のけもののけもの ⑷


「いやー助かったよ……えっと、リャルクさんだっけ?」


 ティタの手の平の上に新たに加わった仲間―――リャルクに連れられ、俺たちは獣人の里へと向かっていた。


 リャルクは、先刻出会った獣人の女性だ。

 背丈は俺の体よりもやや高く、オグレスのレディよりは小さい。くびれた胴から伸びるしなやかな四肢、一本一本が光沢を持った体毛が特徴的で、不思議なことにその毛は見る角度によって色合いが異なって見える。同様の長いまつ毛で守られた瞳もまた、虹彩が宝石のような輝きを持っていた。

 顔自体も面長ですらりとしており、鼻口部は高く、容貌の美しさは種族が違う我々にもひしひしと伝わってくる。


「全く呆れたものだ……案内も無しに里を訪ねようとはな」

「ホントにすみません……」

「……遭難者自体多いが、このような軽装で挑んできた者はお前たちが初めてだぞ」


 それとは対照的に、彼女はやや雄々しい口調だ。

 口調はともかく、我々と同じ言語で安堵する。他の獣人たちとはまだ会話したことがないので分からないが、もしかするとこの口調が主流な可能性もあるが。


 リャルクは俺たちの道中を聞いて、その無計画さに瞠目していた。

 彼女によると、どうやら俺たちは里を避ける形で雪原を大きく回り道して、そのまま雪嶺へ向かおうとしていたらしい。そこを雪嶺へ赴く途中だった彼女に発見されたようだ。


 リャルクは更に「巨人でなければ見つけられなかったぞ」と息衝く。その息は安堵によるものか、はたまた呆れかえって出たものなのかは分からなかった。その事実に背筋が凍った。

 結果として俺たちの命の恩人となったティタは、どこか嬉しそうに苦笑していた。あと、心なしかリャルクが手の平に乗ってから、撫でるような動作が増えた。……触り心地が良いのだろうか。


「……で。巨人以外のお前らはヒト族か?」

「こっちのおにーさんだけね。あたしはドワーフ、こっちの縮こまってるのはオーガだよ~」

「ふむ……あまり変わらないのだな」


 俺の体とレディ、メドワーナを交互に見ながら、リャルクは不思議そうに呟く。

 それから獣人のことも詳しく尋ねてみるかと思案していたところ―――我々は呆気なく獣人の里へ辿り着いた。


 彼女の案内が始まって、体感では数十分と掛かっていない。ティタ基準の移動速度と距離であることを加味しても、これほどの至近距離で見つけられなかったとは……俺たちは雪景色の中の吹雪の恐ろしさを思い知らされた。

 更に驚くべきことに、里付近では先程までの猛吹雪が嘘のように途絶えたことだ。暴風も落ち着き、周囲にでは愛らしくなるほど小さくふわふわとした雪の結晶が、ゆるりと旋回しながら落ちていた。話に聞いた通り、あまりの寒さに雪すら降らないらしい。


 里は門も外壁も設けられておらず、寒いことこの上なかったが、その構造のおかげでティタでも入ることができた。

 道は整備されていない。降雪量は少ないとはいえ、道を均しても雪で隠れてしまうのだろう。彼らの住居と思しき建造物も、あちこちに疎らに建っていた。


 建造物の大半は、氷のブロックを半円状に積み上げて造られたものだった。

 耐久性のみを考えられた単調な造りのものが大半だったが、一部には小刀で彫られたような細かな装飾が施されたものもあり、獣人独自の文化が形成されていることが窺える。

 ただやはりこれらにも扉が無く、出入り口は開かれっぱなしだった。見ているだけで寒くなってくるが、構造を考えると恐らく内部はそれなりに暖かいのだろう。それに獣人たちが集まれば、それだけで暖が取れそうだ。


 しばし里の光景を眺めながら歩いていたが、その中腹でリャルクが足を止める。


「族長に話を通してくる。悪いが、この辺りで待っていてくれ」


 そして俺たちにそれだけ告げると、里のはずれにある切り立った崖の側面にある、一際大きな建造物へと向かっていった。


 突如として取り残されてしまったパーティー。

 半円の家々と、道行く獣人たちからの視線に捉えられ、行く宛てもなく立ち尽くすことになった。



 それにしても……人族と確執があると聞いていたが、どうもそういう風な素振りは見られない。リャルクも珍しがるだけで、無謀な行動を咎めこそしたが、そこから人族に対する悪意は感じ取られなかった。


 もしかすると、両族の確執というものは人族側からの一方的なもので、獣人側はそうでもないのかもしれない。外界から断絶された里だ。彼らの歴史にはまだ詳しくないが、リャルクの口振りから察するに、獣人以外の存在をそもそも深く知らない可能性すらある。


 現に俺たちを見つめる彼らの表情には警戒心も含まれていたが、やはり嫌悪感は感じられず、好奇心による好意的なものが多く感じられた。

 まあ……覆面の男にツノの生えた屈強な女、女児に見えるが巨大な荷物を背負った女、巨人の女が連れ添って歩いていれば、どの種族でも物珍しく感じるだろうが。


 さて、気を取り直して……折角だから、依頼の為にも情報収集を行おう。

 この区域はとりわけ建物が集まっているが、一体何の集まりなのだろう。住宅街か、はたまた……


「ここ、もしかして商店街じゃない?」


 メドワーナの言葉に周囲の建造物の屋内を注視してみると、その中に食料品や装備品が陳列されているのが見えた。よく見てみれば、外壁にも申し訳程度にその店で販売している品の絵が彫られていた。


 レディのためにも防寒具を購入したいところだが……ここに住む獣人は全身が毛で覆われている。そのおかげでこの地域でも生きていられるのだ。防寒具など売る必要もないだろう。何より、余所者に売ってくれるかも分からない。


「あ、あれ見て~!」


 立ち並ぶ店を楽しそうに物色していたメドワーナが、突然何かを指して声を上げたかと思うと、その方向へ駆けていった。

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