第3話 異世界転移者を救え!


「いいか? 今回の仕事は転移者の救助と任務の引き継ぎだ。上からのオペレートで転移者たちは安全な場所に確保してあるが、治療とか諸々のことは現地に行かないとできないんだ」


 だからこうして跳んで行くわけだ、とマッコールさんは説明してくれる。


「あの、救助は分かるんですけど、任務の引き継ぎって具体的に何をするんですか?」


 手を上げて質問をする。


「転移者がやるはずだったことを代わりにやる。それだけだ」


「それだけって……。今回は何を?」


「今回は転移者たちがやられた森の獣を倒してついでに森の主も倒すって感じだな」


「ええ!? 俺たちがそれをやるんですか?」


「ああ。まあ俺たちっていうか、俺は転移者の治療しなきゃならねえから、獣倒すのはお前に任せるけどな」


「は?」


 心の底から出た「は?」である。

 俺はさっきその獣とやらの恐ろしさを目で見て理解している。特別な力を持った転移者たちですら意識不明になるほどの重体を負わされていた。そんな獣の他に森の主も倒せと? ご冗談をマッコールさん。俺に2度目の死を与えるということですか?


「何か勘違いしてるみたいだな。もう着くぞ」


 真っ暗になっていた周りの景色が急に構築されていく。目的の世界『ニルニル』に着いたということなのだろう。


「あの小屋だな。行くぞ、中で説明する」


 草原が広がる緩やかな丘の真ん中に質素な小屋が建っていた。

 中に入るとツンとした臭いとどんよりとした空気が鼻になだれ込んできた。


「こりゃひでえ」


 横に並んで寝かせられている5人。これがさっき映像でみた転移者たちなのだろう。2人には全身を覆うように布が被せられ、残る3人には布団がかけられていた。その3人の息も弱々しく、命が絶えるのも時間の問題に思えた。


「俺はこれからこいつらの蘇生と治療にあたる。その間にお前にさっき言った獣の駆除を任せたい」


「さっきも聞きましたが俺じゃ何もできませんって! 何の能力も無い一般人なんですよ?!」


「それは知っている。だがさっきも言ったがお前は何か勘違いをしているんだ」


「勘違い……?」


「いいか? お前は転生局に所属している転生局員なんだ。今日から勤務の急ごしらえだが、それは関係ない。転生局員ってのは特別なんだ」


 言っている意味がいまいち掴めない。するとそこに佳奈さんの声が響いてくる。



『やっほー。無事に着いた? さて今回は



「俺には『完全回復者』と『完全蘇生者』を。そんでサカヒコには『完全防御』と『追尾爆撃』を付けてやってくれ」


『あいあいさー』


 完全、なに? マッコールさんの言ったことはほとんど聞き取れなかった。

 だか聞いていようといまいと関係なくその力は俺たちに降って与えられた。

 一瞬、体が淡い赤色の光に包まれる。マッコールさんにも同様の現象が起きていた。


「その世界にはその世界のルールがある。だからその世界にいるものはその理に縛られることになるし、その理の外に出ることは出来ない。だが俺たちは違う。俺たちは管理者として管理者権限を行使することができるんだ。今回みたいにな。言うなればチートだチート。管理者権限を用いた合法チート。ゲームとかやったことあれば分かるだろ?」


「なるほど……」


 あんまりゲームをやる時間はなかったが、チートがどういうものかくらいは分かっている。


「お前に付けた能力は『完全防御』と『追尾爆撃』。つまりお前はこの世界で怪我をする事なく敵を葬れる力を持ったわけだ」


 あまりピンと来なかった。体の感覚が変わった感じはないし、そんな突拍子もないことを突然言われてもやはりすぐには信じられない。


「信じてねえって顔だな。おりゃっ!」


「ぐぇ!」


 マッコールさんが突然俺の腹を目掛けて思いっきり蹴りを入れてきた。その衝撃で俺は後ろのドアまで吹っ飛んだ。


「な、何をす──」


 痛みが、無い。痛みを感じていない、というよりこれは、蹴られたという事実も吹っ飛んだという事実もなかったかのよう。不思議な感覚だ。


「な? お前は今、合法的に最強なんだ。だから1人でも問題ねえんだよ獣狩るのもな。ただ1つ守らなきゃいけないルールがある。これは俺たち管理者のルールだ」


 マッコールさんが真剣な面持ちで俺の方を見る。


「いいか、正義であれ。俺たちは力を与えられるだけの権限がある。だがそれは大きな責任と引き換えなんだ。俺たちは正義を踏み外しちゃいけねえんだ。分かったな?」


 分かったら行ってよし、とマッコールさんは転移者たちの方に向き直った。


『正義であれ』


 この言葉の意味は俺にもずっしりと重くのし掛かった。

 最強になれる、つまりこの世界で誰よりも強くなれてしまう。それは悪とする者にも善とする者にも振るうことができる力。だから俺たちは正義を持って行動しなければならない。


「分かりました。行ってきますマッコールさん」


「ああこっちも終わったら向かう。森は小屋を出て右だ」


「はい。ありがとうございます」


 俺はすぐに森には向かわず、小屋を十分に離れた後、少し力を試すことにした。


「確か、『完全防御』と『追尾爆撃』だったか──」


 その言葉を発した瞬間俺の手が異次元の輝きを放ち始めた。これはまずいと本能が反応し、瞬時に手のひらを上空に向ける。コンマ数秒後。十数の光線が空に向かって猛スピードで放たれた。

 あんぐりと開いた口が塞がらなくなる。2度目の経験である。

 手のひらを閉じた瞬間、伸びた光線の先端が一斉に爆ぜた。轟音と共に爆風が辺り数百メートルに渡って波及する。

 この威力はまずい。小屋にまで届いてしまう。直感でそう思って焦ったが、小屋は少しも揺れることなく無事に建っていた。


『小屋にも『完全防御』と同じようなのかけてあるから大丈夫だよ~』


 どこからか佳奈さんの声が聞こえてきた。これが本当の天の声ってやつか。などと言っている場合ではない。


「すいませんでした。ちょっと確かめるつもりで軽率でした。次から気を付けます」


 正義を持つという意味。それは責任ある行動をするに等しい。今の爆風をもし街中で放ってしまっていたらどうなっていたのだろうか。この力はこの世界にあってはいけない力。使いどころを誤れば取り返しのつかない事態になってしまう。


『その能力ちからはさっきの転移者のリーダーの子が持っているのと同じものなんだよ。ただ、練度がMAXに調整してあるから威力は半端ないけどね。リーダーの子はたぶんまだレベル1か2くらいだから、まあそれでこの世界の獣を狩ろうなんてのは早合点だよね』


 じゃあ頑張ってね、と言い残し佳奈さんはそれ以降出てこなくなった。天の声が無くなるのは正直少し寂しい。だけど俺には俺の仕事がある。

 仕事を満足にこなせず、そこから俺が手違いで配属された人間だとバレれば俺は元の正常な手続きで処理されてしまう。すなわち死だ。

 やりたいことの無い、その上一度死んだ身でありながら、まだ生きたいと思ってしまうこの気持ちは何なのだろう。

 まずはその気持ちの正体を探す。

 この仕事をしながら探していこう。


 俺は森の方へと向かった。

 今日は突然の出来事ばかりで情報が荒波のごとく脳に流れ込んできている。正直少し疲れている。転移してから数時間しか経っていないが、感覚としては何日か過ぎていてもおかしくない感じだ。


 森は、薄暗く湿っぽく心を凍えさせるような涼しさで俺を迎えた。

 自分が最強の能力を与えられていると言っても、生物としての本能がこういう場所は危険だと信号を発している。「俺が考えた最強の超能力」みたいな妄想はしたことがないわけじゃない。その時はイケイケでノリノリで能力を使いこなす自分を想像していたものだが、実際に能力を持つことになるとまるで違う。


 強い力を持っているという責任。

 そして、正義であれというマッコールさんの言葉が俺を冷静に保たせていた。


 数分、森の中を歩いていると何かの気配を感じた。足を止め。周囲に気を張った。


「ぐっ!」


 突如後ろから何かに突き飛ばされる。

 衝撃に驚いて声が出てしまうが痛みはない。実質的なダメージは0だ。俺はすぐに体勢を立て直すと衝撃を受けた方向を見る。

 毛を逆立てた巨大なイタチのような生き物がそこにいた。4メートル程はあるだろうか。


 グルルルル、と喉を鳴らし威嚇してくる。

 こいつが転移者たちをやった獣か?

 どうする? 何か武器になるものは……


「あっ」


 どうするも何も、俺には『完全防御』ともう1つの能力を持たされていた。さっきの今でもう忘れていた。

 実戦とは恐ろしい。完璧に準備をしていたとしても相対した敵への恐れや焦りなどから実力を十分に発揮できなくなってしまうのだ。


 さっきのだと威力は高過ぎて周りに大きな影響を与えてしまう。

 もっと絞らなくては。

 どうやって絞る? 一か八かだ。


「やってみろ俺! 『追尾爆撃1』!」


 『追尾爆撃』に1を足して口に出す。それと同時に手のひらを敵に向けた。するとすぐに片がつく。手のひらから放たれた光線が敵に当たりその瞬間に爆発、敵の胴体から上を完全に消し炭にした。


「威力ありすぎる……」


 この能力の他にもっと使い勝手の良いやつはなかったのか。

 まあいい。とりあえず今日の仕事を完遂できるよう集中しよう。能力のことは全てが終わった後にマッコールさんに聞くとしよう。



─────────────────────────



「おー、派手にやってんな。大丈夫かな……」


『マッコール~』


「……何ですか」


『あの新人の子なかなか筋が良さそうね』


「まあな。それなりに飲み込みは早いと思うぞ」


『まあそれはそうと、ちゃんと研修はしたの?」


 マッコールはその問いかけで心臓が跳ね上がった。


『あー、やっぱりちゃんとやってなかったんだ。だから「全部初めてですよ」感が出てたんだね』


「研修してないなんて言ってませんよ」


『したとも明言してないじゃーん。あの子、もしや訳あり?』


 相変わらずこの人は鋭いな、とマッコールは笑ってしまう。この人の前で何かを隠し通すのは至難の業だ。


『まあ、君が言いたくないなら黙っておいてあげるけどね』


「それはありがとうございます」


『でもほとぼり覚めたらちゃんも教えてねー。じゃないとお姉さんプンプンのカンカンだからね!』


 歳を考えた発言をしてほしいものだ、とマッコールは苦笑いした。


『その苦笑いがどういう意味かもこっちから分かるんだからねー。ま、それ済んだらさっさと見に行ってやりなね。1人じゃ心細いよ絶対』


「……ああ、そうしますよ」



────────────────────────



 静かだ。だが先に進めば進むほど臭いが濃くなっていく。

 血と獣の混じった死の臭い。この先にさっき倒したイタチみたいなのと同じのが何匹かいる。そしてその奥にもう1匹。でかいのが紛れている。

 森に入ったことで五感も鋭敏になっているのだろうか。おそらくその奥にいるやつが親玉、森の主だ。


 俺は1歩ずつ慎重に進んでいく。


「いた……」


 木の陰から様子をうかがう。

 3匹。さっきのイタチだ。だが3匹ともさっきよりも体がでかい。

 3匹同時に行けるか?

 俺の能力は『追尾爆撃』。これまで攻撃に使った2回とも真っ直ぐにしか飛んでいっていない。だが名称そのままならば敵を追尾してくれるはず。不確定要素があるため、なるべく真っ直ぐ飛んでいくように視線で手のひらを3匹に合わせた。

 俺にヘイトが向かってくれれば良いのだが、仕留め損なって街の方に逃げられればこの世界に被害が出てしまう。


「よし……。『追尾爆撃6』」


 静かにそう口にする。

 手のひらに光が収束していく。そして暗い森の中を照らしていく。その光に3匹が気付いたが、もう遅い。

 6本の光線が3匹目掛けてくねりながら飛んでいく。


「えっ」


 光線が当たる直前、俺は3匹の足元に人らしき物体が複数転がっていることに気付く。


「くっ!」


 無理やりに光線の軌道をずらそうと腕を折り曲げると、少しズレつつも3匹の上半身に命中する。そして、すぐに爆発しないように手のひらは開いたまま上に向けていた。光線は上空に飛んでいく。

 よし……。

 このまま──。


 最初に試したときより高度が高くなったことを確め、手のひらを握る。

 光線が次々と花火のように炸裂する。爆風は森に届くまでにはそよ風程度となってくれた。


「よ、良かった……」


 その一連の動作中、呼吸を忘れていたようで息を切らしてしまう。肩を上下させながら心臓のドキドキを必死に抑えようとした。

 3匹のイタチは無事に殲滅できている。


 俺はそちらに向かい、状況を確認することにした。


 4つ足で立っていたイタチの上半分を吹き飛ばしている。生きていることは無いだろうが、一応警戒しておく。

 そして3匹の足元にあった人らしき物体の元へとたどり着いた。


 それは遺体だった。

 イタチに食われていたのだろうか、四肢の無いモノや、臓物が腹から引きずり出されているモノもいた。

 その中にまだ息のある人間を発見する。

 10歳前後の少女と少年だった。


 俺は咄嗟に首に指を当て脈を図った。少し弱い気がするが、体温はそこまで低くない。医療の知識がある訳じゃないので、確証はないがまだ助かりそうだ。


 治療の能力を授かっていたマッコールさんの所に運ぼうと、俺は2人をかつぎ上げようとする。

 思っていたより軽く2人は持ち上がった。


(筋力も強化されてるのか……?)


 1人を背負い、1人を前で抱える。

 すると、前に抱えた少女が目を覚ました。


「お、お兄ちゃん、助けてくれたんだね……」


 お兄ちゃん? お兄ちゃんって言ったか?

 俺は即座に判断し、適当に答えておく。


「ああ……」


 俺は今の仕事内容を思い出していた。「転移者の代わりに獣を倒すこと」。転移者がどうして低レベルの内森に入ったのかを推測する。おそらくこいつらを助けるためだったのだろう。


「……ありがとう。弟も助けてくれて……」


 安心したのか、それだけを言って少女は再び目を閉じた。

 転移者のあの男の顔を俺は思い出す。まだ幼く見えたリーダーの少年だ。

 無謀な行動の裏に人助けというものがあったとしたら、俺はそれを否定することはたぶんできない。

 自分がやられてしまってはどうしようもないが、少し見直した。




─────────────────────────



「上出来だな」


「マッコールさん!」


 俺は担いでいる2人を小屋まで運んだ。

 小屋の外でマッコールさんが待っていてくれた。


「負傷者はこれで全員か?」


「はい、あとはすでに……」


「そうか、分かった。こいつらは任せておけ。森の主らしき獣は倒したか?」


「いえ、おそらくまだです」


「続けてやれるか?」


「はい、やれます」


 2人をマッコールさんに預け、俺はまた森に向かうことにする。

 森の主の気配はさっき捉えている。3匹が居た場所よりもさらに奥。そのはずだ。


「おいおい、なんか向かってきてねえか?」


 マッコールさんが森の方を見る。

 俺も慌てて森の方に意識を向ける。


「たしかに、何かが向かってきてますね……」


 かなり大きな気配。それは次第に地鳴りと共に姿を現した。


 巨大な熊のような風貌で、全身から針のようなものが突き出している。その大きさは──


「10メートルぐらいはありそうだな」


 そんな巨体があの森のどこにいたというのか。立ち上がって背伸びをすれば木の高さも越えてしまいそうだ。


「いいか? この先には街がある。こいつは何としてもここで食い止めなきゃいけねえ。だがお前には最強の防御と最強の攻撃能力がある。伸び伸びとやれ。失敗しても後ろには俺がいる。安心しろ」


 マッコールさんが心強いげきを飛ばしてくれる。


「ありがとうございます。頑張ります」


 生命の危機は無い。能力によって今の俺は死ぬことがないからだ。だが、それをまだ本能は理解しておらず、恐怖で足が震えてくる。

 おそらく転移者たちもこいつにやられたのだろう。

 

「ぐおぉぉぉぉぉ!!」


 巨大熊の咆哮が空気を揺らす。

 ひゅんっと内蔵が縮み上がるのを感じる。


 でも、それでも俺は今この瞬間に「せい」を感じていた。死と隣り合わせになって実感する「生」はあまりにも小さく孤独なものだった。

 俺が諦めてきたもの。それがこの場所では全て手に入るらしい。マッコールさんのことを完全に信用したわけではないが、意識すら無くなり完全に死んでしまうよりは今の仕事をする方がマシだ。


 ワクワクと胸が高鳴っていくのが分かる。

 命を奪う行為にワクワクを感じているのは異常なことかもしれない。


「もうすぐ3時になる。早く倒さないと定時に上がれなくなるぞ」


 マッコールさんが発破をかけてくる。

 そうだ俺は、俺はこの仕事から逃げ出すわけにはいかない。


「……俺は! 定時で帰るんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る