地球最後の男……に、取り憑かれた作者

藍条森也

地球最後の男……に、取り憑かれた作者

 「おれは自分の作品のキャラクターに取り憑かれたんだ」

 ――またか。

 おれは相手にわからないようにこっそり、溜め息をついた。

 学生時代からの旧友であるこいつが突然、精神科医となったおれの所にくるようになった。これで十日連続だ。話す内容はいつもいつも同じ。

 「おれは自分の作品のキャラクターに取り憑かれたんだ」

 さすがにうんざりする。

 どこの世界に作中人物に取り憑かれる作者がいる?

 というか、そんな真似の出来るキャラがいる?

 キャラはあくまでキャラであって、現実の存在とはちがうぞ?

 おれとこいつとは学生時代からの文学仲間だった。お互い、プロになることはなく別の道に進んだが、いまでも小説投稿サイトでアマチュア作家として活動を続けている。そして――。

 こいつが言うにはそこで公開した作品の主人公に取り憑かれていると……。

 おれは気を取り直し、向き直った。いまのおれは精神科医。れっきとしたプロ。プロならプロらしく、患者の悩みには向き合わないといけない。相手が友人だろうが、身内だろうが関係ない。

 「なあ、落ち着いて考えろよ? 自分の作った小説のキャラクターに取り憑かれるなんて、そんなことがあるわけないじゃないか」

 「それがあったんだ。事実なんだ。おれにはあいつが取り憑いている。毎日まいにち『よくもこんな目に遭わせたな』と頭のなかでささやいているんだ」

 「気のせいだって。たしかにお前の作品『地球最後の男……に、なるはずだった』の主人公は哀れと言える。何しろ、何十億という丸ごと幽霊に取り憑かれて都合のいい入れ物として使われているんだからな。でも、結局はコメディーじゃないか。そんなに深刻になることじゃないだろう。そもそも、どんなによくできたキャラでも小説のキャラ。現実の人間じゃないんだ。取り憑くなんて出来るはずがない」

 現実の人間だってそんなこと、実際にはできないだろうに。

 しかし、こいつは頑なだ。

 おれがいくら諭しても首を横に振り続ける。

 「お前にはわかってないんだ。作者にとって作中人物は単なる架空の存在なんかじゃない。自分のなかにたしかに存在する現実なんだ」

 「おいおい、自分の言っていることの意味がわかっているか? お前はいま『自分のなかにいる』と言ったんだぞ? それはつまり『現実の存在じゃない』って認めてるってことじゃないか」

 おれはいったん、言葉を切った。

 今度はこれ見よがしに溜め息をつい見せた。これは、一息入れるためと、相手を落ち着かせるための演出だ。

 「なあ。本当はお前もわかってるんだろう? 作中のキャラに取り憑かれるなんてそんなことはありっこない。お前はちょっと疲れているだけなんだ。作中のキャラをちょっとばかり不幸にしすぎてしまった。そのことを気に病むあまり、幻聴を聞いているだけなんだ。お前に取り憑いているキャラなんてどこにもいないんだよ」

 「……お前にはわからないんだ。作者にとって作中人物とはたしかな現実なんだ。作者に取り憑くぐらいやってのけるさ」

 こいつはただひたすらにそう繰り返す。

 さすがにおれも堪忍袋の緒が切れた。

 「そうか。そう言うなら他の医者に行けばいいだろう。お前の言うことを理解してくれる優しい医者にな。言っておくが、おれだっていまも小説は書き続けているんだ。だから、ときには作中人物が現実の存在のように思えることがあることもわかっている。でも、それはあくまでも『そんな気がする』と言うだけで、本当のことじゃない。作中人物は作中人物。現実の人間に取り憑いたりはしない。そのことをわきまえろ」

 「……お前にはわからないんだ」


 時間が来て、かの人は去っていった。

 おれもプロの医師だ。友人だからと言って、こいつにばかり時間を割いているわけにはいかない。それに正直、面倒にもなっていた。

 ――まあ、元々冷静で合理的なやつだ。少し頭を冷やせば勘違いだって自分で気が付くだろう。

 おれはそう思った。

 それきり、連絡を取らなくなった。ところが――。

 それから十日後。

 おれはそいつの死亡報告を受け取った。

 自殺だった。

 「作中のキャラがおれを責めつづけるんだ」

 最後までそう言っていたらしい。


 葬儀に出席したあと、さすがに罪悪感に駆られた。

 友人だからと思って突っぱねすぎた。

 もっと親身になってやればよかった。

 そもそも、他の患者相手だったらあんな態度は取らなかった。プロの医師としてもっと適切なテクニックを使って対処していた。

 それなのに『友人だから』という甘えが出た。

 そのせいで雑な対応になってしまい、あいつは……。


 そして、おれはいま、こうしてことの顛末を小説に書いている。

 あいつがいたというせめてもの証明のために。

 そして、おそらくはおれ自身の罪悪感を少しでも和らげるために。

 「……ふう」

 一気に書きあげた短編小説をネットに公開して、一息ついた。

 「……やっぱり、おれのせいなのかな」

 そう呟いた。

 そのときだ。

 おれの頭の奥底から、闇のなかから忍び寄る足音のような声がした。

 ――そうだ。お前のせいだ。






                    完

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