第9話 火の手が上がる交差市場、交渉再び


 それは夜を一瞬の昼に変え、島の全域に轟音は轟かせ、大地を揺らした。


 種の頂点に立ったドラゴンの住処を中心に吹き荒れた爆風は、市場のカラフルな布屋根を空へ吹き飛ばし、一拍遅れてきた瓦礫の破片は周囲一帯に風穴を無差別に開けた。


 爆心地となった部屋は未だ人が住めない熱量を保持している。

 部屋に開けられた大穴の縁にあるレンガは、魔法の絶する熱量を受けて溶け出し、今なお赤く己の存在を誇示していた。

 しかしその存在を無視するものがいた。大賢者ベルモントだ。

 かのドラゴンは平然とそれらに足跡を残し、全てが燃え尽きた部屋の中で、一人自身が吹き飛ばした者の行方を捜していた。

 

「久々過ぎて、加減を間違えちまったようだね、フェフェフェ…」

 

 自身の住処に壊滅的ダメージを与えたのにもかかわらず、気にも留めない大賢者。

 それとは対照的に、塔の中腹が半分以上吹き飛んだ惨状を目の当たりにした多くの者達は、詳細な状況を確認することもなく海岸へと逃げ出した。

 

 大賢者の奴隷達は冷静だった。彼らもまたベルモントに出会うまで、人の身でありながら国や世界から大罪の烙印を押された者達である。これ程度の事など見たこともあるしやってきた過去がある。

 

 えぐれた塔を見て、彼らの頭にあるのは何の為にという疑問だけだった。

 誰がと問うことに意味など無いし、大賢者の身をあんじる者など誰一人いない。

 

 ベルモントがついに世界との戦争を始める狼煙を上げたと馬鹿な考えを持つ者も現れる中、魔導塔がミシミシと不穏な重低音を響かせ、倒壊の予兆を辺りに知らせた。



|||||



 吹き飛ばされ女の子。

 身体から火の粉を散らし、風切り音を上げながら未だ島の上空を飛んでいた。

 街を越えほぼ直線に近い軌道のまま海へと着水すると、天まで伸びる高い水柱を生み出した。

 

 海水のおかげでまとわりついていた炎は消えたものの、彼女の全身は既に炭化し身動き一つ取ることが出来ないでいる。 

 それでも神に作られた彼女の命はついえなかった。

 無数の気泡に抱かれながら深い海の底へと沈んでいく中、自身を人間へと作り替えた神との会話を静かに思い出していた。


|||||


「やぁ、私の愛しい子。上手く星丸ごと自分のものに出来たようだね」

「………」


「別な事をやってもらう予定だったが、選定の儀の開催が決まってしまった。主神ゼファー様がたった100年姿をお見せにならなかっただけで。本当に忌々しい。」

「………」


「きっと法神か幻神の薄汚い手によって、今もどこかで拘束されているに違いない、そうに決まっている!!」

「………」


「憎い…、ゼファー様を独り占めにする奴が。あの自愛に満ちた笑顔を独占する奴が憎い!!」

「………」


「おや、慰めてくれるのかい?」

「………」


「優しい子だね」

「………」


「上手く育ってくれたのに非常に残念だが、代理人は人でなくてはならないらしくてね。送り込むには身体を1から作り直さなければならないだ。頑張れるかい?」

「………」


「ありがとう、私の愛し子。ゼファー様の椅子を簒奪する愚かな神々の代理人を皆殺しろ。主神はゼファー様以外ありえない。あっていいはずがない!!!」

「………」


「頼んだよ。私の愛しい子よ。君なら必ずやれると信じているよ」

「………」



|||||



「倒れるぞー!!!」


 100m以上あるへし折れた塔の先端は、星空からゆっくりと方向を変え、島を横断するように大地へと激突した。

 衝突によって下敷きとなった建屋の残骸を空へと舞い上がらせ、砂埃が島にいた者達の視界を広く奪っていく。島には怒号が飛び交い、恨みの呪詛があちこちから吹き出したが、その矛先を大賢者に向ける愚か者は誰一人いなかった。


 一方、水柱が立ち上がった砂浜では、無数の黒い蔦が白波の中からその姿を現した。絨毯のように広がりを見せたその蔦は、砂浜でうごめき集まると一つの巨大な蔦で出来た黒い球体へと形状を変えた。

 

 その球体の中から、全身が炭化し、性別を判別するのも難しくなったそれは現れた。

 かろうじて人の形をしたその姿を見て、笑みを浮かべたのは大賢者だ。


「死んでなくてよかったよ。形すら残っているなんて、随分といい身体を親紳からもらったみたいだね」

 

 パキリパキリと焦げた部分が剥がれ落ちると、その奥から傷一つない女の子の白い肌が現れる。顔の焦げが剥がれ落ちると、女の子もまた笑みを浮かべていたのが、大賢者にも見て取れた。


 この世界の生き物の強さを計るために刃を向けた結果だ、彼女に不満など当然なかった。むしろ前世とは違う人の姿で身動きすることの楽しさや、初めて出会う自分にとって脅威となる面白い存在の出現に喜びを覚えていた。


 二人の視線が交差する。

 

「さあ、少し遊んでやるよお嬢ちゃん。それがお望みなんだろ?」


 声が届くはずがない距離だったが、彼女の言葉が終わった直後、女の子が纏う黒い蔦は数倍にも膨れ上がり、ベルモントの元へと女の子を急速に運んでいった。



|||||



 僕は護衛の人に抱えられたまま、海岸と塔のちょうど中間近くに位置する場所まで屋根の上をつたって逃げてきた。人混みを避ける為だ。


 建屋の中にいた人達もぞろぞろと路上に顔を出し、状況を把握する為に奔走している者も見受けられる。

 

 島に混沌した雰囲気が流れる中、周囲に目を光らせる護衛達に囲まれ、エンビーさんが僕と視線の高さを合わせる為に中腰になった。額にはうっすらと汗あり、ほのかに甘い香りも漂う。


「何があったか説明してくれラーズ。我々はベルモントの怒りを買ったのか?」

「恐らくそれは違う。見た限りだけど、僕たちに黒い蔦で攻撃してきた女の子とベルモントさんの戦闘に巻き込まれただけだと思う」


 僕の予測に護衛達がおのおの口を開く。


「全く感じなかった魔力が、爆発の直前にいきなり感じる事が出来たのは、やはりベルモントの魔法だったか…」

「でも感じたのはかすかだった、あんな威力出せるものなの?」

「魔力も姿と同じで見えないようにしてたんだろ、あまりに大きすぎて隠せるレベルを超えたから、俺達にも感知できたんじゃないのか?」


 エンビーさんは護衛の魔法うんぬんよりも、女の子との動向が気になるようだ。

 それもそのはず、ベルモントさんとの交渉まであと少しの所で邪魔された感は否めない。


「なぜベルモントと戦闘など…。奴隷が反旗を翻したのか?」

「あの子も僕と同じ代理人の一人だと思う。僕に君も代理人か?って聞いてきたし、首輪も着けてなかった。ちなみにだけど他の代理人がベルモントさんと揉めた話は聞いたことある?」

「集めた情報が正しければ、それは無いはずだ。もしそんなことがあれば、ラーズに声をかける事はなかったかもしれない」


 どうやらベルモントさんと揉めるのは正規の脱出ルートではないようだ。

 まぁ僕とっては今更だけどね。


 ドンッ!ドンッ!!ドンッ!!!


 突如、僕達がいる位置から右手の方に広がる街や市場からいくつもの爆発と火柱が上がった。それは戦闘継続を意味し、あの爆発をあの子が生き抜いたことを表していた。

 

 威力はまるで空爆だ…、いやそれ以上か?

 その中をあの子は未だ生きて戦っている。まさしく僕と違って神の代理人と名乗っても名前負けしない。ベルモントさんが僕を脆弱な部類の子供と評価した理由も、あれと比較されたら納得の評価と言わざるを得ない。


 

「エンビー、これからの方針を決めたい」


 護衛のリーダーを務めるグレドさんの掛け声に、エンビーさんは反応しなかった。 

 いや声をかけられる前から、眉間にしわを寄せたまま目を瞑り、何かを考え込んでいる。

 その様子を他の護衛達は周囲を警戒しながらも、かたずをのんで見守っているが、グレドはエンビーさんの様子にかまわず話を続けた。


「俺はこの島からの脱出を提案する。自分の島を平然と吹き飛ばすような奴だ。場合によっては島丸ごと吹き飛ばしてもおかしくない。御話のベルモンドはそれが実現可能で、そして平然とそれをやるタイプだからな」


 エンビーさんはまだ目をつぶったままだ。

 未だ離れているとは言え、火柱も爆発も止まることはない。


「どの道この状況で交渉なんて不可能だろう。エンビー、どんな思いでここにいるか知らないが、悪いが決断をしてほしい。もしノーだというのらば違約金を払ってでも俺達はおろさせてもらう。」


 判断を仰いでるようで、選択肢を一つしか持たせないグレドさん。

 その信用を捨てる覚悟を示したグレドさんに反応したのか、エンビーさんは目を開け、一度星空を眺めた後大きな深呼吸をした。

 そして重くなったその口を開いた。


「わかった、グレド。全員脱出の準備を始めてくれ」


 グレドさんは深くうなずき、チケットを配り始めた。

 別の男は通信機を取り出し、恐らく他の仲間を呼び出し始めたのだろう。

 

 ここまでか…、仕方のない事だ。僕でも同じ判断をする。

 エンビーさん抜きでも、ドクさんが交渉に応じてくれるかわからないが頼りにいくしかないか…。


 エンビーさんは護衛から受け取ったチケットをおもむろに見つめた後、それをそのまま僕へと差し出した。

 彼女の瞳は、死神が手ぐすね引いて待ち受ける戦場へ向かう時に、よく見た目と同じだった。


「ラーズも今すぐこの島を出ろ。私の故郷なら悪くない選択肢のはずだ。ドクには私から言っておく」

 

 いやいやいや、そうじゃないだろ。この人は本当にもう…。

 

 赤い瞳が見つめる中、差し出された物に僕は手を伸ばさない。

 その瞳をまっすぐ見つめ返し、決まりきった答えが返ってくるのがわかってて、質問をした。


「エンビーさんはどうするつもり?」


僕の端的な質問にエンビーさんは少し弱ったように見える笑み浮かべた。


「ベルモントが見えるようになったんだ。何とか交渉の場を設けてみせるさ」


 エンビーさんの発言に護衛達は困惑の表情を浮かべる。

 

 やっぱりね、あれは覚悟を決めた目だった。一人でやり遂げるつもりだ。


「ならこれは受け取れないね。僕はまだ仕事も約束も果たしてない」

「ベルモントが見えるようになった。お前にこれ以上出来ることは何もない。」

「忘れたの?ベルモントさんが見えた場合の僕の役割。エンビーさんをベルモントさんに紹介する、それが約束だったはずだ。紹介はベルモントさんを知る代理人である僕にしか出来ない。」


エンビーさんは目を見開いたら、含み笑いをしだした。


「もう十分だ、お前にだってやることがあるんだろ」

「そうだね。今、目の前にあるね」


 見つめ合う僕とエンビーさん。

 人手が欲しいはずなのに断るエンビーさんと、今すぐ逃げ出したいのに残る選択肢以外拒否する僕。

 

 あれこの押し問答近視感があるな、まぁいいか。

 この島に来てから今までにない事が起こりすぎている。

 これが自分の意思で生きるってことなのかもしれない。


 その時、空気を読めな流れ火の玉が僕らに向かって襲い掛かかってきた。


 ドゴォォォン!!!


 大きな爆発音と共に白煙が辺りを包み込み、その中からそれを防いだ障壁と共に護衛のおじさんが現れる。

 その障壁は蔦に攻撃された時のように壊れることはなく強固に健在していた。


「大丈夫か!」

「あぁ、問題ない。今パカスカ撃ってる魔法なら威力は6~7って所だ。居眠りしてなきゃ防げなくもねぇが、距離は欲しいし後10発ぐらいが限度だな」

「それぐらいなら、私もいける」

「俺もだ」


 聞かれてもいないのに、他の護衛達も次々に答え始める。

 長年チームを組んできたのだろう。グレドはそんな彼ら見ると、頭を抱え大きくため息をついた。


「わかった、わかったよ。他の連中が戻り次第、編成を組み直す。これでいいか?」


 死地へ留まる判断に、護衛達から「ヤー」と歓声が沸き上がった。

 エンビーさんはその状況に困惑するが、僕も自然と笑みを浮かべてしまった。

 

 絶対賢くない選択なのに、やる気しかない時ってあるよね!


「グレド…」

「子供に覚悟を見せられたんだ、俺らが先にいも引くわけにはいかねぇさ」

「すまない、感謝する」

「先に言っておくけど無理も無茶もしねぇからな。お前のおやっさんの時代から雇われているのはそういう臆病な所も見込まれてるからだ。交渉のタイミングを伺う為に島に留まる、ただそれだけだ。それ以上の事はしない。わかったか、泣き虫お嬢ちゃん」

「もう20をとうの昔に過ぎてるんだ、お嬢ちゃんはやめてくれグレド」

「俺からすればまだまだお前は子供だよ」


 張り詰めた雰囲気が弛緩したのか、護衛の女の人が僕にこっそり話しかけてきた。


「これつけなさい」

「なにこれ?」

「自動で障壁を張ってくれる魔道具よ、さっきの魔法の直撃には耐えられないけど、余波ぐらい何度か防げるから」

「いいの?お姉さんはつけなくて」

「もちろんつけてるわよ、それは私の予備だから、気にすることはないわ」

「ありがと、助かる」

「どういたしまして」

 

 混乱する島にへし折れた塔。それに今なお収まる様子のない攻防。

 

 死んでから一日も経たずに、それも自分の意思で戦場に舞い戻る選択をとるなんて…。

 僕はいつからこんなに勇敢な人間になったんだろうね、全く…。


 後悔などしないが自分の選択に呆れつつ、少しずつ変化している自分に驚きつつ、僕は癖になった装備品のチェックを行うのだった。

 

 あれ、やば…。唯一の拳銃、分解してドクさんの所に置いてきたままだったな…。

 レグルス様、貴方の大事な大事な代理人が今困り果ててます。助けるなら今のうちですよ!聞いてますかレグルス様!!

 




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これは少年ラーズの物語 仮名文字 @kanakana1222

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