第7話 モグラさんとお願い


 塔の周囲を彩る布屋根市場の一角。

 エンビーさんおすすめのご飯屋さん【モグラ亭】に僕らはやってきた。

 店先には年季入った木製の看板が垂れ下がり、それにはコック帽を被った二本足で立つモグラの絵が描かれていた。ここの店主の姿似だそうだ。

 店主がモグラという説明に特に疑問を浮かばなくなってしまった僕は、良いのか悪いのかこの世界に上手く順応しているのかもしれない。


 案内された席に着くと、モグラの店員さんが飲み物と料理を運んできてくれた。

 人というより背が僕の半分ぐらいのエプロン姿のモグラだ。料理を乗せたトレーを両手で持ち上げながらひょこひょこと持ってくる姿が何ともかわいかった。

 ありがとうと伝えると首を傾げられたので、モグラ人は言葉を使わない人種なのかもしれない。もしくはめちゃくちゃ頭がいい大き目のただのモグラかもしれないが細かい事は気にしたらきりが無いので人と定義していいだろう。

 

「じいさんが好きでね、この島に一緒に来たときはよくここで食べてたんだ。子供の頃は店員目当てで来たがっていたが、今ではこの島に来たら食べるようになっていた。料理にスプーンを1本しか渡してくれない所も今ではもう慣れた」


 柔らかく煮込まれたゴロゴロとしたお肉が入ったブラウンシチューと付け合せのパンとサラダ。出店料理というよりレストランで出されるような一皿に、僕は期待に胸を膨らませ口へと運んだ。


「どうだ?気に入ってくれたか?」

「うん、とっても美味しいよ」

「それはなによりだ」


 エンビーさんはふっと笑うと、片手で髪を押さえながらスプーンを口へと動かした。

 

「そうだ、船の行先でオススメの場所とか教えてくれませんか?治安が良くて買い物とかに苦労しない場所が良いんですが」

「私より先に、ラーズの神とは相談しなくていいのか?」

「それは大丈夫です。僕の事も選定の儀の事も興味がないタイプの神様なので」

 

 僕の揺るがない返答に、そうかと苦笑いを浮かべるエンビーさん。

 そもそも相談の仕方が不明なんですけどね。いつでもご連絡お待ちしてますよレグルス様!


「私は第7世界でしか生きた事がないから、おすすめの場所ならやっぱり故郷のアルディオを推す。気候も穏やかでそこそこ発展していて、買い物にも苦労はしないだろう。それに私がいるから多少の事は手を貸してやれる」

「ご迷惑では?」

「かまわんよ。つきっきりは難しいけどな」


 女神かなこの人?何を食べればそんな人間になれるというのか?


 海よりも深い慈愛の精神に触れた時、視界の端に飲み物のお替りを二つ持ったモグラさんが現れた。まだいらないと伝えたら首を傾げ、持ってきた飲み物をテーブルに置いた。

 

 うん、可愛い。でも飲みきれないから普通におかないで欲しい。


「いらない場合はコップを持ち上げるんだ。ちなみにテーブルに置かれたその飲み物は追加料金が発生する」


 エンビーさんがコップを上げたので、モグラの店員さんはすごすごと帰っていった。

 勝手に置いて行ってお金を取るなんてずる賢いんだ!?でも可愛いから今更押し返せない!

 

 異世界版押し売りを経験した僕は、ふと会話の中の謎ワードを思い出す。


「そういえばさっきの話にも出てきましたが、なになに世界というのは何ですか?」

「光壁に区切られた地域の単位のことだ。ラーズの世界にもあっただろ。1つの世界で発生した火種が世界全体へ波及しないように、神が作った天まで届く光の壁が」

「あったかなぁ…。僕は聞いたことないな」


 多分ないな。そんなものがあったら神の存在を疑うものはいないだろうし。

 地球の神様も大概働かないのかもしれないな。存在自体してない可能性も十二分にあるけどそれは言わないお約束だ。

 

「ゆっくり色々考えた後にチケット屋に行けばいいさ。在庫が無くても新たに作ってもらえるから売り切れを心配する必要もない」

「船はベルモントさんの魔法ですもんね。そにしてもチケットの金額は少しぼったくりじゃないですか?片道最低1000万ですよ、1000万」

「この島に来れるような人間はそうは思わない。通過困難な光壁の影響を受けず物も人も集める事が出来き、その上世界の真裏にも金さえあれば行くことも可能だ。高額なチケット代も、資金集めというよりこの島に不必要な人間をはじく、人避けの意味合いの方が強いだろう」

「やっぱりどこの世界も金が物いうのか…」

「まぁ、何かを成し遂げる時には大抵必要にはなるからな」

 

 食が進み、シチューの具材が無くなるにつれ、エンビーさんの瞳の色が徐々に暗く沈んでいくように見えた。きっと重要な話をふるきっかけを探しているのだろう。現状楽観視している僕とは対照的に、失敗が許されない、そんな雰囲気さえ彼女の表情からは漂ってきた。

 

 そんなに深刻にならなくてもいいのに…。

 どうやらあの二人は特別な存在で、エンビーさんは僕の心を読めないみたいだ。

 

 僕の料理も残すところ後わずかとなったところで、ようやくエンビーさんが視線を合わせず声をかけてきた。

 

「ラーズ…」

「やりますよ、どんな内容だとしても」


 なので彼女の振り絞った声に、僕は声をかぶせて答えた。微塵も偽りのない言葉と彼女がとらえる事が出来るように。

 

 エンビーさんの細い眉毛がぴくっと反応し、料理に向けていた視線が僕へと移る。

 ランプの揺らめく光の影響なのか、その瞳からは彼女らしい強さを感じることは出来ない。


「僕というより、何か代理人にやって欲しい事があるんでしょ?」

「………、内容も聞かず受けるのは賢い選択ではないな。例え信頼する者からであってもだ」

「確かにそうですね。ですがエンビーさんのお願いは、僕にそれ程リスクがある話ではないとわかってるので」


 彼女の赤い瞳が一瞬大きくなり、そしてそらされる。

 まばらな人通りが一瞬止まってしまった会話により一層の静けさを纏わせた。

 どうやら食事を進める気はないようだ。視線は料理に向いているのに、彼女のスプーンは未だ動かないままだ。

 

「なぜそう思ったんだ?私だからか?」 

「最初の接触の仕方ですね」

「接触の仕方?」


 エンビーさんは眉間にしわを寄せ、懐疑そうに視線を僕へと戻した。


「護衛をわざわざ外したでしょ、海岸で初めて会った時。それは護衛がいたらもしかしたら僕が圧を感じて話すら聞いてもらえないと危惧したからじゃないですか?つまりそれって、チケット代をエサにするけど、丁寧に話をすれば僕が必ず受けてくれると確信があったからじゃないんですか? そんな話、僕にリスクがあるとは思えないですよ」


 僕の投げ掛けに彼女は短く含み笑いを返すと、肩の力が抜け緊張がほぐれたように見えた。


「…、ラーズを少し見くびっていたようだな。子供に見透かされるなんて、手練手管の商人にはなれそうにないな」


 そうですね、貴方に向いているのは人から愛される質実剛健な商人だと思います。 

 

「でも疑問が一つ。なぜ当初の計画を変えてでも、僕をドクさんと引き合わせたのですか?チケット代に見通しが立ったら、僕がエンビーさんのお願いを断るリスクを背負うことになるのに。交渉に手を抜いてるようにも、上手くいかないと思ってたようにも見えませんでしたし」


 自分で言った質問の答えは、聞かなくても大方この人の性格を思えばわかる。けれど本人の口から直接確認したいという気持ちはある、自分の決心をより強固に固める為に。


「………、今ここで何とかしないと後悔する。ラーズを見てそう思ったからだ。余計なおせっかいだったかもしれないが」

「とんでもない、今僕がこうして食事を楽しめるのもエンビーさんのおかげです。というかそんなに危なっかしかったですか?僕の言動は」

「泳げもしないのに夜の海に飛び込みそうなぐらいにはな」

「それはそれは、ご心配おかけしました。」


 僕が一度お辞儀をして頭を上げると、エンビーさんの瞳は僕の頭を撫でる時の赤い瞳に戻っていた。僕にも自然とした笑顔が戻る。

 それと同時に僕とはやっぱり住む世界が違う人だと身に染みて感じるのが少し痛い。

 

「神様へ何か伝言でもしてほしいんですか?あまり勤労意欲のない神様しか知りませんし、連絡方法もわかりませんが」

「神への伝言か…、少し前なら飛びついていたかもしれないが今は違う」

「それでは何を?」


 エンビーさんがスプーンを置き、姿勢を正した。

 追加の飲み物を持ってこようとしたモグラの店員さんも、エンビーさんから醸し出される商会会頭の雰囲気に立ち止まる。


「…大賢者ベルモントと取引がしたい。ラーズにはその仲介役を担って欲しい」


 その言葉は自然と従いたくなるような力と重みが帯びていた。

 彼女の中でベルモントさんとの取引は何か大きな意味を持っているのだろう。

 

 あれ、でも待てよ…。僕必要か??


「ベルモントさんなら、多分普通に塔にいると思いますけど?」

「招からざる客には、姿を拝むことすら出来ないんだ。魔法なのか権能の力なのかわからないがな」


 なるほど、そういえば一番初め部屋に入るのに許可とか言ってたっけ。

 

 僕は彼女の期待に応えるべく姿勢を正し、その赤い瞳を見つめて言った。


「これ食べ終わってからでいいですか?」

「ふっ、もちろん。私も残すのが惜しいと思うぐらい好きなんだこの料理」


 微笑み合う僕らをしり目に、店員のモグラさんはすかさず追加の飲み物を二つ置いていった。



|||||



 会計の時にエンビーさんがモグラの店員さんに頭を撫でられている光景に衝撃を受けつつ、店を後にした。小さい時別れ際頭を撫でていたのが、いつの間にか別れの挨拶となって今でも続いているらしい。

 

 軒先から出ると、2人組のガタイがいい短髪のおじさん達が僕達が出るのを待ち構えていた。洋服に統一感は無いが二人の雰囲気は似ている。恐らく同業者だろう。

 

 僕はエンビーさんの前に自然と出るも、彼らの片方が柔和な雰囲気を醸し出し、エンビーさんへと話しかけてきた。


「話がまとまったようで何よりで」


 タイミングがいいな、盗聴でもしてたようだ。

 

 チラリとエンビーさんを見ると、彼らはエンビーさん御用達の護衛だと紹介された。普段は商会内でも特に重要な人や荷物の護送を担当してもらっているらしい。

エンビーパパの生え抜きだそうだ。


「ちなみにいつから僕の監視が始まっていたの?」

「ラーズがベルモントの塔から出てきた時からずっとだ。というか20日以上前からベルモントの様子を探るのに塔には張り付いてもらってる」


 さらっと言われたけど、24時間の定点監視に、エンビーさん単体の護衛を考えれば後6、7人は最低いるだろう。

 どうやら想像以上に本気だ。ベルモントさんとの交渉の場にありつく為だけに、滞在費やチケット費用諸々考えれば、少なく見積もっても既に5千万以上はかかってる様な気がする。見通しの立たない計画だ、予算は最低その数倍はあるだろう。


 彼女にとってそれが大金なのか端金なのかは分からない。しかし「乗り遅れたかと思ったよ」と呟いた声には、彼女の安堵の表情が見て取れた。


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