蛸のぶつ切り 🐙

上月くるを

蛸のぶつ切り 🐙





 どうしても、いますぐ食べたい、蛸のぶつ切り!!

 長らく孤食の卓に並べたことがない蛸、蛸、蛸。



 ――ああ、蛸のぶつ切りはへそみたいだ (井伏鱒二「逸題」)



 急に猛烈な食欲をそそられたのは、古い詩の一行だったのだから、名手恐るべし。

 もっともこの前に「春さん 蛸のぶつ切りをくれえ それも塩でくれえ」の一節。


 それに「酒はあついのがよい それから枝豆を一皿」のくだりもあっての「ああ」なのだが、作家&詩人&画家三つ揃えの手にかかると、素人の舌などちょろいもので。


 すぐにスーパーへ奔り、え、蛸ってこんなに高価だったっけ? と思いながらも、ごろごろしたぶつ切り360円也を1パック、無料のワサビも忘れずレジへ急いだ。




      🎭




 そこはそれ、独り暮らしの気ままさで、帰宅するやレトルト玄米をレンチンして、蛸のぶつ切り&買い置きのキムチと海苔の佃煮だけをお菜にして「いただきます!」


 いやあ、その美味かったのなんのって拙い筆を尽くしても尽くしきれないほどで。

 先達は割烹で召し上がったらしいけど、わが西友だって負けちゃあいない。(笑)


 じつはこんなに蛸に飢えていたんだね、いつも簡単で質素なブツしか与えられず、憤懣やる方なかったんだよね~、服の上から、わが胃ぶくろを見直す思いだった。




      📒




 俳句で食べ物を詠むときはとにかく美味しそうに詠めと句会の先輩から指導されているけど、詩も同じなんだね~、不味そうに描写されたら本能が忌避するものね~。


 よかよかと満足げな胃をさすりながら、頭のほうはいろいろな思いをめぐらせる。

 そういえば、子どものころの「蛸のはっちゃん宙返り」って、あれ何だったの?


 さっそくググってみたが「花いちもんめ」みたいにめぼしい記述は見当たらない。

 いつごろからの俗謡で井伏少年も囃したのかな……妙に蛸が気になる今日この頃。





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