第4話 異世界公務員
手のひらを巨大熊に向け叫ぶ。
「『追尾爆撃6』!」
6つの光線が螺旋を描いて巨大熊に向かって伸びて行く。
だが巨大熊は思っていたより素早かった。
手のひらの発光を見た瞬間、身を屈めこちらに突進してきたのだ。
「マジか!」
光線が1つかすっただけで巨大熊に大きなダメージは入らなかったように見える。追尾性能もむなしく、通りすぎた光線は巨大熊を追うようにして地面に追突して爆散した。
「あいつ転移者との戦いで学習したのかもな」
佳奈さんが言っていたことを思い出す。「この能力は転移者のリーダーのものと同じ」。転移者パーティはこの巨大熊にやられていて、転移者たちが使った能力を学習してしまっている。
予想よりもかなり手強いかもしれない。
ぐった身構えた。だが巨大熊は突進をストップさせその場でもだえ始めた。
叫びながらゴロゴロと転がっている。
一体何が……。
「かすっただろ? 1発」
「ああ……!」
佳奈さん言っていたことをまた思い出す。「転移者のリーダーの能力はレベル1か2程度」。対して俺の能力はレベルMAX相当だと言っていた。レベルの概念がどうなっているのかはまだ分からないが、俺が与えられた能力は転移者のそれを遥かに上回っているようだ。
「あの熊は転移者の能力を学習してお前の光線を避けた。つまり転移者の低レベルの攻撃だったとしても避けなければダメージを追うということ。それに比べお前のは最高レベルの能力。かすっただけで致命傷、とまではいかなくとも大ダメージには変わらないだろうな」
そういうことか。ならもう焦る必要はない。
俺は巨大熊に照準を合わせて手のひらを向ける。
『ぐおぉぉぉぉぉ!!』
巨大熊が先ほど同様に叫ぶ。
だが先ほどとは少し様子が違う。
俺たち以外のなにかに向かって叫んでいる。
数秒すると、それらの気配が森の方から向かってきていることが分かった。
「仲間か?」
「そうみたいですね」
「10、いや13くらいはいそうだな」
目の前の巨大熊と同種の気配が13。かなり多い。
どう考えても低レベルで挑める森ではない。
「このレベルのモンスターがこんなにいるのはちょっとおかしいなあ」
マッコールさんもこの状況を不可解に感じているようだ。
「まあ、とにかくお前の能力なら問題ないからパパっとやってくれ。こっちはもう治し終わったぞ」
見ると小屋の日陰に少年少女が寝かされていた。見て分かる傷は確かに治っているようだった。これで安心して戦え──
「ちょっと待って、顔、違うくない?」
俺はマッコールさんの顔が全くの別人になっていることに気付く。いや、全くの別人というかさっき見た転移者パーティのリーダーの横にいた少年の顔だ。
「おー、まあな。この子どもらに俺らの顔を見せるわけにもいかないからな。ていうかここに来た時から俺もお前も顔は変えてあったんだぞ」
衝撃の事実。
あまりにも突飛な状況が続いたせいで、そこに気がつけなかったのだろうか。マッコールさんとは何度も会話をしている。確かにあまり顔は見てなかったが、それにしてもこんなに気付かないとかあるか?
「まあ、初死にからの初仕事だし。周りが見えなくなるのもしょうがないよな。次から気を付けろよー」
全くどうなっているんだこの世界の概念は。
それらは後でゆっくり考えることにしよう。
今は目の前の敵に集中する。
「一気に片してしまえ」
マッコールさんが巨大熊の群れを指して言った。
すでに13匹の巨大熊が森からこちらに向かって来ていた。
やるしかない。全員同時に倒してやる。
俺は大きく息を吸って心を整える。そして叫んだ。
「『追尾爆撃』!!」
数指定無しで出力最大。手のひらをから放たれる光線は18本にも及んだ。その全てを精密に操作する技術は俺にはない。
巨大熊たちに光線が衝突する。
次々に貫いていき、巨大熊たちを絶命させていく。頃合いを見て腕を上に向けて光線の軌道を空に向ける。先ほどと同じように十分な距離を保ったことを確認すると、手のギュッと握った。
18本の光線はほぼ等間隔で空に伸びていき。派手に爆散していった。
「わあ、綺麗~……」
いつの間にか先ほど助けた少女が横に立っていた。
ここは危ない、と言おうとしたがマッコールさんが大丈夫大丈夫と頷いていたため出かかった言葉をぐっと堪える。
「どこも痛くないか?」
「うん! お兄ちゃんのおかげだよ! ありがとう!」
少女はギュッと俺の腰に抱きついて来る。慣れない状況に困り、マッコールさんの方を見るとニヤニヤとこちらを眺めていた。何だか適当な先輩の下についちゃったなあと軽くため息を吐く。
俺は少女の頭を撫でて声をかけた。
「家に帰ろう」
────────────────────────
俺とマッコールさんは街に少女と少年を送り届けることとなった。
街に着くと俺の顔を見るなり人がわらわらと集まってきた。
「本当にありがとうございます。勇者様方」
少年少女の母親らしき人物が涙を流しながらお礼を言ってきた。マッコールさんがいつの間にか用意していた服を着て、俺は顔だけじゃなく姿格好も転移者のリーダーと同じになっていた。
この世界の人々もそれには気付かない。
マッコールさんも転移者パーティの1人と同じ容姿と格好になっているため、擬態は完璧だった。
「この街をあげてお礼をしたいと思います。すぐに宴の準備をしますので。それで他の方々はどちらに?」
この街の長らしき人物が話しかけてきた。
「他の者はすでに次の冒険の準備を進めているところです。我々もすぐに出たいと思います。救えなかった者たちのためにも、我々はここに留まっているわけにはいきません。せっかくの宴のお誘いですが、丁重に断らせていただきます。申し訳ありません」
「いやいや、いいんだいいんだ。街をそして子どもたちを救ってくれた英雄だ。本当にありがとう」
マッコールさんの上手い口上で場が収まる。現地住民とのコミュニケーションも仕事の内なのだなと心にメモしておく。
「勇者のお兄ちゃん! ありがとー!」
「あ、ありがとう!」
助け出した少年少女が元気よく手を振ってくる。俺のことを完全に転移者の勇者様だと思っているようだ。俺もそれに軽く手を振って答える。
本物が実際はどういう行動をするのかが分からないので無難に対応するしかない。
「ありがとうー!」
「ばんざーい!」
という街中からの歓声を背に、俺とマッコールさんは街を後にした。
─────────────────────────
「さて、あとはこいつらと入れ替われば任務完了だ」
「どうやって
「あー、それはな」
『こっちで記憶を改変しておくから大丈夫だよー』
数時間振りに佳奈さんの声が聞こえてきた。
『全部転移者パーティがやったことにしておくからね』
「ま、そういうことだ」
転移者たちがぐっすりと眠っているのをマッコールさんと俺は座って眺めていた。
「転移者ってのも大変そうだろ?」
「はい。正直、こういう世界に突然飛ばされてあれを倒せこれを倒せって生活を送るのはかなり大変だと思います、ただ」
「ただ?」
「それも面白そうでとも思いましたよ」
「そうか」
マッコールさんはクククっと笑っていた。
「お前が強く望むならこういう世界に今から飛ばしてやることもできるけど?」
一瞬思考が止まってしまう。
低レベルからだろうが、おそらく何かしらの能力ももらえるだろう。仲間を集めて冒険したり、村を救ったりする日々。
でもそれは──。
「──それは俺には向いてなさそうです」
「そうか」
マッコールさんはまた笑っていた。
「よし、帰るか! 俺たちは天下の公務員だ! なんて時代はとっく終わってるけどよ。公務員より安定している生活はなかなか難しいってもんだぜ」
「はい。それは重々承知で」
「まあ、なんだ。どの世界だろうと大変なのは変わらないが、どういった「大変」を背負うかを選べるならそれは幸せなことだよな。まあお前は1回死んじまってるけどな。でもお前は幸せ者だぜ」
「はい。それも理解してるつもりです」
「まあとにかく、こっちの「大変」選ぶってことでいいんだな?」
「そうですね。想像よりも楽しそうですし、定時で帰れるならそれ以上の条件は無いですからね」
「ははっ、社畜が極まってんなお前は。ちゃんと面倒見るって約束するぜ。よろしくな」
マッコールさんが手を差しのべてくる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺も手を差し出し握手をかわす。
そして来た時と同じく装置に乗り手すりに掴まった。
「これ途中で落ちたらどうなるんです?」
「あ? そりゃお前、どこともわからない世界にほっぽり出されるだけだな。今回みたいに能力付けもすぐには出来ねえから、助けが来るまで一般人として頑張って生きててもらうしかねえな」
「えぇ……」
かなり無責任な設計だ。まあ世界を飛び回る装置だから色々と難しいところもあるというのは理解できる。
「もし、落ちちゃったら何とか頑張るんですぐ助けてくださいね」
「おう任せろ。ていうか落ちるな掴まっとけ」
「椅子とシートベルトでもつければいいんじゃ?」
「……それは盲点だったな。お前良い考え持ってるな」
うーん、当たり前の発想過ぎてあまり嬉しくない。
「そう言えば聞き忘れてたけどよ。お前、やり残したことは思い出したか?」
生前やり残したこと。
同じことを繰り返し、過労に過労を重ねた日々。その中でやりたいことを見つけるのは難しかった。だがこれからは、そんな日常とはおさらばである。これからは異世界公務員として、転生局員として規則正しく暮らしていくのだ。
そこで俺はある決断を下す。
「ゆっくり考えることにします。ここで働きながら」
「ふんっ、そうか。まあ頑張れよ」
「ところで今日は定時で帰れますか?」
転生管理部転移課所属! 酢味噌屋きつね @konkon-kon
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