のけもののけもの ⑶

 獣人の里―――夏場でも氷が溶けず、反対に冬は極寒ゆえに雪そのものが降らない、死の大地だ。

 人族が棲息できない地域であるため、体毛が多く、寒冷地帯でもある程度の生活が可能な獣人族が繁栄したらしい。

 背面には雪嶺があり、大陸からは猛吹雪が吹き荒ぶ雪原によって隔てられており、他種族の侵入が困難であったことも一因しているようだ。


 まずは雪嶺へ向かう前に、その里で情報収集をしたかったのだが……

 里へは滅多なことでは人間の往来もない。そのため、道も整備されていない上に、地図も記録が古い。

 早い話が、遭難しかけていた。


 再びティタに担いでもらい、高所から周囲を見渡していたが、それでも周囲が確認できない。


「……ねーねー、もうここ雪嶺なんじゃな~い?」

「分からん……このコンパスちゃんと機能してんのか…?」


 一度その場で立ち止まり、ティタの懐の中で地図を覗き込む。

 先程から逐一地図を確かめながら進んでいるが、一向に里に辿り着かない。降雪のせいで地形が大きく変わっているのかもしれない。

 コンパスも魔術で取り出した出どころの分からない代物だ。機能しなくても文句は言えない。


 肝心の寒さに関しては……今のところはどうにかやり過ごせていた。極寒であることに変わりはないが、身動きが取れなくなるほどではない。

 ティタのおかげで雪を防げている上に、彼女の体温で寒さも和らいでいるのだ。

 おまけに魔術で防寒着を出して着用している。現状、以前出した魔術のように消滅はしていない。同様に他のパーティーメンバーの分も一式揃え、着てもらっている。

 一名を除いて。


「……レディ。やっぱ寒いだろ」

「さむくない」


 と言いつつ、大きな体をガクガクと震わせるレディ。見ているこちらまで凍えてしまいそうだ。

 彼女、つい先刻までは「雪嶺なんて今の装備で余裕だろ!」と豪語していたのだが、雪原に入る前から動きがぎこちなくなり、最終的には足以外動かさなくなってしまった。昨日までの口も手も誰よりも動いていた彼女は一体どこへ行ってしまったのだろう。


「わーった、今から防寒着出すから、それ着て……」

「……魔術でできたモンなんか着たくない」

「い、今の状況でよく言えたな……」


 些事など意に介さない性格だと思っていたが、妙なところで嫌がるものだ。

 彼女は一旦放っておいて、他二名の具合を尋ねる。


「ティタは?」

「平気ですよ! 巨人の里でもこのくらいの吹雪ありましたから」


 現にティタは俺たちよりも薄着だが、凍える様子は一切ない。

 ティタのサイズの防寒着は出せなかったため、肩に巨大なシーツを何枚か掛けてもらっているだけだが、それだけで十分に凌げると健気に喜んでいた。彼女が俺たちと出会うまでの過酷な旅路を想像し、ひっそりと心を痛める。


「じゃ、メドワーナは……」

「うちも大丈夫~。それより……」


 メドワーナもこれまた意外なことに、防寒着だけで寒さをやり過ごせているようだ。それから、こっちよりもあっちを温めてあげて、と言わんばかりにレディに視線を送った。

 だが、彼女は断固として防寒具は着たくないらしい。理由は分からないが、詳しい割には魔術を毛嫌いしているようだ。

 であれば火を焚こうか……と考えていると、魔法陣が出現し、その中心から暖かな炎が降りてきた。


「ま、魔物に見つかっちまう……消しな……」

「その前にレディ凍死すんだろ! いいからあったまれって!!」


 固まったままの彼女に炎を近付ける。嫌がっていたが、もはや体を背ける力もないようで、そのまま炎の暖かさに身を委ねていた。

 これで彼女も多少は凍えず済むだろう。それより早く里に向かわねば―――そして再び地図に目を向けようとした、その直後。


「きゃっ!?」


 ティタの体が大きく揺れた。

 どうしたのかと尋ねる前に、ティタは数歩後退りして「あ、足元に何かいます…!」と声を上げた。

 足元か。この吹雪と一面の雪景色のせいで、地上に意識が向かなかった。


「ほ、ほら見たか……魔物が寄ってきちまった……!」

「……いや、あれは……」


 鼻声で文句を垂れるレディをよそに、ティタの足跡を辿って地上に目を凝らす。


 そこに立っていたのは、深い毛に覆われた二足歩行の獣―――獣人族だった。



   ◇

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