第八話「Dの鑑定師」
「おじいちゃんっ!」
アデルは見回す。そこは、夕日で赤く染まりつつある、カフェ・ラヴィリンスだった。尻餅を突いていたアリッサが「アデルさんっ!」と立ち上がり、ポニーテールを振り乱しながら、アデルを抱き締める。
「良かった~っ! 中々戻ってこないから、どうしちゃったのかと……」
「ちょ、ちょっとっ!」
「……アデルさ~んっ!」
ポタポタと、アデルの顔に熱い滴が落ちた。
「な、なんで泣いてるのよっ!」
「だって、初めての、お客様がいなくなっちゃたらって、私……!」
「初めてって……」
「私、見習いですから~っ!」
「もうっ! そんなに泣かないでよ! ……私まで、泣けてちゃうでしょ!」
「いいんですよっ! 泣きましょうっ! もう、泣いちゃいましょうっ!」
アデルの顔に、グイッと胸が押しつけられる。それは柔らかく、温かかった。それがとても心地よくて、アデルは込み上げるものを、もう堪えることができなかった。
「……辛かった、大変だった、怖かった」
「うんうんっ! そうでしょう、そうでしょうっ!」
「でも……でもね、少し、少しだけだけど……その、楽しかった、よ」
「……ああ~っ! 良かった~っ!」
抱き合い、泣き合う二人の少女を、夕日が優しく照らしていた。
──ひとしきり泣いたあとは、やや気恥ずかしい間をもたすためのお茶タイムがあり、それから、すっかり空が夕焼けから夜の色に変わる頃、アデルは店を後にした。
その手には、空っぽの鞄。だが、そこには何かが詰まっているとアデルは感じていた。たとえば……ロマン、とか?
アデルは振り返り、駐機場まで見送りに来たアリッサと向き合う。
「ありがとう。あなたに頼んで良かった。それで、お代なのだけれど──」
「いえいえ、そんなっ! 私、まだ見習いですしっ!」
首と両手をぶんぶんと振って見せるアリッサに、アデルは頷いた。
「そう……なら、こうしましょう。アリッサ・リンドバーグ」
「は、はいっ!」
「あなたを、私、アーデルハイド・シュレディンガーの御用達にしてあげる。一人前のダンジョン鑑定師になったら、ね」
アデルはそう言って、右手を差し出した。
「念のため言っておくと、私はあなたの手がなんであろうと気にしないわ。あんなに無遠慮に胸を押しつけられた後となっては、多少、冷たいぐらいは何でもないもの」
アリッサは照れたように笑いながら、右手を差し出し、握手を交わした。
「えっと、ありがとうございます。その、アデール、じゃなかった、あの……」
「アデルでいいわ。じゃあ、またね」
アデルは飛空機にまたがると、ゴーグルをつけ、颯爽と飛び去っていった。その姿が見えなくなるまで手を振った後、アリッサは腕を組んで首を傾げる。
「アーデルハイド・シュレディンガー……どこかで聞いたことがあるような」
「アーデルハイド・シュレディンガー。ダンジョン王、アーノルド・シュレディンガーの孫娘。世界のダンジョンを協会と二分する、Dカンパニーの令嬢……良かったな、弟子よ。これでお前の未来も明るいぞ」
「お、お師匠様っ! いつの間に戻ってきたんですかっ!」
「早く帰ってこいと言ったのは、お前だろう?」
アシュラはあの時と変わらぬ姿で、にやりと笑う。
「そうですけど……あの、え、じゃあ、私、あの、えーっ! い、いいんでしょうか、私なんかが、そんな……!」
「いいんじゃないか? まぁ、一人前になれるかどうかは、また別の物語だが」
「そんなぁ~っ! もっと勉強させてくださいよっ!」
「まぁ、慌てず、ゆっくりな。それよりお前、力を使っただろ?」
「う、なぜそれを……!」
「なぜって、斬りかかってきておいてよく言う。……お仕置きが必要だな」
アシュラは両手をわきわきとさせながら、アリッサに迫る。アリッサは自身の両肩を抱き、後退っていく。ふるふると、ポニーテールを震わせながら。
「か、勘弁してくださいよっ! お仕置きって言いながら、胸とかお尻とか触ってくる、ただのセクハラじゃないですかっ!」
「お仕置きはな、女の子の体に自由に触ることができる、合法の機会なんだぞ」
「そんなことないですってば~!」
駐機場をぐるぐると逃げるアリッサを、執拗に追い回すアシュラ。……カフェ・ラヴィリンスの一日は、いつもと変わらぬ騒々しさで、幕を閉じようとしていた。
※※※
告別式は終わり、閑散とする会場。
遺影を一人見詰める、娘。
その遺影の笑顔は、本当の笑顔であるように見えた。
娘がやり遂げたに違いない。
そうなると、まだ結論を出すのは、早いかもしれませんわね。
ですが、私の不肖っぷりは、筋金入りですわよ、お父様?
遺影を突く娘の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。
Dの鑑定師 埴輪 @haniwa
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