第8話 大賢者と女の子


 大賢者ベルモント。

 人類では未だ認識さえ出来ない魔法の理へと到達し、命すら創造すると謳われるいにしえのドラゴン。

 7つの国がその逆鱗に触れ、彼女が生み出した流星によって世界で3番目の広さを持つ湿原へと変貌を遂げたことはおとぎ話ではない。 

 権力者達は恐れた、彼女に刃を向ける愚か者達の存在に。

 宗教家達もまた恐れた、自身が崇める神と同列に扱われる存在に。

 人類は平和と安寧を守る為、神の座から引きずりおろす為、苦肉の策としてかのドラゴンに【大賢者】の称号を共同で与え、彼女への攻撃は全人類に対しての攻撃と認定し、彼女を神とは別の不可侵の存在へと昇格させた。それは幾千の屍を築いた魔王にすら頭を垂れなかった人類が、神以外に初めてひれ伏した瞬間でもある。 


|||||

 

 島の中心にそびえ立つベルモントさんの住処である塔は、奴隷達から畏怖の念を込め【魔導塔】と呼ばれ、主人と共に存在を恐れられていた。

 

 その塔の100段以上はある直線的な階段を僕たちは今上っている。

 ベルモントさんとの交渉に赴く為だ。

 

 階段の手すりの壁面には、2メートル間隔に瓜の形をした色とりどりの発光するランプが埋め込まれ、その淡い光に誘われた妖精達がその周囲を音もたてずに飛び回っていた。

 出てくる時とは違って肉食系妖精かどうかビビっていると「だっこしてやろうか」とエンビーさんにからかわれた。もちろんそんなご提案されたら遠慮するわけにはいかないので「いいんですか」と伺ってみるも、「自分の足で登れ」と普通に置いてかれてしまった。

 

 提案して拒否するなんて世の中にこんな理不尽あるのだろうか?いいやないだろう。かと言って仕方ないとかがまれたらそれはそれで困っていたが…。


 意外にもエンビーさんは体力があり休憩をはさまないどころか息一つ切らさずスイスイ上っていく。僕はもちろんこれ程度は特に問題ない。慣れたくもない山での鬼ごっこの経験が生きているのかもしれない。

 

 そんなこんなしている間に、ベルモントさんの部屋へ通じる扉がある踊り場へたどり着く。この大きく古めかしい扉から出て来てからまだ1日も過ぎてないのに、戻ってきて懐かしいと思えるのは不思議なものだ。色々ありすぎたせいだろう。

 

 扉の前にはエンビーさんの護衛仲間と思われる2人の男女が既に待ち構えていた。

 片割れのショートカットの女の人が、エンビーさんへの挨拶をそうそうに僕の隣に来て話しかけてくる。


「私達は君がこの扉から出ようとした時、誰もいない部屋に向かって話し掛けていたのを見た。君にしか見えないお友達がいるってわけではもちろんないんだろ?」

「ベルモントさんと普通に会話をしてたよ。角度的に見えなかったとかは?」

「残念だがそれはない、ここに張り付いていた2人共確認できなかった。恐らく特定の人間にしか姿を認識させない魔法か権能でもつかっているのだろう」

「家捜しはしたの?」

「もちろんした。ただ忍び込むのは死んでもごめんだったから、正面から堂々と手土産持参で入ったよ。得られたのは短くなった寿命と塔の上からのいい眺めだけだったけどな」

 

 この人達もエンビーさんと同じで、どんなことがあろうともベルモントさんと争う気がなさそうだ。僕にとっては良い情報だな。

 

 未だベルモントさんを見たことがないという全員にその姿形を話した後、他にベルモントさんの情報を聞かれたので、記憶を読むことが出来るからベルモントさんに悪意がある人は今の内外した方がいいとも話した。それには護衛全員が問題ないと示したので懸念事項が一つ解決された。


 エンビーさんが求める僕の役割は大きく分けて2つ。

 エンビーさん達にもベルモントさんが見えた場合と見えなかった場合だ。勿論いない場合無視する。

 前者の場合は紹介だけで後はエンビーさんにお任せ、後者の場合は彼女の正確なスピーカーになること。

 今回は顔合わせでだけで終わるかもしれないが、僕個人へ何か要求をあったらどんな些細な事でも全て拒否していいと言われた。神の代理人に直接手は出さないだろうが、契約や取引が絡むとその限りでないそうだ。もし研究材料としてベルモントさんが興味を持ったら、神々相手でも平然とそれをやるタイプらしい。


 ベルモントさん…、めちゃめちゃ恐れられていますけど、過去に一体何をやらかしたのでしょうか?僕の前ではいつまでも優しいドラゴンさんでいてくださいね。


 打ち合わせが終わったところで、護衛の二人が入口の重厚な鉄扉の前に陣取った。力づくで開けようとするつもりだ。しかし部屋に入った時を思い出した僕は二人の間をすり抜け、扉に手を触れた。すると扉の全面に鍵マークの光の紋章が浮かび上がり、ひとりでに音を立てて開きだした。


 その光景に喉をかすかに鳴す一同。隣のおじさんが「前は叩き壊そうかとおもったが、ビビって2人掛かりで開けたんだ」と苦笑いを浮かべた。


 開ききった鉄の扉。

 僕らは中の様子を同時に視認した。

 最初に言葉を発したのはエンビーさんだった。


「変化無しか………。扉が開いた時にはもしやと思ったが…」 


 ため息と共に漏らした声に僕の眉毛がピクリと反応する。


 彼女の目に広がる光景は恐らく廃墟なのだろう。

 どうやら僕とは違うようだ…。


「いますよ、ベルモントさんなら部屋の中に」


 僕の発言に目を見開き、彼女は再び前方を見る。

 僕もまた部屋の中の明らかに異常な状況に、目を離すことが出来ないでいた。

 

 う〜ん、想定してなかったパターンだな。状況だけ伝えて判断はぶん投げるか。


 エンビーさんが何か言葉を発しようとするも、時間が惜しい僕は言葉でそれを遮って状況を伝える。


「ただ、ベルモントさんの前に女の子がいて、部屋は嵐が過ぎ去った後のように荒れ果てています」


 そう、部屋中大きな刃物にでも切り裂かれたような痕が至る所にあり、床には様々な本や調度品、木片などが散乱していた。


 その異様な部屋の中、対峙しているベルモントさんと謎の女の子。

 彼女の周囲にはまがまがしい半透明の黒い蔦がウヨウヨと生き物の様にうごめいていた。女の子の床に着いてもなお伸びる黒髪や、白いロングスカートの裾が彼女を中心に花を咲かせている見た目など見失ってしまう程に、それには悪意が込められているように感じる。


 あの子が見えてないのはきついな。

 十中八九この状況はあの子が作り出したものだ。


 僕はそれを既に人として見ていなかった。

 今日1日様々な人間ばなれした人種を見てきた中、彼女が最も自分に近い見た目をしていたにもかかわらず、脳が僕に違うと訴えかけてくる。


 ベルモントさんと対峙しているそれは、こちらに気付いたようでチラリと見ると僕に対して口を開いた。


「あれ、君も私と同じ代理人?」


 コテンと首を傾ける女の子。

 どこか間延びした声がかすかに聞こえた瞬間全身に悪寒が走った。

 一本の黒い蔦が巨大な柱のように膨れ上がり、目にも留まらぬ速さで僕らに襲いかかってきたのだ。


 ドンッ!!

 

 それは小手調べの一撃ではない、人など簡単に押しつぶすことが出来る必殺の一撃。僕らを守りるように突然目の前に現われた半透明の壁とぶつかった時に発生した空気の振動がその威力を物語っていた。

 壁は護衛が出したのだろう。たったの一撃でそれは大きくひび割れ、パラパラと崩れ落ち空気中へと消えていってしまったが、その役割を十全に果たしたことは間違いない。


 護衛もエンビーさんと同じで見えていないはず。それなのにさっき会ったばかりの僕のたった一言で即対応。間違えなく優秀だ、命を任せられる。


 彼らの優秀さが少しテンパった僕の頭に冷静さを取り戻させるも、しかしそれは何の意味のない事だった。


「魔法ってやつだね〜。この世界の生き物はなかなか面白いね」


 クスクスと笑い出す女の子。

 ただその行動は彼女にとって悪手であったと言わざるを得ない。


「私を前にして随分余裕だね」


 女の子がベルモントさんの声に振り向くとようやく自分の置かれた状況に、彼女は気が付いた。女の子とベルモントさんの間には巨大な魔法陣が既に形を織りなし、魔法を知らない僕にもそれから強大な圧力を感じた。


 女の子は反射的に蔦で攻撃しよう試みる。しかし中空から出現した赤黒い鎖によって、雁字搦めにその動きを封じ込められてしまった。


 鎖ですまきにされたまま魔法陣を見つめる女の子。それをつまらないものでも見るように見下ろす大賢者。

 僕は愚かにもその光景を目の当たりにして、頭がショートし指一つ動かす事か出来ないでいた。


「とりあえず部屋から出て行きな、お嬢ちゃん」 


 スローモーションのように魔法陣が生み出す光が、だんだん強まっていくのを感じた瞬間、有無を言わせない程の力が僕を背後へと引き抜いた。

 護衛が離脱を選択したのだ。

 ベルモントさんや入ってきた扉が急激に小さくなっていく中、さっきまでいた部屋が光によって包まれていく。

 

 「飛ぶぞ、舌を噛むなよ!!」


 僕もエンビーさんも護衛に抱えられ、さっき上ったばかりの階段へ頭から飛び込んだのとほぼ同時、周囲一帯を埋め尽くす程の膨大な光と熱が、ベルモントさんの部屋から世界へと放出されたのだった。



 ドォゴォォォンッ!!!


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