第6話 武器屋での交渉、金の稼ぎ方
エンビーさんの昔馴染みがいるという武器屋へやってきた。
店番をするのは3m以上は確実にあるオーガと呼ばれる人種のドクさんで、頭に立派な二本の角と牙が生えている筋肉隆々の大男だ。
彼もまた黒い首輪をつけている。エンビーさん曰くそれはベルモントさんの奴隷の証だそうだ。首輪をしている者は皆、過去に大罪を犯し、ベルモントさんに拉致られてこの島で奴隷として働かされているらしい。
ドクさんのそのはちきれんばかりの腕はエンビーさんの胴体より太い。
冗談で「たくさん生き血を吸ってそうな腕ですね」と言ったら、「生き血は口からしか吸えないだろ」と笑われた。
う~んどっちなんだろう…、反応に困るな…。
エンビーさんが上目遣いでドクさんに銃を見せると、お店の裏に併設されている広場へと案内された。そこには高さ3m以上大人の胴体程の太さがある丸太が、乱雑に地面に突き刺さっていた。戦場に一時的に作られる死者を弔う墓標群にも見えた。
「罪を悔い改める為に一本づつ差したのですか」と聞いたら、「それだと数が足らなすぎるな」とまた笑われた。
本当どっちなんだろう…、冗談に聞こえないんだけど。
とりあえず銃の威力を見せる為、僕は突き刺さっている一本の丸太に向けて射撃を開始する。銃弾によって表皮が弾けた丸太を見ていたドクさん。その表情は、横目で見てもかんばしくない。
「う~ん、威力がないな。爆発の反動で連射できるようにするって発想は面白いがな…」
「その様子だと銃自体は既にあったようだな」
「そういえばエンビーは第7世界の人間だったな。法銃ってのが他の世界にはあるだ。弾は魔力で出来た魔弾だがな」
二人の会話を盗み聞きしつつ、弾倉の球数を確認した。
必要な事とは言え僕の生命線である弾の残りがふと気になったからだ。
あと、いち、にい、さん、よん…。
あれ、おかしい。弾が一発も減ってない!なんでだ??
「俺がまだベルモントの奴隷になる前は金属玉の大砲が普通に使われたんだが、幾つもの産業を滅ぼした魔弾技術が確立してから、金属弾系は絶滅したな」
「物質が魔力との縄張り争いに負けることは世の常さ、仕方ないことだな」
「これはやっぱりお金にならないってこと?コピー品作っても」
ドクさんの足元から質問を投げかける。ドクさんはこちらをちらっと見てから近くにあった椅子に座っておもむろに葉巻を吸いだした。
「まずこれを欲しがる人間が少ないな。それに武器にしては火力が弱いし、弾の供給問題が付きまとうとなると、これが魔弾系を抑えて大量に売れるのは奇跡に近い。異世界の品って触れ込みで、模倣品プラスその他諸々の権利を、物好きにオークションで売るっていうなら話は別だが。次に開かれるのは3年後だ」
3年は無理だ。最終的にはそうなるかもしれないが、今は選択肢の中に入れられない。
ベルモントさんの口ぶりから、恐らく足切りのような期限ある状況では、僕は可能な限り早く先に進まなければならないから。
「それでエンビー。俺の推薦でオークションのカタログにこれを乗せて欲しいって話できたのか?まさか俺にコピー品を売りつけようって話なら、もちろん願い下げだ」
「どちらも違う。ドクにはをこの銃について知る権利を買って欲しい」
「知る権利だと?元となったのが異世界の製品だって言ったって、とどのつまり火薬の爆発で金属弾飛ばすだけだろこれ…価値なんてないだろうそんなもんに」
「フフ、認識のズレを正そう。ラーズ見せてくれ」
僕は銃を返してもらうと、事前の打ち合わせ通りテーブルの上でそれをばらし始めた。
|||||
「この銃は武器としては恐らく売れない」
武器屋に向かう道すがら、コピー品をたくさん作って売る気だった僕は、これからの流れを確認すべく聞いてみたら予想外の返答に驚いた。
「モノには大抵広まるルートが存在しているんだ。武器なら軍や騎士団が使い出し、それの廉価版や規制版が一般に広まる。私の使用している魔道具の障壁を貫通出来ないようでは彼らはまず興味を示さないだろう。つまり大量にはさばくことは不可能に等しい。それにそもそも異世界の物とはいえ、身勝手にコピーを作って売るなんて、これを生み出した者に敬意表さないような商売をするつもりは私にはない」
実直な信念。
エンビーさんはどうやらよく言えば正義感が強い、悪く言えば石頭のようだ。流石に銃器メーカーも異世界まで取り分よこせとはいわないだろうに…。
たんたんと正しい行動だけして信頼を勝ちとるタイプのエンビーさんはとても素敵だけれど、僕にはちょっと眩しすぎる気がするな…。
そんな事を思っていたら、勘違いさせたのかエンビーさんが足を止め、僕に振り返ってみせた。
「どうした?不服か?」
「全然!じゃあこれからその武器屋さんに何しに行くの?」
「もちろん金を稼ぐに行くのさ。相手が必要としているものを売りにな」
「必要なもの?」
再び歩みを進めるエンビーさん。歩幅が違うのはずなのに歩くのが苦ではない。
「これから会いに行くドクという男をはじめ、ベルモントの奴隷達は大賢者の魔法のおかげで老いて死ぬことがない。魔法で行動を制限されているから、与えられた役目以外ほとんど何もできない。その上この島にはそもそもあまり客が来ない。つまりどういうことかわかるか?」
「暇を持て余している?」
「正解だ」
ドクさんが必要としているものはわかった。でもそれだけだとドクさんが客として最も重要な要素が足りない気がする。
「お金は?暇なのはわかったけど、お金持って無いんじゃないの?奴隷だから」
「金は持ってないが、使用できる金は多いんだ」
「??」
「この島、絶海の交差市場ラズベルは、ベルモントが世界中から研究材料を集めるために作ったと言われている。ただ、研究時間を削られるのを嫌がってか、島の管理や運営は全て集めた奴隷任せだ。当然のように金の管理も含めてな。ドクがベルモントから山程の金貨を渡され、初めて受けた命令は、必要なときに必要なものを用意しろ。ただそれだけだ。店の金は制限内なら自由に使っていいし、実際300年間一度も使い道に文句を言われたことがないと言っていた。高く積み上がった店の金も一度も取りに来ないそうだ」
必要なものを手に入れることが出来なかった奴隷の末路は気になるが、僕の中のベルモントさんは優しいドラゴンさんのままがいいので聞かないことにしよう。
「300年…。この世界の人ってみんなそんなに長生きなの?前の世界だと100年生きればみんなが褒めてくれるのに」
「命すら司ると噂される大賢者様ならではってやつさ。この世界ではベルモントは、大精霊や場合によっては神と同等の扱いを受けている」
エンビーさんが一軒の木造の建物の前で足を止めた。
店の前についたようだ。古びた看板にはシンプルに魔剣専門店とだけ書いてある。
この先どんな結末でも、僕にとって忘れられない時間になるだろう。
「何をすればいい?」
「タイミングを見て、ドクの前でその銃を分解してくれればいいさ。後は金を稼ぎ方を実際に見て学ぶといい」
|||||
50を越える銃を構成していた部品がテーブルに出揃った。組み立てやすく右端から取り外した順に並べた部品を見て、我ながら綺麗に整列されていると思う。
「ほぅ…、これはすごいな。神の御業か?」
分解された銃の部品を見てドクさんの太い眉毛が少し上がった。テーブルに置かれた弾倉のバネをつかみ、その感触をじっくり確かめている。
でも流石に神の御業は言い過ぎのような感じがして、素直に質問してみた。
「エンビーさんもそうだったけど、何で分解出来た事にそんな驚くの?こんなの手順さえ知っていたら誰だって出来るのにことなのに?」
「あ~、それは実際に見せた方が早いな」
するとドクさんの手の上に突然顕微鏡のようなものが現れる。魔法?権能?どっちかな?
「これはその銃と同じで俺の権能で出したものだ。昔俺が使ってた魔道具の解析に使う道具と同じもんだ。ある日酔っぱらって棚に取りに行くのが面倒だと思ったら、目の前にこれが現れて権能が生えた。」
ドクさんがその顕微鏡のハンドル部分に力を入れるとバキッっとそれを折ってみせた。
すると顕微鏡全体が音もなく細かな光の粒子となって空気中へと消えていった。
「本物を権能でコピーしたモノは、見た目と機能は本物とうり二つだが、一皮むければ中身はただの魔素の塊だ。物系の権能の維持条件は形状ってのが最も多いが、今みたいに最初に定着した形状から変化すると全てが崩壊しちまう。これをバランスが崩れるって言ったりもする。」
「要するに使う事は出来ても、分解して解析までは基本的に無理ってことさ」
説明に首を傾げた僕にエンビーさんが言葉を引き継いで補足した。
そしておもむろにエンビーさんは僕の分解した銃に指を差す。
「では分解できるこれは何なのか。可能性として挙げるとすれば、全く未知の系統の権能か、もしくはパーツの数だけ権能を同時に行使したのかになる。どちらにせよ我々の常識は覆される。私の知る限り50はおろか10以上の権能を同時に扱うものなど歴史上存在しないからな」
二人が驚いた理由は、初めての出来事かもしれないって事で驚いていたわけだ。う~ん、正直どうでもいいな、銃なんて当たればいいだけだし。とりあえず盛り上がってる二人に水は差さないよう大人しくしておこうかな。
「だがエンビー、確かに権能は珍しいし異常だ。だが分解したこれに面白さがねぇ。パーツをぱっとみた限り特段変わった機構もなさそうだ。まさか今のパフォーマンスに金を出せと?」
「もちろん違う。ドク、灰皿を貸してもらうぞ」
エンビーさんは灰皿の中に、薬莢の火薬を入れ、火に着けた。それは小さく激しく燃えた後、煙となって消えいった。
「炎を見る限り、普通の火薬のコピーに見えるが…」
「ドクに見てもらいたいのは煙の方さ。消えた煙はこの後どうなる?」
「煙?そりゃあ役割を終えたんだ。当然魔素に戻っちまってるだろう」
「もし、それが権能を解除するまで気体のまま残っていたとしたら?」
「そんなことあるわけ…」
動じるように見えない巨体がその言葉を詰まらした。
その様子にエンビーさんの瞳が怪しく輝き、ラーズは海岸で空中を見つめ笑みを浮かべたエンビーの横顔が脳裏によみがえる。
もしそれが事実ならば、人の身で自在とは言えずとも魔素から物を生み出したことになる。権能の解除やコピーできる物の問題を数で解決することが出来れば、それはすなわち人類の物質からの解放を意味し、人類が抱える多くの難題を解決する試金石となる。それと同時に、未だ神々の領域とされる天地創造に、人類が到達可能な事を指し示していた。
「知りたくないかドク?煙がどうなったかを。神がどうやって世界を作ったか知ることが出来るかもしれないぞ」
「真理を覗くか…。暇潰しにはちょうどいいかもしれんな」
「私もそう思う。だからドクに見せに来た」
幼い子供のようにニコッと笑うエンビーさん。
その笑顔に僕とは違う印象を受けたドクさんは、エンビーさんの頭を撫でると、ラウルに似てきたなと呟いた。
空気を読める賢い僕は、二人の世界に入ってしまったと感じ視線をそらしたが、すぐにドクさんからお声がかかった。
「いくら必要なんだ?」
「船のチケット代とそれに色を付けてくれればいい」
「チケット代って一口に言っても金額に幅がありすぎるだろう。場所はどこだ?」
「行き先はまだ決まってない。ただそうそうに島は出ていきたいそうだ」
「そういえば他の代理人の連中も先を急いでいたな。じゃあ先に行先を決めてきてくれ。大金を動かくす時にはお伺いを立てなきゃいけないルールになってるんだ。まぁ見ちゃいねぇと思うがな。後検証に一週間は時間を貰うぞ」
「よかったなラーズ、世界中行先が選び放題だぞ」
「本当にいいの?」
ドクさんは両肩を上げて同意をしてしてくれた。
女神エンビーとこれから呼ぼうかな?いややめよう、絶対に怒られる未来しか見えないな。
「エンビー、もしこれが想像通りなら、歴史に名が残るかもしれないぞ。」
「生憎私は運送屋なんでね、手を広げるつもりはない。ドクがやればいいじゃないか?」
「柄じゃねぇよ。それに協会と宗教と学会の縄張り争いに参戦なんてゴメンだな。しかも一番味方になりそうなのはその中でも一番いけすかねえ連中の集まりだ」
「ふふ、とりあえず物は置いておくから、好きに見てくれ。ラーズ、食事でも取りに行こう。この島に来てから何も食べてないだろ?」
エンビーさんが広場の出口にたったので僕は後を追う。
ドクさんが止めようとしたのか、慌てて立って椅子がたおしてしまった。
「おい、離れすぎたら消えちまうじゃねぇかのかこれ」
「それもどうなるか知りたいだろ?後で結果を教えてくれ」
|||||
僕とエンビーさんはエンビーさんおすすめの肉料理が出る店に行く為、武器屋を後にした。道中、島を出るめどが出来たことに安堵し、レグルス様が意外に仕事をしてくれてた事に感謝した。
レグルス様。欲張ってもうしわけないですが、加護に関してのお便りもお待ちしてます。
「ラーズ、金の稼ぎ方はわかったか?」
エンビーさんは前を向いたまま僕に視線を合わせず、歩きながら質問を投げかけてきた。
エンビーさんのこの問いに対する回答は、人によって様々であり正解は一つというものでもないだろう。
今日の出来事を振り返っただけでも、必要な人に必要なものを与えるとか、相手が喜んでくれる行動とるとか、様々な答えがすぐさま思いつく。
しかし彼女が今求めている言葉は今上げたようなものではないだろう。
まだ自分自身言い切れない部分がある。しかし今回彼女のおかげて困難をのりこえることが出来そうな僕は、感謝の意味を込めて、それを口にすることにした。
「金を稼ぐのに銃なんていらない。その事は今回よくわかりましたよ」
「それだけ理解すれば今は十分さ」
彼女は僕の答えに満足したのか、僕の頭をひとなでして笑顔を見せた。
守りたい、この笑顔。なんてね。
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