からなかったから。


「アリス様を全身全霊で甘やかそうかと」

「……ん? え、あ、あまや……?」

「ええ、甘やかします。とてもお可愛らしい私の魔王様を徹底的に甘やかし尽くします。幸せ過ぎて辛くなるほどに」

「ま、待て……」


 おかしい。


「お前、なんか、絶対おかしいぞ……!?」

「お前ではなくシュラでございます」

「なんなじゃお主は!」

「ですからシュラで……」

「あーあーあー! そういう事では……っ……はぁ、もうよいのじゃ。しかしシュラ、これからどうするつもりじゃ? そもそもここはいったいどこなんじゃ」


 こいつの家だとして、もし人里のど真ん中だったりしたらわし居心地悪くてたまらん。


「エルフには世界中に隠れ里がいくつもありましてね、ここはその一つ。今は私の別荘として使っております」

「なんと、では外にはエルフが……?」


 エルフは基本的に他の種族とは関わらないと聞くが、わしのようなよそ者がいたら……。


「いえ、ここは既に廃棄された隠れ里ですから誰もおりません。私とアリス様の二人っきりですよ」

「な、なにやら言い方が気持悪いんじゃが……」


 ベッドに腰かけ、眉間に皺を寄せているシュラを見上げていると露骨に大きなため息を吐かれた。なんじゃこいつ不敬にも程がある。


「この際ですからはっきりと言っておきますが私はアリス様を愛しております」


「……ん? ……はぁ?」


「ですから私はアリス様を心より愛して……」

「はっ、はぁぁぁぁぁ!? ま、待って、ちょっと待って、なんでそうなったんじゃ!? そんな精神支配かけとりゃせんが!?」

「私実は以前よりアリス様の事をお慕いしておりまして。しもべとなった事により気持ちが抑えられなくなっております」

「なんで!? なんで勇者一行の賢者が魔王の事好きになっとんの!?」

「……なんで、と言われましても……アリス様はジブールの遺跡はご存知ですよね?」

「勿論じゃ」


 ジブールの遺跡というのは地上に出たばかりの頃わしが魔王軍を率いて拠点として使っていた場所。

 後に現在の魔王城へと移動した後は物資の保管などに使っておった。

 そこを勇者どもに攻め込まれて配属していた幹部はやられ、貴重な品も根こそぎ奪われてしまったのじゃ。


「勇者達には一切言ってないのですが、私はあの遺跡探索の折に秘密の小部屋を見つけまして」


 ……えっ。


「ま、待て」

「その小部屋の中にですね」

「待ってってば! やめてーっ!」

「魔王様の日記帳が残されておりました」

「見たのか!? あれを!? 勝手に!?」

「はい。今も肌身離さず持っております。私の宝物ですから」

「ぎゃーっ!! お前人の日記を勝手に読むなと親に教わらんかったのか!?」

「はい。私には親と呼べるような存在は居ませんでしたから。魔王様と同じように幼い頃に死別しております」


 さ、最悪じゃぁぁぁ。

 わしすら今の今までその存在を忘れておった。

 あの頃のわしはいざ地上に来たはいいものの心細くて、誰にも頼れず日記の中にだけ弱音を吐き出してなんとか精神を保っておった。

 わしの黒歴史というやつである。


「殺せ……! 殺してくれーっ!」

「何故です?」

「何故ちゃうわ恥ずかしすぎて死ぬ! お前が殺してくれんのなら死ぬ! わし死んでやるーっ!」

「気は確かですか? たわけた事を言わないで下さい。私はあの日記を読んだ時からずっと思っていたのです。この方をどうにか幸せにして差し上げたいと……」

「お前、やっぱり精神支配などかかっとりゃせんじゃろ!!」

「そんな事どうだっていいじゃありませんか」

「よくない!」

「私は貴女を愛してしまったのです。深い悲しみと寂しさを心に秘め……それでも気丈に振舞っている魔王様……アリス様を」


 日記読んで気に入ったからって普通勇者の仲間が魔王を愛したりせんじゃろ馬鹿なのか!?


「本来ならば魔王軍を復活させこの世の全てを貴女に捧げるつもりでしたが……」

「く、狂っておる……」

「最早その必要もなさそうですので、思う存分アリス様を甘やかす事ができます」

「だ、誰か助け……」

「誰も居ませんし来ませんよ? ここは私とアリス様だけの世界ですから」

「ひっ……!」

「私の命尽きるまで貴女様に尽くすとお約束致します」

「や、やだ……」

「やだとはなんですかやだとは。私をこうしたのは貴女だと申し上げたはずです。これは言うなれば自業自得、

 因果応報、塞翁が馬、というやつです。そもそもあのような場所にその大事な日記を置いておくのが悪いのですよ?」


 だ、だって、だって……。


「あの隠し部屋が見つかると思わないもん! 見つかるような場所じゃないもん! ちゃんと何重にも結界張って認識阻害かけて気付かれないようにしてたもん!」

「もんもんもんもんうるさいですね。私ほどになれば逆にそのセキュリティの存在を感知して怪しい場所を見つける事が出来るのです。勿論打ち消す事も容易い……しかしそのおかげでずっと壁を作っていた私の心は愛おしいという感情を知りました」

「知らんでよいっ!!」

「もう、知ってしまったのです。貴女様という可愛らしさの権化を。もう誰にも……そう、勇者であろうと、魔王であろうと私を止める事は出来ません」


「ひ、ひぇ……」


「これから、よろしくお願いしますね? アリス様」


「い、いや……」


「お 願 い し ま す ね ?」


「は、はぃ……」


 お、終わった……わしの人生、終わった。



「ではまず食事にしましょうか。実はもう隣の部屋に用意してあるのです。そろそろスリープの魔法が解け……いえ、お目覚めになる頃合いだと思っておりましたので」

「おい待て今聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするが!?」


 ダメじゃダメじゃ流されるな冷静になれわし!


 しかし無常にもわしのお腹はぐぎゅるるる~と情けない音を出した。


「お腹の方は素直ですね。とてもお可愛らしい」

「そのお可愛らしいってのやめろ!」

「ふふ、さぁ隣の部屋へ。まずは食事をとってからでも構わないでしょう?」


 ……確かに腹は減っておるし食事を取るだけ取ってから隙をついて逃げ出せばよいか。


「ちなみに逃げようとしても無駄ですよ? 対策済みですので」


 八方塞がった。やはり終わりじゃ。わし終わり。

 わし第二章開始。そして完。


 げんなりしつつもドアを開け、隣の部屋へ移動すると……。


「こ、これをシュラが?」


 そこには大きなテーブルいっぱいに並べられた色とりどりの料理が美味しそうな匂いを放ち並べられていた。


「はい。全てアリス様への愛を込めて作らせて頂きました。ささ、どうぞ召し上がって下さい」

「……妙な薬など入っとらんじゃろな?」

「勿論そんな事はしませんよ。ささ、どうぞどうぞ」


 席に座り、どれから手をつけようか迷っているとシュラがどこかからスープを持ってきてくれたのでまずはそれを一口。


 これがまたほっぺた落ちそうなくらい美味い。


「な、なんじゃこれは……こんな美味いもん初めてくったのじゃぁぁぁ……」

「ふふ、喜ぶ笑顔が見れて私は幸せです。他のも美味しいですから気の済むまで召し上がって下さいね」

「う、うむ……!」


 無我夢中で料理を口に運ぶ。とてつもなく美味い。

 こいつと一緒に居れば毎日こんな美味い食事を食べられるというのか?

 わし、少しだけ心が揺らいでしまいそうじゃ。


「……ほぇ~っ、満腹じゃぁ……」

「気に入って頂けて良かったです。お風呂も準備してありますのでよろしければどうぞ」


 シュラは手際よく食器を片付け……というかよく分からん亜空間みたいなところに放り込んで片付けた。

 魔法をうまく生活に活用している。


「ちなみになんじゃが……風呂というのは湯を溜めてあるのかのう?」

「勿論です。大きな浴槽に沢山お湯を張ってありますから安心ですよ」

「何が安心なのかはともかくありがたいのじゃ」


 湯に浸かる。という行為は魔王軍の脳筋幹部連中にはまったく理解されない行為だったため、なかなかわしもゆっくり湯に浸かる機会が取れなかったのじゃ。


「何が安心か、ですか? 勿論二人で入っても問題無い広さという意味ですよ?」

「ほぇ? お、お主まさか一緒に入ろうなどと思っとらんじゃろうな!?」

「何を馬鹿な事を言ってるんでしょうかお可愛らしいですね」

「そ、そうじゃよな? それくらい広いって意味じゃよな」


 わしビックリしてしもうた。いくらなんでもそんな非常識な思考回路ではなさそうじゃ。


「勿論お供致しますし隅々まで洗って差し上げますからね」

「……」


 冗談を言ってるんじゃろうとシュラの顔をじっと見つめるが、糸みたいな目をさらに細くしてにっこりと笑うだけじゃった。


「か、帰る! わし帰るーっ!!」

「おやおやおや、一体どこに帰るというのでしょう? アリス様の居場所はもうここにしかありませんし他に作らせるはずも無いでしょう?」

「や、やめろ、そのニヤついた顔をやめるのじゃこのヘンタイっ!」

「私が……変態、ですか? 心外ですね」

「下心しか見えないが!?」

「はは、そんなはず無いでしょう?」


 嘘つけこのド変態めが!


「下心以外のなんだと言うんじゃこのヘンタイめーっ!」

「愛です。愛ですよアリス様」

「やかましいわーっ!」


 愛など知らずに育ち、心の底ではずっと愛という物に餓えていたわしではあるが、もし……もしもこんな物が愛だと言うのであればわしは……。


 愛などいらぬ。


「さ、お風呂入りましょうね」

「い、嫌じゃぁぁぁぁぁっ!! だ、誰か! 勇者でもいいから助けてぇぇぇーっ!」

「うふふ、お可愛らしいですねぇ。何度も申し上げますがここには私達二人しかおりませんよ。いつまでも二人で幸せに暮らしましょうね」

「このヘンタイ! 外道! 人でなしっ! 悪魔ぁぁぁっ!!」

「……魔王様に罵倒されるのもなかなか悪くありませんね」

「ひっ……」


 わしの人生、これからどうなってしまうのじゃろうか。

 ぶっちゃけあの時逃げ出さずに勇者と最後まで戦って散っていた方が良かったやもしれん。


「さぁ脱ぎ脱ぎしましょうね」

「やーめーろーっ! 服を引っ張るでないーっ! わし一人で入るーっ!!」


 こ、こうなったらこいつを殺して……いくら賢者といえど一人だけなら勝てる! わしが負ける道理などどこにも無いのじゃっ!


「よし、イケる!  死ねぇぇぇっ! エクソダスフレイムぅぅぅっ!!」


 ぷすん。


 わしの掌からなにやら湯気のような物がもわっと出た。


「あっ、あれっ? なんでっ? エクソダスフレイム! エクソダスフレイム! エークソダースフレーイムぅぅぅ!! くそぅ、インディグネイション! エターナルフォースブリザード!! カリッツォー!! コアンヤァ!! ハーロイーン!! ファイナルアタァァァァァァァック!!! ……はぁ、はぁ……」


 何故じゃぁ……なんで何もでんのじゃぁ……。


「対策済み、と言ったでしょう? 無駄ですよ。アリス様のお力は封印させてもらいましたので最早初歩的な魔法程度しか使えませんよ」

「な、んじゃと……?」

「お眠りになられている間時間はたっぷりとありましたのでね」

「い、嫌じゃぁぁ!! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁん!!」





 結果。


 思いっきり泣き喚いたら意外にも「仕方ないですね」と言って一人でお風呂に入らせてくれた。


「いてて、それにしても傷が湯に染みるのう……ま、だとしてもいい湯であるがな」


 死ぬ気で喚けばなんとかなるものである。わしが本気で嫌がる事はしたくないという事らしいが、それならば今後もプライドかなぐり捨てていけば身を守る事は可能なのではないか?

 これが魔王のする事かと冷静に考えると我ながら情けなさの極みじゃが、ゆっくりと奴の気持を萎えさせていけばいいのじゃ。

 しかしわしの事を……あ、あ、愛しているなどと……本気なのじゃろうか?

 わしが嫌われるような事を続けて奴の気持ちが離れた時、わしはどうなるのであろう?

 その時わしは自由になれるのであろうが……その時シュラは……わしを殺すじゃろうか。


 そんな事を考えながら風呂からあがると、脱衣所にバスタオルと着替えが用意されていた。

 なかなか気が利く。変態なのを抜かせば非常に有能である。


「湯加減はどうでしたか?」

「うむ、いい湯であった。大儀である」


 今はそんな事を悩んでいても仕方あるまい。

 その時はその時じゃ。わしが何もせんでも気が変わる事もあるやもしれんしな。

 そもそも精神支配は結局どうなっておるんじゃ?


「アリス様、先ほどは脇腹の所の傷が痛そうでしたね? こちらに来て下さい。回復魔法で傷を塞いでしまいましょう。勇者の剣で切られた傷なのですぐ完治は難しいですが表面を塞ぐだけでも多少違うでしょう」

「う、うむ……それは助かる。湯がしみて大変だったの……じゃ?」


 待て、何かおかしい。


「お主、何故それを知っとる? まさかわしが眠っていた間に変な事でもしたのではあるまいな?」

「いえいえ、そんな事はしませんよ。ただお湯に入る時に痛そうだったものですから」

「そ、そうか。それならよいが」


 ……いや、よくないが?


「お、お前……わしの風呂覗いとったんか?」

「覗きだなんて失礼な。私は愛を込めて見守っていただけですよ。表情がころころと変わってとてもお可愛らしかったですよ」


 その時わしに電流走る。


 わしはもう無理かもしれん。お嫁にいけない。


「さ、今日はゆっくりとお休みになって下さいね。添い寝して差し上げますので」

「いらんわーっ!」


 ……そうじゃ。肝心な事を忘れておった。

 あのアミュレットが壊れて精神支配が中途半端にかかっている状態なのだとしたら、もう一度しっかりかけなおせば従順なしもべになるのでは?

 そうすればわしはもっとまともで優秀なしもべを得る事が出来る。

 幸いあの力はわしの生まれ持った特殊能力のような物。魔力を封じられていたとて使用可能であろう。


「ふふふ、まったく、わしとした事が……もっと早くに気付くべきじゃったわ。……愛していると言われたのは、正直驚いたが……まぁ、悪い気分ではなかったのじゃ」

「あの、アリス様」

「それ以上何も言うな。すまないが……お主は改めてわしの忠実なしもべとなるのじゃ」


 わしは掌をシュラへと向ける。


「……」


 シュラは無言でその掌を見つめていた。

 これで、終わりじゃ。少し寂しい気もするが……わしに幸せになってほしいのであればこれが最善の方法よ。


「シュラよ」

「……はい、アリス様。なんなりとご用命を」

「……うむ、わしは少々疲れた。ベッドまで運ぶのじゃ」


 相手に意思が無いからこそ、素直になれる事だってある。


 シュラはわしをまるで姫のように抱きかかえ、寝室のベッドまで運んだ。


「ご苦労じゃ。もう下がってよいぞ」

「……はて? この家にベッドは一つしかありませんが」

「それがどうしたのじゃ」

「ですから私も一緒に寝ると申しております」

「馬鹿かおのれは! 二度とは言わんぞ。下がれ!」

「あの、申し上げにくいのですが」

「なんじゃっ!」


「……精神支配、元々私にはそんなもの効きません」


 顔が熱くなるのを感じた。

 わし、お姫様抱っこされてしもうた。というかわしが命じた。

 こやつ、精神支配などかからん癖にかかったフリしとったんか? 悪質が過ぎる。


「さ、添い寝して差し上げますので一緒に寝ましょうね」


 ……わしの前途多難な人生、その第二章苦難編はどうやら始まったばかりであるらしい。

 出来る事ならば早々に第三章が始まる事を切に願う。


「私と結婚して第三章の始まりですか? 本当にお可愛らしい。愛しておりますよ……私のアリス様」


 心まで読むとかズルじゃろがい。


「この空間は私の一部のような物でして。アリス様のお姿はどこに居ても見えますしお考えも手に取るように分かるのです」


 ど、どうにかしてこいつを始末せねばわしには自由も未来も無い……!


「やれるものならやってみて下さい。ふふふ、これから毎日……楽しくなりますね」


 何が楽しいものか。しかしこれでなんの気兼ねも無くこいつを排除する事が出来る。罪悪感も情けも一切必要無しじゃ。



「必ずや私がアリス様を幸せにしてみせますからね?」


「必ずやお主を始末して幸せになってみせるのじゃ!」




 わしの戦いはまだ始まったばかり。




 未完。







★★あとがき★★

数ある作品の中からこの短編を読んで下さった方にまず感謝を。m(_ _)m

最初は洗脳されたフリしつつ魔王に近付き、隙をついて始末しようとするも魔王にだんだん惹かれていく賢者を書く予定でした。

予定というのは書いてる最中にここまで変貌してしまうものかと我ながら感心しています。

結局のところ自分は鬱作品か阿呆作品のどちらかしか書けないようですので諦めます。


もしこれを読んで少しでも気に入って下さったら是非とも思った通りの評価などして頂けると幸いです。

あと作者の別作品もよろしくね!


それではまた別の作品で出会える事を祈って。

monaka.

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