のけもののけもの ⑸

 彼女が向かう先に、美しい色の織品がぶら下げられた家を見つける。

 そこにメドワーナが辿り着いた後、ティタが数歩で彼女の元へ辿り着き、遅れて俺とオーグレディも後に続く。


「わぁ…キレ~だね」


 恐らく獣人の体毛で作られたものだろう。明るい色味や毛艶がよく似ている。

 やはり女性はこういうものに目がないのだろうか。意気消沈したレディを除き、ティタとメドワーナが目を輝かせてそれを眺めていた。レディは寒さにやられているのか、そもそも興味がないのかは分からないが……彼女は後者な気もする。

 だがこの織物は、男で装飾品には興味のない俺でも釘付けになる美しさがあった。


「すげー。オーロラみたいだな……」

「ですね……」

「オーロラってなに~?」


 ティタと会話をしていると、メドワーナがその間に割りこんで、首を傾げながら尋ねてきた。ドワーフ族は寒冷地域には住んでいないのだろうか。うまく説明できず、俺は「このあと雪嶺で見れるかもな」とだけ返した。


 獣人たちの体毛は美しい色艶をしているが、こうやって一枚の布に織るだけで一つの芸術品になるとは……もっと重ねれば、防寒対策にもなりそうだ。


「……おやおや、どうしたの?」


 店の外で騒いでいると、店主らしき女性の獣人が屋内から顔を覗かせた。

 毛艶はまだ美しいが、動きがぎこちなく、俺の体と同じくらいに背が曲がっている姿を見るに、獣人の中では高齢に入る年代の方なのだろう。体をよく見てみれば、元の体毛の色とは別の白く透き通った毛が生えている。

 獣人の老女はこちらを見て「あらまあ」とこぼし、驚いた様子を見せたが、すぐに平静を取り戻し、こちらに問いかける。


「よその人かい?」

「はい。綺麗ですね」


 ティタがそう言って笑うと、老女も人懐っこく口を開いて笑いかけた。

 これほどまでに大小種族様々な見慣れぬ集団にも物怖じしないとは……重ねた年齢のおかげなのか、元々の彼女の性格なのか気になるところだ。

 それどころか、老女は嬉しそうに商品の説明を始めた。


「これはね。病気で体毛が抜け落ちた者や、元々毛が薄くて体温調節が出来ない者が羽織るんだよ。最近じゃ、装飾品として着ている若い人も多くてねぇ」

「毛があるのに着る必要もなかろう。これだから最近の若いモンは……」


 説明の最中、家の奥から更に別の獣人が出てきた。だが彼女とは異なり、猛獣のように鼻をふんと鳴らしていかにも不機嫌そうだ。

 声色は彼女やリャルクに比べると低いため、恐らく男性なのだろう。そして若者に憤っているところを見るに、彼もそれなりに年のいった獣人のようだ。

 閉じた社会のようだったが、やはり世代が代われば、文化が大きく移り変わることもあるらしい。そして人族と同じく、その新たな文化に辟易する世代もいるようだ。


「全く嘆かわしい……」

「そうかなぁ? 新しい文化が生まれるのって、いいことだと思うけど……それにこれ、獣人以外にも絶対売れるよ~!」

「あら、そうかしら……」


 メドワーナの激励に、老女は嬉しそうに目を細めた。

 そしてその微笑みのまま、寂し気に呟く。


「でも……獣人のものが売れるかしらねぇ……」


 その言葉から、これまでに他の種族から獣人族へ向けられてきた悪意がありありと感じられた。

 先程は獣人族からの確執は無いだなんて言ってしまったが……そんなことはないのだろう。長らく接触がなく、世代を隔てて忘却することしかできなかっただけで、こうしてまだ、上の世代にはわずかに遺恨が残っているのだ。


「……売れますよ」


 その確執も、芸術品の目利きも、商売のやり方も知らない俺からは、そんな無責任な言葉しか返せなかった。

 だが、確かにこの品には、種族を超えて通じるような、そんな魅力があった。


 それを聞いた老女は「ありがとうね」と返し、また嬉しそうに笑ったが、反対に隣の老人はますます不機嫌になる。


「フン。人族に獣人の毛の価値なんぞが分かるもんか。安く買い叩かれて終わりさ」

「そんなことないですよ!」

「そんじゃ……こういう、遭難しかけて凍えてるヤツに売りつけてやるとか。そういうやつらも、それでやっと価値が分かるでしょ」


 そう冗談めかして、先程から一言も発していないレディの背を叩く。

 店から出てきてからずっと不服そうに顔を顰めていた老人だったが、ここで初めて破顔した。


「そりゃあいい。バカな人族どもから金品を巻き上げるチャンスだ」

「こらこら、あなた……そんなこと言っちゃあだめよ。それにそこのお嬢さん、凍えてるの?」


 老女は老人を叱ってから、レディに不安げに問いかける。が、やはり彼女は「へいき」とだけ返した。意地っ張りなやつだ。

 だが老女はそんなレディの壮語は全く聞かず「こっちにおいで」と言って、店内へと引き返していった。もしやと思いつつも、俺は固まったレディを連れて店内へお邪魔する。


「これ、あげるわ」

「ふえ?」

「え!? いえいえそんな! 申し訳ないです!」


 言葉にならない声を上げるレディに代わり、俺が老女と会話する。だがこの様子だと、老女は引き下がらないだろう。「ちゃんと支払いを……」と言いかけたところで、俺たちが金欠によってこの場所にやってきたことをようやく思い出す。

 そもそも今持っている硬貨は獣人の里で使える通貨なのか、そもそもこの里は通貨による取引が行われているのか、俺たちは何も知らない。


「あー、ここの通貨のことリャルクに聞いときゃ良かった……」

「あら……リャルクちゃん? お友達なの?」


 思わずそう呟いて項垂れていると、その呟きの中に登場した名前に老女が反応した。どうやら彼女と知り合いらしい。この規模の里なら、みなが知り合いでも不思議ではないだろう。

 リャルクとはどのような関わりがあるのかは知らないが、老女は「じゃあ尚更いらないわ。持っていって」と言い、自分よりも大きなレディの肩に織品を羽織らせてくれた。


「どお?」

「……あったかい……」


 ぎこちない手つきでレディは織品を撫でながら「ありがとう……」と続け、満足げに鼻をすすった。



「ありがとうございます。今度、お礼させてください」

「まあ。別にいいのよ……ああ、それなら、帰りも寄ってやって。おじいさんも喜ぶわ」

「来んでいいわ!!」


 老夫婦と会話を交わしつつ、レディと共に店から出ようとすると―――出入口を出る直前で、顔いっぱいにもふもふが広がった。兜を付けたままだったので、直接触れることはなかったが。

 どうやら、他の獣人族とぶつかってしまったらしい。


「うおっ!?」


 飛び跳ねるように後退りし、慌てて「スンマセン」と頭を下げる。だが相手はそのことに関しては言及せず、ただ一言、「……ここに居たか」とこぼす。

 その声でようやく気付く。俺の体が突っ込んでいってしまったのはリャルクだった。

 リャルクは後退して店の外に出ると、先程彼女が向かった大きな建物を顎で指して、俺たちにこう告げた。


「……族長がお呼びだ」


   ◇

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はぐれもののハーレム ~最強憑依転生者と異種族ヒロイン達~ 弊順の嶄 @he2ho2

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