第2話 初めての仕事


 どうやら俺は死んだらしく、今ちょうどその瞬間の映像を見せられていた。


「あーここだ。ほら、赤になってる。このままお前が進んで行ってー、はいぶつかった。トラックの方も居眠りだったらしいし、まあ両成敗ってところだな。あっちは逮捕で済んで、お前は死んでるけどな」


「……まだ死んでないですよ」


 俺は強がってみせるがマッコールさんはそれを鼻で笑った。


「はんっ。お前なあ、さっきはああ言ったけど、事実上は確実に死んでんのよ。見る? 自分が死んでる姿、映せるけど」


「いえ、それはちょっと……」


 自分の遺体を見る、というのはなかなか勇気がいる。正直俺はまだ自分が死んだということを半分受け入れられていない。


「お前さあ、いくら過労で疲れてたからって事故起こしちゃおしまいよ。この事故はどっちも悪いけどお前もちゃんと悪いんだからな? そこんところは肝に銘じておけよ?」


「はい……」


 それは重々分かっている。改めて自分の事故映像を見て、自分の愚かさと鈍さを後悔しているところだ。

 自分を戒めなければと誓うが、今はそれよりも気になることがあった。


「この映像ってどうやって出してるんですか?」


「あん? 技術的な話か?」


「技術的というか、概念的というか。どうなってるのかなあって」


「そりゃあお前、そうだなあ、お前の世界で言う監視カメラみたいなもんだな。下の世界の出来事は全部こっちで把握でにるようになってる。俺も技術屋じゃねえからよ、そこまで詳しい仕組みは分かんねえけど。気になるならそっちに詳しいやつ紹介するか?」


「いえ、まだいいです」


 こっちでの生活もまだ確立していないうちに余計な事をしている暇はないだろう。


「それで俺は何の仕事をすればいいんですか?」


「ああ、そうだなそれを教えなきゃいけないな」


 マッコールはちらりと時計を見る。連れて俺も時計に目線をやった。針は10時20分付近を差していた。


「まだ飯には早過ぎるし今ある程度教えとくか」


「ありがとうございます」


「基本的にやる事は2つ。内勤と外勤だ。内勤はまあ事務処理だな。転生者と転移者を分けて書類を作成して、上の承認を得る。上ってのは課長だな。そんで外勤ってのは転生者・転移者のサポートってことになるな」


「サポート?」


 もはや転生や転移が当たり前のことであるということは飲み込まざるを得ない。自分の死亡事故映像という超技術を先ほど見せられてからこの『転生局』という場所の信憑性も増している。


「サポートって言っても間接的なもんだぞ。転生者や転移者がその世界で上手く生きていけるように周りから補助するってな感じだ。これは実際に経験しながらじゃないと難しいだろうな。この課の人間はだいたいその外勤に時間をとられてんだ。10時を過ぎたのに人が少ねえだろ?」


 周りを見ると確かに人が少ない。デスクはあるのに人はまばらだった。


「明日から俺も外勤が入ってるしな。それにお前も着いてくることになるはずだ。ここにいても1人じゃ何もできないだろうしな」


「分かりました。何か準備することはありますか?」


「特にねえ。外勤は現地で何とでもなるからな」


「そうなんですか」


「そうなんだなこれが」


 とりあえずそこに座っとけ、ということで俺は素直に空いていた席に腰を下ろした。座った瞬間になんだかドッと疲れが出た気がする。

 自分の事故映像を見たことであの時の記憶も徐々に思い出せるようになってきている。

 いつも通りに出勤しようと車を運転していた時に、ふと道路沿いに備えられていた花が目に止まった。それをボーッと眺めているうちに赤信号で交差点に侵入したのだ。そこまでは覚えているがそれ以降の記憶はまるで飛んでいる。おそらくはその時に死んだのだろう。

 マッコールさんが言うには一般人は普通、転生者として登録されていて、死んだ後はどこかの世界に生まれ変わることで再び人生を歩んでいくらしい。だが俺の場合は間違えられて転移者として登録されてしまったらしく、そのせいで死んだにも関わらず転移の法則が適用され、死んだ状態で転移し生き返ったような状態になっているのだという。


 超常現象のような法則だがそれがこの世界の理なのだから受け入れるしかない。

 

 頭の中を整理しているとマッコールさんに電話がかかってきた。そういえば俺の携帯や財布はどうなったのだろう。今はスーツ以外に何も身に付けていない。

 マッコールさんは電話に出ると事務的に応対していたが、次第に焦りの様子が伝わってきた。


「え、マジ? そんなことある? え? 説明は……したんだ……。それなのにそんなことになるの? えー、はい、はい。はい、分かった。すぐ対応する」


 電話を切ると、顔を手でおおって椅子にもたれ掛かり大きくため息を吐いていた。


「どうかしたんですか?」


「あー、ちょっとトラブルだ。さっき言ってた外勤のやつで……」


 かなり深刻であることが声で伝わってくる。


「すぐ出なきゃならない。着いてきてくれ」


 俺は他にやることも行くところも無いので黙って着いていくしかない。それに外勤の話を聞いて少し楽しそうだと思っていたところだ。トラブルというのは怖いが先輩であるマッコールさんがいるのだから、俺はそこまで心配しなくても良いだろう。マッコールさんは大変なんだろうが、俺にはまだ分からない。



──────────────────────────



「お疲れ様です。状況はどうっすか?」


 マッコールさんに連れられモニターがずらりと並んだ部屋に入る。


「お疲れー。いやーなんていうかね、ヤバいね君の担当した子。ほら」


 モニター室にいた女性が答える。その女性はメガネをかけていて、髪は後ろで結んでいた。白衣を着ているので、何かの研究者なのかもしれない。歳は俺よりも上で、マッコールさんが敬語を使っていることからマッコールさんよりも上かもしれない。


「うわっ、マジじゃん」


 モニターに映し出された映像を見てマッコールさんが眉をひそめた。

 それを見て俺も気分が悪くなる。まだ幼く見える少年少女たちが瀕死で横たわっていた。


「パーティはほぼ壊滅。リーダーのカイトは意識不明の重体。他4名の内2名も意識不明の重体。その他2名はその場で死亡」


「なんでこんなことになったんです?」


「レベル上げる前に魔王に挑みに行こうとしたんだよね。まあ実際はそこにすらたどり着いてなくて、転移先のすぐ近くの森にいた弱っちい獣にやられたんだけど。周りよりちょっと能力があったから調子に乗っちゃったみたい」


「えー……ちゃんと説明したのに……」


 マッコールさんは分かりやすく肩を落とし頭を抱えた。

 俺でも今の話を聞いただけで、どれだけヤバいのか分かってしまう。


「早めに対処してくれると助かるよ。そっちは新人くん?」


「はい。今日から俺の下で働くことになってる奴っす」


「天野サカヒコです。よろしくお願いします」


「私は佳奈。よろしくねー」


 「手違いで」ということは内密にする、ということで課長とマッコールさんと約束している。俺としてもそこをバラすことに何のメリットも感じないので従うことに異論はなかった。


「これからこの世界に行くぞ、サカヒコ」


「この世界に?」


 モニターを指してマッコールさんが言った。

 どうやって? などと野暮なことはもはや聞くまでもない。昨日までいた世界とは別の法則で成り立っているこの世界に、俺の持っている常識は通用しないのだ。何があっても受け入れるのが一番手っ取り早い。


「じゃあ佳奈さん。オペレートは任せます」


「はいよ~」


 マッコールさんが部屋を出る。俺もすぐに後を追った。それを佳奈さんは手をひらひらとさせて見送っていた。



───────────────────────



「いいか、サカヒコ。この手すりを離すなよ。落ちたら拾いに行くのが面倒だからな」


「は、はい!」


 俺は何だかよく分からないまま、何だかよく分からない装置の上に立っていた。もちろんマッコールさんも一緒だ。


『行き先は「ニルニル」だよー。無事に帰ってきてねー。まあ私は5時には帰るから、それより遅くなったら後でどうなったか教えてねー」


 佳奈さんの声がどこかから聞こえてきた。スピーカーが天井にでも埋め込まれているのだろうか。


「よし行くぞ!」


『はい、3、2、1ー。ゴー、行ってらっしゃーい』


 こうして俺は初めて「世界転移」を経験することとなった。

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